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変化するモノしないモノ
しおりを挟む唐突に始まった久原菜々子との関係は、際立った問題が起こることもなく、意外にものんびりと続いていった。強いて言うならば、当人同士よりも周りの反応や態度が煩かったけれど。それらも、敦や秋がフォローという名の援護射撃を繰り出してくれていたお陰で気にもならなかったので、割合させていただきます。
「龍~!今日、お前の家に招待されてるから」
「……えー。」
「……なんだよその重低音な反応は。喜べや。」
彼女とつきあい始めてから3ヶ月が過ぎようとしていた12月初めの今日、学校終わりの放課後。廊下から届く温度は、酷く冷たい。
授業を終え帰ってきたらしい担任に捕まってしまった職員室前で、告げられた数時間後の予定には遠慮することなく眉間を寄せさせてもらう。
男の1人暮らしで仕事も忙しい(らしい)担任のために、両親はたまに夕食に誘っているけれど……その“たまに”訪れる機会がどうやら今日らしい。
「べつにいいけど、まっきー明日のことも考えないでゲーム持ち込んで『対戦じゃなきゃゲームの意味はねえ』とか意味不明な駄々こねだすじゃん?挙句に毎回泊まって行くしさ~」
「……前から言ってっけど、俺が年上って敬ったことある?」
「しかもまっきー下手糞だし。どの種類のゲームも。」
「(スルーしやがったな)」
「それに家に来るのもいーけど、実家にも帰りなよ?俺の家とまっきーの実家、近いんだから」
「お前は俺の親か」
腕を組みながら深いため息を落とせば、可笑しそうに肩を揺らす相手。従兄弟と兄からしっかりと受け継いでしまった“心配症”を笑う相手は、たぶん、これでも。とても、優しい大人だと思う。
「違いますー……しかも、それ言うならまっきーの方でしょ」
「あ?なにが?」
「俺の親なのは」
「………………。」
「あ、従兄弟か。」
「……どっちも正解だよ。お前は、俺の従兄弟だし、家族だ。自称だけどな。」
満足感たっぷりの笑みを象るため目一杯口角をあげた“従兄弟”兼“家族”である子どもに、複雑に眉を下げ悲しく微笑む相手は。出会った瞬間から。暖かい大人、だったから。
「………………」
「………………」
次に紡ぐべき言葉が見つからないまま、視線をつま先に落とす。きっと、この瞬間は。お互いに、同じ過去を思い描いていた。
「お待たせ、坂巻くん……あ、槙本先生もいる。」
気まずくもなければ、居心地が良い理由でもない。そんな違和感だらけの空気を壊してくれたのは、職員室から出てきた彼女。
「よっ。久原。どうした?誰か先生から呼び出し注意?」
「違いますよ……日誌です。先生の机の上、置いてるので。」
「そりゃまた御苦労!今日は久原が当番だったか」
「……はい。」
「……まっきー?いんちょーさん、引いてるから。」
突然の呼びかけに通常通りの反応を返した担任はやっぱり、誰に対してもぶれない教師らしからぬ態度を前面に醸し出していた。だから、後押しするよう淡い毒を吐く。彼女は表情に困惑を塗りたくったまま、小さく笑っていた。
「てか龍、久原待ってたのか。」
「うん」
「今から2人で帰んだろ?久原も龍も気をつけて帰れよ~?」
「はいはい。後でね。」
「先生、さよなら。」
「おう。じゃあな。」
最後の最後に珍しく教師らしい声かけをくれた大人が、気怠くふらりと手を振って中へと去っていく。ぱたんと締まった扉が合図のように、言葉を交わし合う間もないまま。肩を並べ帰るための歩みを進ませていた。
「坂巻くん、後でねって?」
「うん……俺の両親がね、心配して『ごはん食べにおいで』ってまっきーのこと誘ったらしくて、今日この後来るみたい。たまーに予告無く開催されるんだよね」
「……ごはん、」
「ん?」
「ごはん食べてるか、とかをね、見にくるのは、心配してるから……なの、かな?」
「…………うん?」
夏服だった制服は、冬の制服へと変わった。早朝や深夜に何も無い室内で吐き出す息や外で繰り返す呼吸の残骸が、白く染まるようになった。
彼女は段々と、少しずつだけれど確実に。相手へ不審さを感じさせないような会話を、してくれるようになった。
「ちゃんと血がつながってて、家族……なんだけど、いっしょには住んでない関係の人が、ごはん食べてるかとか、風邪ひいてないかとか見に来るの、は……心配してるから、なの?」
「………………」
「……それとも、」
「家族だから、心配だから……大切だから、だからじゃないかな?」
「……た、いせつ?」
「………………」
「……もしもそれが、分からなくなっちゃったら、どうすればいいと思う?」
「……確認、すればいいと思う。家族、なんだから。」
「……そっか。うん。そう、だね」
それでも未だに、変わらないことは。綺麗で完璧な模範のような、久原菜々子の、微笑み。
当然のように立ち止まり、リノリウムで作られた廊下に落とす足が縫い付けられたように重たくて。連なる窓ガラスの向こうから、野球部の掛け声やブラスバンドの賑やかな音が届く。それら全てが別世界のよう遠くに感じてしまうのは、目の前にいる彼女がかけた魔法みたいだった。
「……いんちょーさん、なんかあった?」
「あ、ううん。なんでもないの。ごめんね、ややこしいこと言っちゃって……昨日、そういう小説読んでて解んなかったから、坂巻くんに解説を仰ごうと思いまして」
「…今度、その本教えて。がっつり解き明かしてみるから。」
「坂巻くん、小説読むの?」
「ぶっちゃけ、字ばっかり見てたら眠くなる」
「じゃあ、ダメだよ。」
どこか別の次元に意識を置いてきてしまった様、心ここにあらずな疑問を問う相手に首を傾げる。そして自分の馬鹿丸出しな習性を暴露すれば、相手は楽しそうに首を横に振った。
この3ヶ月で知った“久原菜々子”を、表すとするならば。黒髪。綺麗に整った顔。大人っぽく落ち着いた雰囲気。けれど、ふざけたりすることもあったりして。クラス委員長をしている、全てが完璧な女の子。
それでいて、平気な顔で嘘を吐く、哀しい女の子。
自分を出さないで済むためには、自分を消し去ることを厭わない、不安定な女の子。
たった、それだけだった。
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