婚約者を兄に寝取られた不幸令息、魔性の吸血鬼王子に溺愛される

立花芹

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モテ期到来

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 制服の試着中、フランが唐突に体調を崩したあの日から――三日が経った。

 フランはあれからどこか思い詰めたように塞ぎ込んでしまって、朝から晩まで執務室に籠もっている。

 王太子としての仕事だけはバリバリこなしているらしいが、彼がずっと部屋から出てこないとなると、護衛役の騎士である俺は手持ち無沙汰になってしまう。

 フランから「一日休暇をあげるから久しぶりにゆっくり過ごすといいよ」などと言われて完全なる暇人になってしまった俺は、仕方がないので王城の庭で一人剣の腕を磨くことにしたのだった。

 ――素振り用のずっしりと重い木刀を振り上げ、素早く振り下ろし目の前でピタリと止める。

 剣が主流のこの国で、桜花ノ国特有の武器である刀を使っていると、皆こちらの動きを見慣れていないため相手しにくいらしく、騎士団の剣術大会ではほとんど負けなしだった。

 ……ただ一人、騎士団長にして剣聖の称号を持つギスランだけには、未だに一度も白星を挙げることが出来ていないが。

(――97、98、99、300。1、2、3……)

 無心になってひたすらその動作を繰り返していたその時、ふと背後の遠くの方から足音が聞こえてきた。

(……28、29、30。この足音はアニスだな)

 パッと素振りをやめ、後ろを振り向く。やってきたのはやはり、従者のアニスだった。

 俺がフラン専属の騎士になったのと同時に、アニスも仕える先を伯爵家からフランに変更している。

 とはいっても、役割は変わらず俺の従者なのだが。

「――悠馬様、お取り込み中のところ失礼しますッ!!」

「構わない。どうした、殿下が呼んでるのか?」

 手ぬぐいで汗を拭きながら答えると、アニスは腕に溢れんばかりに抱えた大量の封筒を俺に差し出してきた。

 目測でざっと50通ほど。それも紙質や色が異なる物が多いことから、差出人も手紙の数ほどいると考えていいだろう。

「いえ、悠馬様宛の手紙が、未だに伯爵家の方に届いていたみたいで……ここ一ヶ月の分が今日まとめて送られてきたんです!!」

「……は!? それ全部、俺宛!?」

 今まで、手紙なんてリリーシアとの文通くらいでしか貰ったことがなかった俺は、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 信じられない気持ちで封筒を確認すると、どれも「悠馬=スフォルツァ」に宛てた物となっている。

「僕の予想ですけど……これ多分、全部婚約の打診だと思いますよ」

 アニスと共に近くのベンチに腰掛け、手紙を開封する。中身は――アニスの言うとおり、9割方俺に対する婚約の申し込みだった。

 貴族の次女、三女でまだ婚約が決まってないと聞く令嬢の名前が、ほぼ全て揃っている。

 今までの約20年間の人生では、いつもいつも嫡男である兄のフレデリックばかりモテてきて、愛人の子で後ろ盾のない俺には全くといっていいほど婚約の話が来なかったというのに。

「なんで今更、こんな……なんかの間違いじゃないのか?」

 どうしたらいいか分からず、手紙を手に呆然とする俺の横で、アニスが何やら誇らしげに胸を張った。

「当然ですよ、世間が悠馬様の魅力にようやく気づき始めたんですから!! 騎士団トップ2の実力者で、しかも今は次期国王であるフラン殿下の専属騎士!! 美しい容姿でしかも高身長!! 鍛え上げられた肉体!! 夢見る乙女達の理想の騎士様なんですよ!!」

 力説するアニス。どうやら、俺が知らないだけで貴族令嬢達の間では俺のことが話題になっているらしい。

「この一ヶ月、殿下の隣を歩く悠馬様の姿に王城のご令嬢達の目線は釘付けだったんですよ。今ならよりどりみどりです!!」

 リリーシアとの婚約解消からしばらく経って、次の相手を探すタイミングが来たというのだろうか。

 この国の結婚適齢期はおよそ15~25歳の間だ。誰かとの結婚を考えるならそろそろ動き出すべきであろう。

「ううん……なんだか、いまいち気が向かないな。兄さんに婚約者を寝取られたばっかりなのに、すぐ次の相手って気持ちが起こらない」

「……でも、この機を逃すのは勿体ないですよ。全員と会うのは無理ですが、何人かに絞ってお見合いしてみては?」

 手紙をくださったご令嬢の中から、真面目で心優しく評判の良い方を調べて何人かリストアップしてきますよ――そう言って立ち去るアニスの背中を見ながら、俺はふう、とため息をついてしまった。

(……今は、殿下のお側で騎士の仕事をしていられたら、それで満足なんだけどな。やっぱり、いつかは結婚しないといけないのか……)
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