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北から南へ
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「また死んだってよ」
朝のホームルーム前。
クラスの盛り上げキャラである修平が放った一言で教室はざわめいた。
それは興奮と恐怖を奇妙に混ぜ合わせたものだった。
「先週の土曜の夜に家族全員。警察は事故だって言ってるけど、絶対に違うって」
修平が大袈裟なジェスチャーを交えて熱弁する。
あいつの周りには青ざめた顔で目を輝かせるクラスメイトたちが群がっていた。
「これで3連続? この市内で一家全員の怪死が3連続だぞ! 全部、週に一度、土曜の夜に。ぜってーヤバいって!」
話題の中心はここ3週間立て続けにこの町で起こった「一家怪死事件」だ。
どの一家も外傷はないのに、まるで魂を抜き取られたかのように冷たくなっていたという。
更に恐怖を大きくさせているのはこの学校の6年1組の生徒、大野がその怪死事件に遭っている点だ。
「修平、またその話かよ」
そう言った僕は、自分の席から少し離れたその集団を横目で見て、小さく息を吐いた。
親の影響でオカルト系は好きだが、この手の人の不幸を肴にするような噂話には全く興味が無かった。
「随分余裕だな、宮城。次はお前の家かもしれないぞ?」
修平が僕に向かって言う。
それに無表情でこう返した。
「その前にさ、次は自分の家かもしれない、って考えないの?」
修平から顔を逸らした僕の脳裏に、大野の顔がボンヤリと浮かぶ。
隣りの組の女子とあって顔を知ってる程度だったが、この世にいないという事実だけが重くも軽くもなく胸に残った。
昼休み時間になり、僕は人が通らない場所でスマホで眺めていた。
航空写真を組み込んだ地図で聞いた事のある観光地を拡大、いわゆるバーチャルトラベルをするのが堪らなく楽しいのだ。
そこで何故か怪死した大野が思い浮かんだ。
確か僕とそんなに離れて無い所に家があった筈。
思いながら脳内の地図と、航空写真の地図のすり合わせする。
大野の家は、僕の家から北の方角にあった。
そこで一瞬息が止まる。
大野家の南にある家、そこは大野家怪死事件から1週間後に家族全員怪死した家だ。
その家の南にある家がこれまた1週間後に家族全員怪死した家。
つまり大野家と家族全員怪死した2つの家が、北から南に並んでいるのだ。
その3つの家の横は僕の通学路、いずれも警察の立ち入り禁止線が張られていたので間違いない。
3つの家はきっちり縦に並んでいる訳ではない。
それらの家の間には駐車場や公園があったり、庭の広さや家の大きさが違うので、その横を歩いている時は気付かなかったがこうして地図を見ると、違いなく北から南――ちょっと斜めになってるから東南の方角?――に怪死した家が並んでいる。
これは単なる偶然だろうか?
いや、一週間の間を置いて3つの家の住民が次々と謎の死を遂げる偶然があるだろうか?
僕の背中に冷たいものが走った。
微かに震える指先で、スマホ画面を動かす。
その3つの家の南にはクラスメイトの田中の家、そしてその南には――僕の家。
ということは今週の土曜日は、田中の家で全員が怪死。
そして、その次の土曜日は僕と家族が――
呼吸が止まりそうになる。
あと二週間。
僕と父さんや母さんが理由もわからず、3つの家族と同じように冷たい骸になってしまうかもしれない。
週に1度の怪死事件への無関心は絶望的な焦燥感へと変わった。
僕に残された時間は、わずか二週間。
能天気な修平が「次はお前の番だぞ、遼」と言ったが違う。
次は田中、そして僕の番なんだ。
いや、落ち着け、これは飽くまで“もしかして”の話だ。
僕は立ち上がってスマホを上着に仕舞った。
昼休み終了の時間が迫っていたからだ。
クラスに戻ると、もしかして次に怪死するかもしれない田中が俯いて机に座っていた。
そこで怪死した1組の大野と彼女が一緒に下校しているのを思い出した。
「大野の事、思い出してるの?」
顔を上げた田中が僕を見た。
メガネの奥にある目が大きく開いているので内心後ずさった。
「宮城くん、大野さんの事知ってるの?」
「顔だけはね。でも田中は大野と下校してたし、仲良かったんでしょ」
「……悪いけど、放っといてくれない?」
「例の一家怪事件でおかしな事に気付いたんだ」
メガネの奥にある目が再び大きくなった。
それも怒りや驚きの色を浮かべてだ
「何、そのおかしな事って?」
お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「学校終わったら話すけどいい?」
眉間に小さく皺を寄せた田中が小さく頷いた。
◇ ◇
小学校は怪死した3つの家の北にある。
そして僕と田中の家はその3つの家の南にある。
当然、僕は田中と一緒に下校しながら例の話をした。
「宮城くんの仮説って、一週間置きに南にある隣の一家を怪死する呪い、って事?」
「もしかして、だけどね」
そう言いながら彼女を見ると、青ざめた顔をしていた。
「何か心当たりあるの?」
田中がピタリと足を止めた。
「誰にも言わないって約束する?」
「う、うん」
「私ね、大野さんの家で結衣とこっくりさんをしたの」
結衣? ああ、大野さんの下の名前って結衣なのか。
「こっくりさんしたの?」
「うん、結衣があんな風に亡くなる一週間前にやったの」
「何で?」
「結衣が最近怖い夢を見るって話をしてる内に、こっくりさんに聞いてみようって流れになったの」
「そしてどうなったの?」
田中が立ち止まった。
口元が微かに震えているのに気づく。
「セカンド大魔王、あるでしょ?」
たまにテレビのCMに流れる大手リサイクルショップだ。
この市内にもその支店がある。
「結衣の家から近くにあるんだけど、その横の空き地にある小さな鳥居を抜けば悪夢は消える、ってこっくりさんが言うのよ」
強烈な寒気が背筋に走った。
心霊やオカルトにまあまあ詳しいのでそういうのに触れてはいけないのは知っている。
「そ、それで?」
「ずっと、鳥居を抜けっ、て言ってくるから、私達……」
「こっくりさんから指を放したの?」
頷いた田中がスイッチを押した様に激しく泣き出した。
慌てた僕は周囲を見ながら彼女を歩道の横にあるベンチへ座らせた。
「ゆ、結衣が亡くなった後……その空地へ行ったの」
少々落ち着いて来た田中がひどい鼻声で話を続けた。
「鳥居……この位の大きさの」
言いながら自分の肩幅程に両手を広げる。
「赤い鳥居が抜かれてたの」
「えっ! もしかして……大野さんが?」
「わ、わからない、でも何で? あの時は、凄く怯えてたんだよ」
しゃっくりみたいな状態も治まってきた田中を見ながら悩んだが、もしかしてが現実的になった今のんびりしている暇は無かった。
「今からその鳥居がある所に行こう」
「え……やだよ、私……」
「じゃあ僕だけで行ってくる」
そう言って歩き出す。
リサイクル大魔王には数分で着いた。
隣の空き地の前に行くと、そこは車一台置けるかどうかの小さい土地で、僕の背丈ほどの高さがある細い竹がびっしり生えていた。
その茂みの奥に、年季の入った小さな石碑らしきものが見える。
例の小さな赤い鳥居はその繁みの前に横たわっていた。
取り合えずそれを掴もうと手を伸ばす。
「触っちゃダメ!」
驚いて声の方を見ると田中が立っていた。
「それはとっても危険だからダメだよ」
「危険なのはアイツにとってじゃないのかな?」
「ア、アイツ?」
鳥居を片手で持ち上げ様としたが、思ったより重いので両手を使って持ち上げた。
セカンド大魔王や茂みの陰にあったせいか色褪せの無い強烈な赤。
くるりと回して反対側を見る。
そこにはまったく読めない、お経みたいな字が書かれていた。
鳥居は良くないものを侵入させない役目を持ってる、と父さんから聞いた事がある。
だから神社の入り口にあるのだろう、だがこの鳥居はおかしい。
置いてあった状態から考えると普通とは逆、正面を内側に向けて置いていた様だ。
つまりこの鳥居は悪いモノを侵入させる為に置かれたのではない。
悪いモノを、この場所から出さない為に置かれたんだ。
「こっくりさんに出て来たヤツはあの鳥居で封印されてたんだよ。だから上手い事あれを取り除く様に言ってきたんだよ」
言いながら身震いした。
僕はもしかしての話を現実として認めつつある。
そう、自分の勝手な妄想、にはもう戻れない。
「そ、その鳥居どうするの? 元に戻すの?」
「アイツはもうここには居ないから意味ないよ、多分今週の土曜日まであの家……怪死させた3件目の家に居ると思う」
アイツが次の家に襲い掛かるのは、翌日でも3日後でも無く一週間後だ。
何故一週間なのかは分からない。
恐らく何かルーティン的な理由があるのかも――例えば一家の魂を完全に取り込むのにかかる時間、とか。
そして南。
何でアイツは南にある家ばかり襲うのだろうか。
そういえば鳥居も南へ行くのを阻止してるみたいにあったよな。
「じゃあその鳥居を私の家の北に置けば大丈夫なの?」
「うん」
多分ね、を付け加える事はしなかった。
もうこの方法しか無いからだ。
この鳥居がアイツにとって何の意味もなければ僕と田中は終わりなんだ。
3件目の家には立ち入り禁止のテープがまだ張られていた。
しょうがないので、3件目の家と田中の家の間にある遊歩道に鳥居を設置した。
勿論がっちり地面に差し込んで。
そして運命の土曜日がやって来た。
◇ ◇
土曜から日曜に日付が替わったら送る。
田中はそう言ったが、僕のスマホにそれが届く事は無かった。
そして日曜の午後、買い物から帰って来た母さんがリビングに来るなりこう言った。
「田中さんの家に警察がいっぱい来てたけど、何かあったのかしら」
僕は座っている椅子の上から前のめりに倒れそうな気分になった。
田中が――死んだ。
じゃあ鳥居は? あの鳥居はダメだったのか? アイツを阻止する役目じゃなかったのか?
「ちょっと遼、あんた田中さん家の加奈ちゃんと同じ組だったよね?」
それどころじゃ無いよ、母さん。
今週の土曜日に僕らは死ぬんだ。
「ちょっと聞いてる、遼?」
僕は立ち上がって家を出た。
そして野次馬と警察が集まる田中の家を通り過ぎ、鳥居を差し込んだ遊歩道に行った。
鳥居は――抜かれた状態で置かれていた。
誰がこんな事をしたんだ?
犬を散歩させている人? ここを管理してる人?
それともアイツが?
いや、自分で抜けるならこっくりさんを通して頼む必要はない。
ともかく鳥居が抜かれたから田中の家はやられた――そう、この鳥居はやはりアイツを阻止する力があるんだ。
周囲を見て誰も居ないのを確認した僕は、鳥居を脇に抱えると足早で家に戻った。
◇ ◇
僕の家の北側には小さな畑がある。
その畑を持っている近所の家に行って「この鳥居を畑の端に立てさせてください」とお願いした。
当然理由を聞かれたが「運気が上がるとネットにあったんで……」と言ったら「いいよ」という返事を貰った。
こうして家の北側、つまり怪死した田中家の南側に鳥居を置く事が出来た。
後は南に向かって一家を怪死させるアイツを防いで貰う事を祈るしかない。
そして日曜が終わり、何事も無く月、火、水、木、と曜日が過ぎた。
鳥居のチェックは暇さえあればしていた。
何も異常は無かった、金曜日の夜に奇怪で恐ろしい悪夢を見るまでは。
夢の中の僕は何かに気付いて部屋を出た。
そして二階の廊下にある窓に顔を近づける。
そこにはしっかり鳥居を差し込んだ小さな畑が見えた。
鳥居を見ていると、視界の上に何かが映った。
それは十人程の人影で、ランニングをしてる様な勢いで畑の上を通り過ぎると、一斉に鳥居に手を伸ばした。
これは夢?
そう思っている間に鳥居は引き抜かれ、雑草だらけの地面にポイと投げられた。
集団の視線がこちらに向く。
そこで田中が集団の中にいるのに気付いた。
「宮城くん」
ここは二階、それも窓を閉めているにも関わらず、彼女の声がはっきり聞こえた。
「ほら、結衣もこんなに元気だよ!」
そう叫んだ田中が隣にいる大野さんを引き寄せる。
「こっくりさん!」
大野さんが満面の笑みで叫ぶ。
「こっくりさん! こっくりさん!」
田中も笑顔で叫び出す。
その目が二人とも全く笑って無いの気づく。
「南! 南!」
二人がそう叫ぶと、今度は全員が声を揃えて叫び始めた。
「南! 南! 行くよ、南に!」
全員笑顔だが一様に目が笑って無い。
「行くよ南! 行くよ南! 行くよ南!」
脳を叩く様なその叫びに思わず両耳を塞ごうとする。
そこで叫びが止んだ。
「宮城くん、あなたも一緒に南に行くんだよ」
そう言った途端、田中の体が弾けた。
同時に大野や他の連中の体も弾けた。
弾けた破片が集まり、ブヨブヨした塊になる。
そして塊に浮ぶ田中の顔が大きく口を開けてこう言った。
「みぃやぎくぅぅん、あなたもぉいっじょにぃ、みにゃみにいぐんだよぉぉ!」
◇ ◇
スマホのアラームで目が覚めた僕はベッドの上で飛び起きた。
そして部屋を飛び出ると、廊下の窓から畑を見た。
引き抜かれた鳥居が雑草の上に転がっていた。
みぞおちがへこみ、喉の奥からしゃがれた声が出る。
あの夢――アイツに殺された人達が出て来たあの夢は、半分現実だったのか?
転がる様に階段を下りた僕は畑まで来ると、鳥居を二つの穴に差し込んだ。
歯を食いしばって両手で押し込み、最後は鳥居の上に座り全体重を掛けて押し込んだ。
朝食の時間が来た。
いつもと様子が違う僕に母さんが声を掛けてきた。
これが最後のチャンスと、僕はお願いを言った。
「駅前に新しいホテル出来たでしょ、あそこ温泉大浴場が凄いんだって。お小遣い一年貰うの我慢するから今日そこに泊まろうよ」
何かを感じたみたいな顔になった母さんが父さんを見る。
そして申し訳なさそうな笑みを僕に向けた。
「お父さんは今日、会社の人の送別会なの。そのホテルは次の機会にしようね」
次の機会は無いんだよ!
今夜アイツが僕らの命を奪いに来るんだよ!
朝食を残したまま二階の部屋に戻った。
ベッドに横たわり、ぼんやりと置時計を見る。
秒針が緩やかに時の経過を刻んでいる。
大丈夫、あれだけしっかり鳥居を奥に差し込んだ。
そこであの夢を思い出した。
田中や大野、そしてアイツに命を奪われた連中、あの人数でまた来られたら鳥居は再び引っこ抜かれるのでは?
ちょっと待て、あの連中は死んでいるんだぞ。
確か霊魂は物理的な力がかなり弱い、カーテンを軽く揺らす事すら全力でやらないと出来ない、と動画の霊能者が言っていた。
アイツもこっくりさんで大野を騙して鳥居を外させている――いや、この仮定は穴がある。
田中の家の北に置いた鳥居は誰が外したんだ?
スマホが振動して通知音を鳴らした。
画面を開くとLIENに通知が届いている。
それは田中からだった。
暫し思考が止まったが無視は出来ない。
LIENには動画が添付されていた。
それを再生してみる。
街灯が光る夜の道をパジャマ姿で歩く田中の後ろ姿。
その後姿が遊歩道に入る。
足取りは早く、迷いがなかった。
田中が立ち止まり、しゃがみ込む。
そして全身の力を込めて何かを引っこ抜こうとしている。
鳥居だ、と僕にはわかった。
肩で息をしながら抜いた鳥居を抱える田中の後ろ姿。
次の瞬間、振り向いた田中が画面いっぱいに顔を近づける。
「どうやってコレを抜いたかって? こぉぉして抜いたんだよぉぉ、みぃやぎぃくぅぅん」
驚いて目を開けると周囲が真っ暗なのに気づく。
「え!?」
僕は畑にある鳥居に両手を回していた。
「そんな……」
僕が離れると同時に鳥居が倒れた。
僕が鳥居を抜こうとしていた? ま、まさか昨日抜いたのも僕? あの動画でも田中が鳥居を抜いていた。
アイツ――そう、アイツがいつの間にか田中や僕を操って鳥居を抜かさせていたっていうのか!?
だとしたらもう手の打ちようがない!
いや、今何時だ?
ポケットからスマホを取り出すと、PM11:45と表示されていた。
鳥居を差し直すか?
いや、またアイツに操られて終わりだ。
もう家から父さんと母さんを連れ出すしかない。
でもどうやって?
残り十数分でどうやって家から出す事が出来る?
そこで僕にある考えが浮かんだ。
この異常な考えは普段では絶対浮かばないだろう。
全速力で家に戻る。
照明は消され、寝室からは父さんのイビキが聞こえてくる。
リビングにある抽斗からバーベキューに使う点火ライターを取り出した。
そしてソファーにあるクッションを掴んだ。
天井にある火災報知機の下にくると、点火ライターでクッションに火を付けた。
煙を上げながらクッションが燃え始める。
僕はそれを火災報知機に近づけた。
途端につんざく様な音が鳴り響く。
クッションを床に落とした僕は寝室に駆け出した。
寝室から出て来た怯え顔の母さんと目を大きくした父さんに叫ぶ。
「火事だよ、火事! 早く外に出て!」
父さんと母さんと共に家から離れた所立ち止まった僕はスマホを取り出した。
PM11:58。
何とか間に合った。
振り返ると家のリビングが炎に包まれてた。
父さんと母さんは絶望の声を上げてるけど、死ぬよりはマシだ。
どれ、早く消防車を呼ばなくちゃ。
それにしても火の粉がここまで飛んできて熱いな。
――気付くと僕は燃え盛る鳥居を見ていた。
「え……」
鳥居の下にはリビングのクッションらしき残骸。
そして僕の右手には点火ライター。
僕は何をしているんだ?
何でリビングじゃなく、畑にある鳥居を燃やしてるんだ?
そうだ、今何時だ?
勢いよくスマホを取り出して時刻を見る。
AM00:02。
「おいあんた、何やってんの!」
この炎に気付いたのだろう、近所の人らしき二人のおじさんがしかめっ面で近づいて来た。
僕は事情を訊かれた警察官と共に家へ帰り、父さんと母さんの変わり果てた姿を見るのだった。
◇ ◇
その後、親戚に引き取られた僕は関東の大きな地方都市で暮らす事になった。
高校に通いながら送る平穏な日々、あの恐ろしい出来事は徐々に記憶から薄れていった――となっていたらどんなに良かったろう。
2年経った今もアイツの事が脳裏に浮かぶ。
一週間置きに南の家に移動して、そこの一家の魂を奪い取る。
それが今も行われているのだ。
僕はニュースやネットでその情報を集めた。
北海道の一家連続怪死事件を扱ったネット記事を見つけた事もあった、動画サイトで北海道から東北に繋がる一家怪死の謎を考察するチャンネルもあった。
でもその記事やチャンネルは消えた。
まるで最初から無かったかの様に。
アイツは一家の魂を喰らって移動している。
東北まで来たアイツが喰らった魂は相当な量だろう。
それで力を付けたアイツがやったとしたら?
邪魔が入る事無く南へ――そう、日本を横断しながら魂を喰らい、南下していくのだろう。
2年前、両親と一緒に僕の魂を奪う事が出来た筈だ。
だがアイツは僕を利用して厄介な鳥居の始末を優先した。
結果、僕は死を免れた。
そこである恐ろしい疑問が浮かぶ。
記事や動画の消す事が出来るなら、アイツにとって都合の悪い僕の記憶を何故消さないのか?
絶対に僕を逃がさないと決めているから?
霊道という霊的な存在が通る道があり、霊的な存在はその先に求めるものがあるからその道を進んでいく。
そんな話を僕は何かで読んだ。
多分――いや、間違いなく悪霊であるアイツが南に向かっているのもそういう理由だろう。
いったい何をアイツは求めるているのか。
いや、そんなのは知りたくも無い。
今週の土曜日にどこかでまた一家が怪死していく、その事実が恐ろしい。
それがこの体験を書いた理由の一つだ。
北の方向、正確には北西の方向で一家怪死事件が起きたなら一週間以内に今住んでる家から離れて欲しい。
アイツに魂を食べられたくなければ、そして大野や田中の様に操り人形にされたくなければ、その家から離れて欲しい。
朝のホームルーム前。
クラスの盛り上げキャラである修平が放った一言で教室はざわめいた。
それは興奮と恐怖を奇妙に混ぜ合わせたものだった。
「先週の土曜の夜に家族全員。警察は事故だって言ってるけど、絶対に違うって」
修平が大袈裟なジェスチャーを交えて熱弁する。
あいつの周りには青ざめた顔で目を輝かせるクラスメイトたちが群がっていた。
「これで3連続? この市内で一家全員の怪死が3連続だぞ! 全部、週に一度、土曜の夜に。ぜってーヤバいって!」
話題の中心はここ3週間立て続けにこの町で起こった「一家怪死事件」だ。
どの一家も外傷はないのに、まるで魂を抜き取られたかのように冷たくなっていたという。
更に恐怖を大きくさせているのはこの学校の6年1組の生徒、大野がその怪死事件に遭っている点だ。
「修平、またその話かよ」
そう言った僕は、自分の席から少し離れたその集団を横目で見て、小さく息を吐いた。
親の影響でオカルト系は好きだが、この手の人の不幸を肴にするような噂話には全く興味が無かった。
「随分余裕だな、宮城。次はお前の家かもしれないぞ?」
修平が僕に向かって言う。
それに無表情でこう返した。
「その前にさ、次は自分の家かもしれない、って考えないの?」
修平から顔を逸らした僕の脳裏に、大野の顔がボンヤリと浮かぶ。
隣りの組の女子とあって顔を知ってる程度だったが、この世にいないという事実だけが重くも軽くもなく胸に残った。
昼休み時間になり、僕は人が通らない場所でスマホで眺めていた。
航空写真を組み込んだ地図で聞いた事のある観光地を拡大、いわゆるバーチャルトラベルをするのが堪らなく楽しいのだ。
そこで何故か怪死した大野が思い浮かんだ。
確か僕とそんなに離れて無い所に家があった筈。
思いながら脳内の地図と、航空写真の地図のすり合わせする。
大野の家は、僕の家から北の方角にあった。
そこで一瞬息が止まる。
大野家の南にある家、そこは大野家怪死事件から1週間後に家族全員怪死した家だ。
その家の南にある家がこれまた1週間後に家族全員怪死した家。
つまり大野家と家族全員怪死した2つの家が、北から南に並んでいるのだ。
その3つの家の横は僕の通学路、いずれも警察の立ち入り禁止線が張られていたので間違いない。
3つの家はきっちり縦に並んでいる訳ではない。
それらの家の間には駐車場や公園があったり、庭の広さや家の大きさが違うので、その横を歩いている時は気付かなかったがこうして地図を見ると、違いなく北から南――ちょっと斜めになってるから東南の方角?――に怪死した家が並んでいる。
これは単なる偶然だろうか?
いや、一週間の間を置いて3つの家の住民が次々と謎の死を遂げる偶然があるだろうか?
僕の背中に冷たいものが走った。
微かに震える指先で、スマホ画面を動かす。
その3つの家の南にはクラスメイトの田中の家、そしてその南には――僕の家。
ということは今週の土曜日は、田中の家で全員が怪死。
そして、その次の土曜日は僕と家族が――
呼吸が止まりそうになる。
あと二週間。
僕と父さんや母さんが理由もわからず、3つの家族と同じように冷たい骸になってしまうかもしれない。
週に1度の怪死事件への無関心は絶望的な焦燥感へと変わった。
僕に残された時間は、わずか二週間。
能天気な修平が「次はお前の番だぞ、遼」と言ったが違う。
次は田中、そして僕の番なんだ。
いや、落ち着け、これは飽くまで“もしかして”の話だ。
僕は立ち上がってスマホを上着に仕舞った。
昼休み終了の時間が迫っていたからだ。
クラスに戻ると、もしかして次に怪死するかもしれない田中が俯いて机に座っていた。
そこで怪死した1組の大野と彼女が一緒に下校しているのを思い出した。
「大野の事、思い出してるの?」
顔を上げた田中が僕を見た。
メガネの奥にある目が大きく開いているので内心後ずさった。
「宮城くん、大野さんの事知ってるの?」
「顔だけはね。でも田中は大野と下校してたし、仲良かったんでしょ」
「……悪いけど、放っといてくれない?」
「例の一家怪事件でおかしな事に気付いたんだ」
メガネの奥にある目が再び大きくなった。
それも怒りや驚きの色を浮かべてだ
「何、そのおかしな事って?」
お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「学校終わったら話すけどいい?」
眉間に小さく皺を寄せた田中が小さく頷いた。
◇ ◇
小学校は怪死した3つの家の北にある。
そして僕と田中の家はその3つの家の南にある。
当然、僕は田中と一緒に下校しながら例の話をした。
「宮城くんの仮説って、一週間置きに南にある隣の一家を怪死する呪い、って事?」
「もしかして、だけどね」
そう言いながら彼女を見ると、青ざめた顔をしていた。
「何か心当たりあるの?」
田中がピタリと足を止めた。
「誰にも言わないって約束する?」
「う、うん」
「私ね、大野さんの家で結衣とこっくりさんをしたの」
結衣? ああ、大野さんの下の名前って結衣なのか。
「こっくりさんしたの?」
「うん、結衣があんな風に亡くなる一週間前にやったの」
「何で?」
「結衣が最近怖い夢を見るって話をしてる内に、こっくりさんに聞いてみようって流れになったの」
「そしてどうなったの?」
田中が立ち止まった。
口元が微かに震えているのに気づく。
「セカンド大魔王、あるでしょ?」
たまにテレビのCMに流れる大手リサイクルショップだ。
この市内にもその支店がある。
「結衣の家から近くにあるんだけど、その横の空き地にある小さな鳥居を抜けば悪夢は消える、ってこっくりさんが言うのよ」
強烈な寒気が背筋に走った。
心霊やオカルトにまあまあ詳しいのでそういうのに触れてはいけないのは知っている。
「そ、それで?」
「ずっと、鳥居を抜けっ、て言ってくるから、私達……」
「こっくりさんから指を放したの?」
頷いた田中がスイッチを押した様に激しく泣き出した。
慌てた僕は周囲を見ながら彼女を歩道の横にあるベンチへ座らせた。
「ゆ、結衣が亡くなった後……その空地へ行ったの」
少々落ち着いて来た田中がひどい鼻声で話を続けた。
「鳥居……この位の大きさの」
言いながら自分の肩幅程に両手を広げる。
「赤い鳥居が抜かれてたの」
「えっ! もしかして……大野さんが?」
「わ、わからない、でも何で? あの時は、凄く怯えてたんだよ」
しゃっくりみたいな状態も治まってきた田中を見ながら悩んだが、もしかしてが現実的になった今のんびりしている暇は無かった。
「今からその鳥居がある所に行こう」
「え……やだよ、私……」
「じゃあ僕だけで行ってくる」
そう言って歩き出す。
リサイクル大魔王には数分で着いた。
隣の空き地の前に行くと、そこは車一台置けるかどうかの小さい土地で、僕の背丈ほどの高さがある細い竹がびっしり生えていた。
その茂みの奥に、年季の入った小さな石碑らしきものが見える。
例の小さな赤い鳥居はその繁みの前に横たわっていた。
取り合えずそれを掴もうと手を伸ばす。
「触っちゃダメ!」
驚いて声の方を見ると田中が立っていた。
「それはとっても危険だからダメだよ」
「危険なのはアイツにとってじゃないのかな?」
「ア、アイツ?」
鳥居を片手で持ち上げ様としたが、思ったより重いので両手を使って持ち上げた。
セカンド大魔王や茂みの陰にあったせいか色褪せの無い強烈な赤。
くるりと回して反対側を見る。
そこにはまったく読めない、お経みたいな字が書かれていた。
鳥居は良くないものを侵入させない役目を持ってる、と父さんから聞いた事がある。
だから神社の入り口にあるのだろう、だがこの鳥居はおかしい。
置いてあった状態から考えると普通とは逆、正面を内側に向けて置いていた様だ。
つまりこの鳥居は悪いモノを侵入させる為に置かれたのではない。
悪いモノを、この場所から出さない為に置かれたんだ。
「こっくりさんに出て来たヤツはあの鳥居で封印されてたんだよ。だから上手い事あれを取り除く様に言ってきたんだよ」
言いながら身震いした。
僕はもしかしての話を現実として認めつつある。
そう、自分の勝手な妄想、にはもう戻れない。
「そ、その鳥居どうするの? 元に戻すの?」
「アイツはもうここには居ないから意味ないよ、多分今週の土曜日まであの家……怪死させた3件目の家に居ると思う」
アイツが次の家に襲い掛かるのは、翌日でも3日後でも無く一週間後だ。
何故一週間なのかは分からない。
恐らく何かルーティン的な理由があるのかも――例えば一家の魂を完全に取り込むのにかかる時間、とか。
そして南。
何でアイツは南にある家ばかり襲うのだろうか。
そういえば鳥居も南へ行くのを阻止してるみたいにあったよな。
「じゃあその鳥居を私の家の北に置けば大丈夫なの?」
「うん」
多分ね、を付け加える事はしなかった。
もうこの方法しか無いからだ。
この鳥居がアイツにとって何の意味もなければ僕と田中は終わりなんだ。
3件目の家には立ち入り禁止のテープがまだ張られていた。
しょうがないので、3件目の家と田中の家の間にある遊歩道に鳥居を設置した。
勿論がっちり地面に差し込んで。
そして運命の土曜日がやって来た。
◇ ◇
土曜から日曜に日付が替わったら送る。
田中はそう言ったが、僕のスマホにそれが届く事は無かった。
そして日曜の午後、買い物から帰って来た母さんがリビングに来るなりこう言った。
「田中さんの家に警察がいっぱい来てたけど、何かあったのかしら」
僕は座っている椅子の上から前のめりに倒れそうな気分になった。
田中が――死んだ。
じゃあ鳥居は? あの鳥居はダメだったのか? アイツを阻止する役目じゃなかったのか?
「ちょっと遼、あんた田中さん家の加奈ちゃんと同じ組だったよね?」
それどころじゃ無いよ、母さん。
今週の土曜日に僕らは死ぬんだ。
「ちょっと聞いてる、遼?」
僕は立ち上がって家を出た。
そして野次馬と警察が集まる田中の家を通り過ぎ、鳥居を差し込んだ遊歩道に行った。
鳥居は――抜かれた状態で置かれていた。
誰がこんな事をしたんだ?
犬を散歩させている人? ここを管理してる人?
それともアイツが?
いや、自分で抜けるならこっくりさんを通して頼む必要はない。
ともかく鳥居が抜かれたから田中の家はやられた――そう、この鳥居はやはりアイツを阻止する力があるんだ。
周囲を見て誰も居ないのを確認した僕は、鳥居を脇に抱えると足早で家に戻った。
◇ ◇
僕の家の北側には小さな畑がある。
その畑を持っている近所の家に行って「この鳥居を畑の端に立てさせてください」とお願いした。
当然理由を聞かれたが「運気が上がるとネットにあったんで……」と言ったら「いいよ」という返事を貰った。
こうして家の北側、つまり怪死した田中家の南側に鳥居を置く事が出来た。
後は南に向かって一家を怪死させるアイツを防いで貰う事を祈るしかない。
そして日曜が終わり、何事も無く月、火、水、木、と曜日が過ぎた。
鳥居のチェックは暇さえあればしていた。
何も異常は無かった、金曜日の夜に奇怪で恐ろしい悪夢を見るまでは。
夢の中の僕は何かに気付いて部屋を出た。
そして二階の廊下にある窓に顔を近づける。
そこにはしっかり鳥居を差し込んだ小さな畑が見えた。
鳥居を見ていると、視界の上に何かが映った。
それは十人程の人影で、ランニングをしてる様な勢いで畑の上を通り過ぎると、一斉に鳥居に手を伸ばした。
これは夢?
そう思っている間に鳥居は引き抜かれ、雑草だらけの地面にポイと投げられた。
集団の視線がこちらに向く。
そこで田中が集団の中にいるのに気付いた。
「宮城くん」
ここは二階、それも窓を閉めているにも関わらず、彼女の声がはっきり聞こえた。
「ほら、結衣もこんなに元気だよ!」
そう叫んだ田中が隣にいる大野さんを引き寄せる。
「こっくりさん!」
大野さんが満面の笑みで叫ぶ。
「こっくりさん! こっくりさん!」
田中も笑顔で叫び出す。
その目が二人とも全く笑って無いの気づく。
「南! 南!」
二人がそう叫ぶと、今度は全員が声を揃えて叫び始めた。
「南! 南! 行くよ、南に!」
全員笑顔だが一様に目が笑って無い。
「行くよ南! 行くよ南! 行くよ南!」
脳を叩く様なその叫びに思わず両耳を塞ごうとする。
そこで叫びが止んだ。
「宮城くん、あなたも一緒に南に行くんだよ」
そう言った途端、田中の体が弾けた。
同時に大野や他の連中の体も弾けた。
弾けた破片が集まり、ブヨブヨした塊になる。
そして塊に浮ぶ田中の顔が大きく口を開けてこう言った。
「みぃやぎくぅぅん、あなたもぉいっじょにぃ、みにゃみにいぐんだよぉぉ!」
◇ ◇
スマホのアラームで目が覚めた僕はベッドの上で飛び起きた。
そして部屋を飛び出ると、廊下の窓から畑を見た。
引き抜かれた鳥居が雑草の上に転がっていた。
みぞおちがへこみ、喉の奥からしゃがれた声が出る。
あの夢――アイツに殺された人達が出て来たあの夢は、半分現実だったのか?
転がる様に階段を下りた僕は畑まで来ると、鳥居を二つの穴に差し込んだ。
歯を食いしばって両手で押し込み、最後は鳥居の上に座り全体重を掛けて押し込んだ。
朝食の時間が来た。
いつもと様子が違う僕に母さんが声を掛けてきた。
これが最後のチャンスと、僕はお願いを言った。
「駅前に新しいホテル出来たでしょ、あそこ温泉大浴場が凄いんだって。お小遣い一年貰うの我慢するから今日そこに泊まろうよ」
何かを感じたみたいな顔になった母さんが父さんを見る。
そして申し訳なさそうな笑みを僕に向けた。
「お父さんは今日、会社の人の送別会なの。そのホテルは次の機会にしようね」
次の機会は無いんだよ!
今夜アイツが僕らの命を奪いに来るんだよ!
朝食を残したまま二階の部屋に戻った。
ベッドに横たわり、ぼんやりと置時計を見る。
秒針が緩やかに時の経過を刻んでいる。
大丈夫、あれだけしっかり鳥居を奥に差し込んだ。
そこであの夢を思い出した。
田中や大野、そしてアイツに命を奪われた連中、あの人数でまた来られたら鳥居は再び引っこ抜かれるのでは?
ちょっと待て、あの連中は死んでいるんだぞ。
確か霊魂は物理的な力がかなり弱い、カーテンを軽く揺らす事すら全力でやらないと出来ない、と動画の霊能者が言っていた。
アイツもこっくりさんで大野を騙して鳥居を外させている――いや、この仮定は穴がある。
田中の家の北に置いた鳥居は誰が外したんだ?
スマホが振動して通知音を鳴らした。
画面を開くとLIENに通知が届いている。
それは田中からだった。
暫し思考が止まったが無視は出来ない。
LIENには動画が添付されていた。
それを再生してみる。
街灯が光る夜の道をパジャマ姿で歩く田中の後ろ姿。
その後姿が遊歩道に入る。
足取りは早く、迷いがなかった。
田中が立ち止まり、しゃがみ込む。
そして全身の力を込めて何かを引っこ抜こうとしている。
鳥居だ、と僕にはわかった。
肩で息をしながら抜いた鳥居を抱える田中の後ろ姿。
次の瞬間、振り向いた田中が画面いっぱいに顔を近づける。
「どうやってコレを抜いたかって? こぉぉして抜いたんだよぉぉ、みぃやぎぃくぅぅん」
驚いて目を開けると周囲が真っ暗なのに気づく。
「え!?」
僕は畑にある鳥居に両手を回していた。
「そんな……」
僕が離れると同時に鳥居が倒れた。
僕が鳥居を抜こうとしていた? ま、まさか昨日抜いたのも僕? あの動画でも田中が鳥居を抜いていた。
アイツ――そう、アイツがいつの間にか田中や僕を操って鳥居を抜かさせていたっていうのか!?
だとしたらもう手の打ちようがない!
いや、今何時だ?
ポケットからスマホを取り出すと、PM11:45と表示されていた。
鳥居を差し直すか?
いや、またアイツに操られて終わりだ。
もう家から父さんと母さんを連れ出すしかない。
でもどうやって?
残り十数分でどうやって家から出す事が出来る?
そこで僕にある考えが浮かんだ。
この異常な考えは普段では絶対浮かばないだろう。
全速力で家に戻る。
照明は消され、寝室からは父さんのイビキが聞こえてくる。
リビングにある抽斗からバーベキューに使う点火ライターを取り出した。
そしてソファーにあるクッションを掴んだ。
天井にある火災報知機の下にくると、点火ライターでクッションに火を付けた。
煙を上げながらクッションが燃え始める。
僕はそれを火災報知機に近づけた。
途端につんざく様な音が鳴り響く。
クッションを床に落とした僕は寝室に駆け出した。
寝室から出て来た怯え顔の母さんと目を大きくした父さんに叫ぶ。
「火事だよ、火事! 早く外に出て!」
父さんと母さんと共に家から離れた所立ち止まった僕はスマホを取り出した。
PM11:58。
何とか間に合った。
振り返ると家のリビングが炎に包まれてた。
父さんと母さんは絶望の声を上げてるけど、死ぬよりはマシだ。
どれ、早く消防車を呼ばなくちゃ。
それにしても火の粉がここまで飛んできて熱いな。
――気付くと僕は燃え盛る鳥居を見ていた。
「え……」
鳥居の下にはリビングのクッションらしき残骸。
そして僕の右手には点火ライター。
僕は何をしているんだ?
何でリビングじゃなく、畑にある鳥居を燃やしてるんだ?
そうだ、今何時だ?
勢いよくスマホを取り出して時刻を見る。
AM00:02。
「おいあんた、何やってんの!」
この炎に気付いたのだろう、近所の人らしき二人のおじさんがしかめっ面で近づいて来た。
僕は事情を訊かれた警察官と共に家へ帰り、父さんと母さんの変わり果てた姿を見るのだった。
◇ ◇
その後、親戚に引き取られた僕は関東の大きな地方都市で暮らす事になった。
高校に通いながら送る平穏な日々、あの恐ろしい出来事は徐々に記憶から薄れていった――となっていたらどんなに良かったろう。
2年経った今もアイツの事が脳裏に浮かぶ。
一週間置きに南の家に移動して、そこの一家の魂を奪い取る。
それが今も行われているのだ。
僕はニュースやネットでその情報を集めた。
北海道の一家連続怪死事件を扱ったネット記事を見つけた事もあった、動画サイトで北海道から東北に繋がる一家怪死の謎を考察するチャンネルもあった。
でもその記事やチャンネルは消えた。
まるで最初から無かったかの様に。
アイツは一家の魂を喰らって移動している。
東北まで来たアイツが喰らった魂は相当な量だろう。
それで力を付けたアイツがやったとしたら?
邪魔が入る事無く南へ――そう、日本を横断しながら魂を喰らい、南下していくのだろう。
2年前、両親と一緒に僕の魂を奪う事が出来た筈だ。
だがアイツは僕を利用して厄介な鳥居の始末を優先した。
結果、僕は死を免れた。
そこである恐ろしい疑問が浮かぶ。
記事や動画の消す事が出来るなら、アイツにとって都合の悪い僕の記憶を何故消さないのか?
絶対に僕を逃がさないと決めているから?
霊道という霊的な存在が通る道があり、霊的な存在はその先に求めるものがあるからその道を進んでいく。
そんな話を僕は何かで読んだ。
多分――いや、間違いなく悪霊であるアイツが南に向かっているのもそういう理由だろう。
いったい何をアイツは求めるているのか。
いや、そんなのは知りたくも無い。
今週の土曜日にどこかでまた一家が怪死していく、その事実が恐ろしい。
それがこの体験を書いた理由の一つだ。
北の方向、正確には北西の方向で一家怪死事件が起きたなら一週間以内に今住んでる家から離れて欲しい。
アイツに魂を食べられたくなければ、そして大野や田中の様に操り人形にされたくなければ、その家から離れて欲しい。
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