婚約者を兄に寝取られた不幸令息、魔性の吸血鬼王子に溺愛される

立花芹

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戴冠式の日

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 ーー傭兵を雇いフラン王太子を暗殺しようとしたとして、ルクター公爵が逮捕された。家宅捜査によって、他国から武器を密輸した証拠や度重なる賄賂などの余罪が次々と発見された公爵は、フラン暗殺未遂で捕まった傭兵と共に断頭台にて処刑されることとなり……。

 国王交代間近のこの時期に、衝撃的なニュースとして国全体が驚愕したのだった。

「……ルクター公爵閣下って、三大公爵家の中でもトップの資産家じゃない」

「殿下のお命を狙うだなんて」

「公爵の座がひとつ空いちゃったわね」

「侯爵家のうちのどこかが繰り上がるんじゃないかしら」

 戴冠式当日ーー王城の大広間に集まった貴族達、その開式を待つ間の話題は、やはり公爵の件で持ちきりだった。

 会場の隅、フランが登場する予定の舞台の袖で最終確認をしながら、俺は密かに貴族達の方を盗み見る。

(……改めて見ると圧巻の光景だな。国にはこんなにたくさんの貴族がいるのか)

 国王交代という重要行事のため、今日は国中のほぼ全ての貴族が王城に集まっているのだ。今からフランと共にこの前に立って式を行わなければならないと思うと、緊張に鼓動が早まった。

 目立たないように気をつけながら、キョロキョロと会場を見渡しているとーーやがて、左端の奥の方に見知った顔を発見する。

 父親のスフォルツァ伯爵とその夫人。腹違いの兄のフレデリックに、その婚約者となったリリーシアだ。

 久しぶりにその顔を見たが、相変わらず伯爵は息子の尻拭いに疲れ果てた様子で、義母である伯爵夫人の高慢ちきな立ち振る舞いも全く変わっていない。

 変わっているとすれば、フレデリックとリリーシアの態度だ。

 以前、俺からリリーシアを略奪したときのフレデリックは、容姿の美しいリリーシアにデレデレ鼻の下を伸ばして、人目もはばからず腰や肩を抱いてイチャイチャしていたものだが。

 今のフレデリックはどこかふてくされた様子でそっぽを向いており、リリーシアと目を合わせようともしない。

 リリーシアもリリーシアで、フレデリックのことなど眼中にないといった様子で無視しており、明らかに二人が不仲になっていることが見て取れる。

(……一体なにがあったっていうんだ。弟から略奪までしておいて、結局その程度の愛だったなんて馬鹿馬鹿しいな)

 フン、と鼻で笑いつつ、舞台袖から廊下に出て、フランがいる控えの部屋へと戻る。

 そこでは、煌びやかな装飾で彩られた国王の正装に着替えたフランが、鏡とにらめっこをしながら襟元の調整をしているところだった。

 皆の前に出るため、真白い布を被って吸血鬼特有の白い髪と赤い目を隠したフランは、俺が近づいていくとふっと笑ってこちらを向く。

「ーー会場の方はもう準備大丈夫そうかな。僕は今丁度着替えが終わったけど」

「はい。皆フラン様のご登場を今か今かと待ち望んでいらっしゃいますよ」

 俺がそう答えると、フランは一度、ゆっくりと深呼吸をして……それから、しっかりと胸をはって頷いた。

「……よし、じゃあ、行こうか」



ーーーーー



 ーーフランと俺が舞台に上がると、会場に一気に緊張感がはしる。大勢の視線を一身に受けながら、フランは先に待っていた現王オルフェの前にひざまずいた。

 オルフェは今60代ということになっているが、フランと同じく吸血鬼でほぼ不老の肉体であるため、声を発すればその若々しさで聞く者に違和感を与えてしまう。

 そのため、オルフェは無言で自身の王冠と王笏を手に取ると、それをフランの両手に渡るようにそっと持たせた。

「ーー陛下に代わり、今日からはこの私が国王として……この国を治め、豊かで強い国へと導いて見せます」

 フランの宣言に、オルフェがゆっくりと頷く。そのまま立ち上がったフランが短く演説をすると、会場中がわっと歓声に湧いた。

 新国王フランの、誕生の瞬間である。

(……次は、俺か)

 ごくりと息を呑み、今度は俺がフランの前に跪く。腰の剣ーーさすがに今日ばかりは刀という訳にはいかなかったーーを抜いてフランに捧げ、頭を下げると、その剣がそっと左肩の上に添えられた。

「――この時より、汝は我が剣にして盾である。ここに騎士の誓約をたて、正義を護り、理を重んじ、誇りを胸に歩むことを誓うか」

 フランの声に応えるように、何度も練習していた台詞を唱える。

「ーーはい。この身、この命の全てをもって、陛下に忠を尽くすことを誓います」

 心からの誓いをたててそう告げると、頭上から「立て」と声をかけられた。俺はゆっくりと立ち上がり、フランの顔を真っ直ぐに見据える。

 布に隠れていてその目を見ることは叶わないが、二人の目線が真っ直ぐにぶつかり合い、しっかりと見つめ合っているという確信が胸の内に強く刻まれた。

「我、フラン=ディ=アヴェーヌは、汝、悠馬=スフォルツァを騎士としてここに認める」

 フランが宣言し、剣を俺に手渡した瞬間、会場が再びわっと湧いた。

 二人共に、拍手と歓声が鳴り響く会場の方へと身体を向ける。

 新国王と騎士の誕生を祝う貴族達の声に、俺はつい涙ぐみそうになるのをぐっと堪えた。

 異国から連れてこられた愛人の芸者の子、不義の子などと言われて伯爵家で蔑まれ、存在すら否定されてきたあの日々から……まさかこんな大舞台で皆からの歓迎を受けることになるとは。

 全ては、フランのおかげだ。婚約者を奪われ、腐っていた俺を、救い出してここまで導いてくれた光なのだ。

 彼のためなら、俺の持ちうる全てを捧げられる……確かに、そう思える。

「ーー今日は、皆の前で重大な発表がある。先日、ルクター家が反逆罪によって爵位を失い、公爵の位に空席が生まれてしまったのは皆知っていると思う」

 フランが再び語り出すと、湧いていた会場が一瞬のうちにシンと静まりかえった。

(……ついに、この発表をするときが来たのか)

 俺は緊張に身体を強張らせながら、努めて冷静な面持ちでフランの横に立つ。

 先日、ルクター公爵が逮捕された時に、俺はフランからを提案されたのだ。

「ーーそこで、ここにいる騎士・悠馬に新たに一代公爵の爵位を与えることにする!!」

 フランがそう告げた瞬間……会場がどっとどよめいた。
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