空からの手紙【完結】

しゅんか

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ほなみ・みつき・きょう

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 通学徒歩圏内という素晴らしい距離にあるこのマンモス高校へと入学し、はや1ヶ月が過ぎた。午前の授業を全て終えた正午。お弁当を食べ満腹になった私に襲いかかってきたのは、激しく強い眠気、というもので。やっとこさ馴染みを感じはじめたクラス。窓際最後尾という神憑り席で瞼を下ろし壁に頭を預け、うとうと……と、心地よい日差しを受ける。


「帆波ぃ!」


 順調に夢の中へと誘われる最中、砂糖マシュマロ蜂蜜生クリーム……とにかく甘ったるいものを詰込み混ぜたような口調を操る人物に名前を呼ばれた。


「寝てる場合じゃないよぉ!帆波ぃ!」

「…………光希、」

「聞いて聞いてぇ!」

「……て?て、て……あ、手鞠寿司。」

「(てまりずし……?ひな祭りのときのやつ?手鞠寿司……あっ)しりとり始めないでよぉ!」

「よぉーくしゃてりあ。あの犬って可愛くない?」

「あー確かにぃ……って、だから違うってばぁ!」


 寝かけの思考にしてはナイスなボケ力を発揮してみたけれど、彼女はお気に召さなかったらしい。というよりも、何やら他のことで興奮冷めやらぬ様子だ。食後の飲み物、買いに行っただけじゃありませんでしたっけ?


「なに、どした?」


 仕方なく頭を起こし、顔を向ける。ウキウキ弾むリズミカルな足取りを恥じることなく晒し、駆け寄ってくる光希へ。


「な・ん・とぉ!“エスケーワイ”のひとりのぉ!外村心とぶつかっちゃったんだけどねぇ!?やっぱりぃ、騒がれてるだけのことはあるねぇ。普段は微塵も興味とか無いのにぃ、カッコいいって思ったもぉん!安定の王子さまキャラっていうのも頷けるぅ」


 けれど、嬉々として語られた内容に元の体制へ戻した。また、目を閉じる。


「すっごーい光希ーやったじゃーん」

「帆波ぃっ!棒読みにも程ってもんがあるよぉ!ちゃんと聞いてぇ!」


 ガクガク肩を揺さぶられようとも、脳内をミックスシェイクされようとも、態度を一心するつもりはない。だって、光希さんよ。その話題、超絶どうでもいいよ。それならまだ円周率の数字、8番目くらいまで制覇するほうが有意義だよ。


「光希~帆波に言っても無駄無駄、興味ないない!」

「恭!これは女の子同士じゃないと分からない話なのぉ!」


 なんて、自分でもよく分からない理屈を並べていれば温度差あるやり取りをずっと見ていたんだろう相手から、雑誌をめくる音と失笑が飛んできた。小学生のときから9年間、ずっと同じクラスだった2人と重ねてきたその記録は今年も無事に10年間へと更新したばかりだけれど。長く古い絆も虚しく、恭がしてくれた私への的確なフォローはどうやら光希にとって白けてしまうものだったらしい。ワントーン以上は下がった、甘ったるさと裏腹な声と共に窄めた視線を恭へ向けている。


「おんなのこ……光希、がっ…っ!」

「恭……あんたなに言って…っ!」


 そして私たちは、大きな過ちを犯した。我慢できない、とでも言いたげに吹き出した恭をフォローしようと思ったのが馬鹿だった。人の事、というより恭のこと言えない。つられてこっちまで笑ってしまった。何たる不覚。なんかこういう諺あったな……ミイラ捕りがミイラになる?


「もーう帆波も恭もぉ……大概にしろよ?」


 1度陥ってしまったツボは根深く、2人して肩を揺らしあっていれば。地獄の使者(どんなのかはしらないけど雰囲気ね)からのような低い声、自分の最期を予測させるお告げに震えあがることとなる。自業自得に。それは紛れもなく、今の今までぶりぶりしたギャル的な話し方をしていた女の子、光希により発せられたもので。


「違うよ、光希。私は笑ったんじゃない。恭の真似したの。」

「あっ、お前ズルイぞそれ!」


 致し方ない。怖いものは、怖い。人間なら、誰しもが持ってる心理。背に腹は変えられず、自分だけ助かるような恭を陥れる誤魔化しを謀る。利用された張本人が机をバンバンと手のひらで叩きながら講義してきたそれをも、無視無視。


 “光希”という実態を分かりやすく説明する。ミルクティー色のストレートロングなヘアスタイル、大人っぽく切れ長の瞳にひかれたアイライン、マスカラで盛られたふさふさボリュームまつげ、パールのようにきらきら輝くアイシャドウ、明るいピンクチークで彩られた頬、ぷるぷるなグロスたっぷりの魅力的な唇。それらの色は季節やその日のコーディネートによって変わる、正真正銘なオシャレ女子高生なのだ……けれども。


 つい最近1年ほど前までは、こってこてなスケバン紛いの存在だった。見た目からもう、何から何まで。(ちなみにこれについては昔『時代遅れー(笑)』と恭とからかえば地獄を体感したためノーコメントで)


 つまり、光希が利かせる凄みには圧倒的な迫力があるのだ。そのため、情けなくも幼なじみを裏切りろうとも、助けを乞うてしまうのだ。それが、正常な人の道というものなのだ。


「あ、ほらもうやだぁ~地声でちゃったじゃあん」

「「((……怖。))」」


 光希様が象おられる微笑みながらのそれを見上げ、真顔でやり過ごす。空気を切り替えるため「「ゔゔん」」とひとつ咳払いを落とせば、全くを以て同じ思考をした人物がいた。自分よりも低いもうひとつのそれがタイミングよく重なったけれど、ツッコむ余裕もなくさっさと話を切り換えた。というより、戻してみた。


「えーと、それで?光希がえすけーわい?とぶつかったんだっけ?」

「…………ねえ、ほなみぃ?」

「んー?」

「まさかだけどぉ……エスケーワイ、知らないのぉ?」

「……知ってるけど?」

「いやいや声裏返ってるし……帆波、それは分かりやすすぎ」


 これも、ある意味の失態だったらしいけれど。光希から寄せられる驚愕の眼差しに、只事じゃないなと悟れた。ので、澄まし顔で『知ってますよ勿論』な雰囲気を醸し出す。努力も虚しく、隠しきれていない嘘は恭が笑ったことにより嘘じゃなくなったけれど。楽しそうな相手の姿に鳴らしたくなってしまった舌打ちは、さすがに堪えることにした。


「なんで知らないのぉ?エスケーワイは、「永谷さん!」

 
 光希の呆れ声を右から左に流し、心の中で恭に悪態吐くのに勤しんでいる途中でまた名前を呼ばれる。今度は全くと言っていいほど聞き馴染みなどない、浮かれたそれ。目線だけで該当者を探せば、すぐに見つけられた。当たり前のように側までやってくる相手へ、条件反射のようなスピードで反応し咄嗟に微笑む。


「なに?」

「あのさ!次の英語、俺当たるんだけど教えてもらえない?」


 同じクラスなんだろう相手は、遠慮も配慮そこそこに「ここなんだけど」と教科書を開き提示してきた。分かられない程度に小さく息を吸い込み、気合いを注入する。


「……うーん。」

「?どうしたの?」


 眉を下げ戸惑い気味の声を発すれば、まんまと不思議そうに顔を覗いてきた。よっしゃ。かかったか。ベテランな釣り師みないなこと言っちゃうけど。魚と身近で戯れる人生を歩んだことはないけれど。


「あんまり、ね?こういうの、よくないかも……」

「え?」

「分からなくても、とりあえずは自分で解決した方がいいよ。答えはあるから。そのほうがあなたの為になる…って、私、頭固いよね…ごめんなさい……」

「永谷さん……!そんなことないよ!」


 下らないツッコミを重ねながらも立て続けに小首を傾げれば、頬を赤く染めさせるまでに到達する。これはいい手応えだと心中で踊り狂い全力のガッツポーズを試みつつ、しゅん……。と、か弱い効果音を醸しだし、困り顔で肩を落とせば。相手はもう、感極まった表情のまま声を大きくするけれど。もはや問題は、その後方だと思った。


 目についたのは、お腹を腕で押さえ頭を大きく上げ下げしている恭。ヘッドバンギング宛らな行動は、ロックミュージシャン顔負け。眉間に皺が寄りそうなのをぐっと堪え、そのまた隣に視線を伸ばしていく。ひっひっふー、ひっひっふー、と有名な呼吸法を真面目に実践する光希がいた。……まあ、ね。うん。分かるよ。必死に笑い堪えよう頑張ってくれてることは。分かるけれども。中々の状況に、こっちが爆笑してしまいそうになった。


「うん。そう言ってくれて、ありがとう。」

「いや、俺こそ……本当はこんなの、話したい口実だから。永谷さん、この高校首席合格だし、」

「へ?」


 異様な状況でも、冷静な分析をしながら自分がするべき態度と言葉を続られていることに拍手を送りたい。総仕上げとして、キョトン。とした表情を、つくる。


「………なんでもない。じゃあ、ありがとね。永谷さん。」


 狙い通りに去って行くソイツが消えた瞬間、全ての表情筋から力を抜いた。本気で面倒。しかも怠い。この上なく鬱陶しい。有り得ない暴言を、心の奥底で吐き出していく。


「……俺は光希と帆波の所為で女性恐怖症だこんちくしょう」

「……ほーんと。相変わらずの猫かぶりだねぇ。」


 腕で目を覆いながら泣きまねしてくる恭と、誰よりも猫かぶりな変貌を遂げた光希にだけは言われたくない、と肩をすくめる。ふざけた態度で尋常じゃない悔しさと怒りを誤魔化す2人を、可哀想だと思った。他人事のように。他人事になんか、しちゃいけないのに。


「……さっきみたいに言っとけば、もう誰もあの手で話しかけてきたりしないじゃん。どうせあいつが誰かに今の私との会話を話して広がるもん。またひとつ“永谷帆波”についての噂が増えたねえ?そこに“私”なんか、いないのに。あっほらし。」

「「……………」」

「………………ごめん。嘘。」


 気が付けば、ドロついた欲望、自分でも引いてしまうほどの汚い感情を吐きこぼしてしまっていた。子どもじみた誤魔化し、帳尻合わせのような謝罪をした自分に恥じて俯けば、ぽん、と頭の上に小さなぬくもりが乗せられる。


「……あたし、帆波のこと大好きだから。」


そのまま、ぽんぽん。優しくリズムをうってくれる相手に勢いよく顔をあげる。柔らかく微笑んでくれたのは、私の幼なじみで親友で、大切な家族でもある、光希。


「なんだよ光希……そんなのは俺だってそうだっつーの。」

「いたっ!」

「帆波も、悪くもないのに謝るなっつーの。」

「いた……」

「………………」

「………………」

「………………」

「「「……………、」」」

「「「……ふはっ。」」」


 これまた私の幼なじみで親友で、大切な家族でもある、恭。
 

 どんなときでも味方でいてくれる、2人。光希と私に軽いチョップをお見舞いしてくる、大きな右手が。珍しく続いた沈黙が。僅かな、切なさが。どことなく、おかしくて。ひとり残らず、笑っていた。


 間抜けなふりして。笑って、いた。




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