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3章 決闘
決闘前夜 [挿絵あり]
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――――話は一週間前に遡る。
「ここの鶏レバーパテが美味しい、とシャルロット大佐から聞いたもので」
こう言ってラヴォワ公国を訪れたレベッカ・ブローニング准将、それを例の気怠い目、ニンマリ口のジャンヌが迎え、そのまま食事の間に通した。
「ちょうど昼食がその鶏レバーペーストなのですよ。准将殿と大佐殿の分も今すぐ用意致しましょう」
レベッカとシャルロットが顔を合わせる。
当然俺の手際なのだがチト露骨すぎたか。
「ご存知の通り、皇帝陛下が矢の襲撃を受け、意識不明のまま半年が経っているのです」
「ああ、ヴィエント国での狙撃事件ですね。いまだ犯人が捕まってないという。私、あの事件に興味があるのですよ。警備網の外から狙撃を成功させるとは、どんな恐ろしい達人が犯人なのか、どんな弓を使っていたのか、とか」
フォークとナイフを置いたレベッカがナプキンで口を拭く。
「ふふふ、皇帝陛下の容体より弓の方に興味があるとは、貴公はよほどの物好きと見えますな」
「いやいや、昼食を食べにわざわざこのような田舎国へお出でになる准将殿も物好きですよ」
のんびりした顔でワイングラスを置くジャンヌ。それをもの凄い目力で睨むシャルロット。
「ふふ……、こちらの思っていた通り、貴公は興味深いですな」
(小娘が! ベッドの上で泣かせたらどんな顔をするか見てみたいものだ)
レベッカの頭に指を突っ込んでいる俺は、とりあえず心の声をジャンヌへ伝えないことにした。
「……帝国内で、皇帝位継承争いが激化しています。皇妃は既に亡く、実子もおらず、となると、皇帝陛下の御兄弟が継承権を持つのですが、帝位継承順位一位である兄のコンラッド殿は患っている目と耳を理由に辞退。継承順位二位である弟のローランド殿は女の尻を追いかけて放蕩三昧、この二年間行方をくらましているのです」
「はっはっは、何という不運、何というハチャメチャな内実、ですな」
けらけら笑うジャンヌ、それを呪い殺すかのような目力で睨むシャルロット。
お得意の人をイラつかせるスキルは今日も絶好調と見える。
「いや、これは失礼……ぷっ」
どこが笑いのツボにハマったのか、ジャンヌは体を震わせ笑いを押し殺している。
煙草を取り出し、口に咥えるレベッカ。傍らのシャルロットが指を伸ばし素早く火をつける。
「……このような有様である故、帝国内では各々の派閥が独自に後継者を見つけ出し、擁立をしてます。例えば、貴公には馴染みが深い……」
「ルーグ公、皇帝の甥っ子とかいう」
煙を吐き出し、レベッカがニヤっと笑った。
「そう、それ。ところでそれを担いでいる派閥、貴公のことを快く思ってないようですぞ」
「ほう、それはまた何故?」
「とぼけますか、ローランド殿を担ぐ勢力に接近し、内乱になったルーグ公国を武力で鎮圧。ルーグ公を半軟禁状態にしているそうではありませんか。ルーグ公擁立派が貴公を良く思っているはずがありません」
眉間に皺を寄せたシャルロットが鼻息荒く言い終える。
「鶏レバーパテはいかがでした? おかわりはどうです」
何か言いかけるシャルロット、灰皿に煙草を押し付けたレベッカ。
「本題に入ろうか、公」
「どうぞ、准将」
気だるい笑顔を浮かべたジャンヌがテーブルに両肘をついた。
レベッカ准将属する派閥、主に現役やOBの陸軍将校と、その取り巻き貴族で構成されている派閥は、皇帝継承権争いには一歩出遅れていた。
そんなある日、諜報部が皇帝の隠し子というビッグな情報を入手した。
隠し子はラヴォワ公国の近隣国、ヴァリアーノ王国にあるプレアシティにおり、名前、住所、職業など基本情報は全て把握済みの上、隠し子の母親、分娩に立ち会った医者も極秘裏の場所に隠匿、更には隠し子とその母親と一緒に皇帝が写っている写真も入手済みという。
残るは隠し子本人、それをプレアシティから連れてくれば、レベッカ准将の派閥は皇帝位継承争いというゲームにとびきりの切り札を入手出来る訳だ。
だが、他の派閥が薄々それに気付いてるらしく、迂闊に部下を動かせないらしい。
で――――ジャンヌに、何とか隠し子を説得してその街から夜逃げみたく連れ出して欲しい、と言うのがレベッカ准将の依頼だ。
「とはいえ、あのクライヴって奴、相当難しいぜ。アンタは皇帝の隠し子だから一緒に帝国へ行きましょう! そうか、よし、行こう! てな相手じゃねーぞ」
レベッカ准将との昼食会から一週間、皇帝の隠し子クライブを観察し続けた俺は言った。
月明かりが差し込む寝室、ガウン姿のジャンヌがソファーにもたれ、こう言い返した。
「はあ? そんな面倒くさい奴、寝込みを襲って縛り上げるか、手足の一本や二本へし折って連れてくればいいじゃないか」
ツインテールを両手で掴み、左右に頭を揺らすジャンヌ。
ジャンヌは髪形をポニーテールからツインテールに変えていた。
クライヴ観察に行く直前、どんな髪形が好きか聞いてきたから適当にツインテールと答えたのだが、まさかその髪型にするとは思わなかった。
「相変わらず恐ろしいことをさらりと提案するな……。でもあの男はそうやって連れてきても、断固抵抗して死ぬと思うぞ。あの男は自分の信じるもの――そう、自分の信念以外従わない。どんな脅迫も嘘も通用しねーだろう」
「ふーん、そんな奇特な奴か。となると真っ向から挑むやり方しかないか」
拳を口に当て、つかの間思案したジャンヌが叫んだ。
「よし! そいつと決闘だ!」
「何の決闘だよ……、大体奴が訳もなく決闘に乗ってくるはずねーだろ」
「そ、そこは奴の大事なものを奪ってだな……」
「だから奴の大事なもんは信念しかねーんだよ……ん? 待てよ」
自分のツインテールを握ったまま、ぽかんと俺を見詰めるジャンヌ。
「いい決闘方法があるぜ」
つづく
「ここの鶏レバーパテが美味しい、とシャルロット大佐から聞いたもので」
こう言ってラヴォワ公国を訪れたレベッカ・ブローニング准将、それを例の気怠い目、ニンマリ口のジャンヌが迎え、そのまま食事の間に通した。
「ちょうど昼食がその鶏レバーペーストなのですよ。准将殿と大佐殿の分も今すぐ用意致しましょう」
レベッカとシャルロットが顔を合わせる。
当然俺の手際なのだがチト露骨すぎたか。
「ご存知の通り、皇帝陛下が矢の襲撃を受け、意識不明のまま半年が経っているのです」
「ああ、ヴィエント国での狙撃事件ですね。いまだ犯人が捕まってないという。私、あの事件に興味があるのですよ。警備網の外から狙撃を成功させるとは、どんな恐ろしい達人が犯人なのか、どんな弓を使っていたのか、とか」
フォークとナイフを置いたレベッカがナプキンで口を拭く。
「ふふふ、皇帝陛下の容体より弓の方に興味があるとは、貴公はよほどの物好きと見えますな」
「いやいや、昼食を食べにわざわざこのような田舎国へお出でになる准将殿も物好きですよ」
のんびりした顔でワイングラスを置くジャンヌ。それをもの凄い目力で睨むシャルロット。
「ふふ……、こちらの思っていた通り、貴公は興味深いですな」
(小娘が! ベッドの上で泣かせたらどんな顔をするか見てみたいものだ)
レベッカの頭に指を突っ込んでいる俺は、とりあえず心の声をジャンヌへ伝えないことにした。
「……帝国内で、皇帝位継承争いが激化しています。皇妃は既に亡く、実子もおらず、となると、皇帝陛下の御兄弟が継承権を持つのですが、帝位継承順位一位である兄のコンラッド殿は患っている目と耳を理由に辞退。継承順位二位である弟のローランド殿は女の尻を追いかけて放蕩三昧、この二年間行方をくらましているのです」
「はっはっは、何という不運、何というハチャメチャな内実、ですな」
けらけら笑うジャンヌ、それを呪い殺すかのような目力で睨むシャルロット。
お得意の人をイラつかせるスキルは今日も絶好調と見える。
「いや、これは失礼……ぷっ」
どこが笑いのツボにハマったのか、ジャンヌは体を震わせ笑いを押し殺している。
煙草を取り出し、口に咥えるレベッカ。傍らのシャルロットが指を伸ばし素早く火をつける。
「……このような有様である故、帝国内では各々の派閥が独自に後継者を見つけ出し、擁立をしてます。例えば、貴公には馴染みが深い……」
「ルーグ公、皇帝の甥っ子とかいう」
煙を吐き出し、レベッカがニヤっと笑った。
「そう、それ。ところでそれを担いでいる派閥、貴公のことを快く思ってないようですぞ」
「ほう、それはまた何故?」
「とぼけますか、ローランド殿を担ぐ勢力に接近し、内乱になったルーグ公国を武力で鎮圧。ルーグ公を半軟禁状態にしているそうではありませんか。ルーグ公擁立派が貴公を良く思っているはずがありません」
眉間に皺を寄せたシャルロットが鼻息荒く言い終える。
「鶏レバーパテはいかがでした? おかわりはどうです」
何か言いかけるシャルロット、灰皿に煙草を押し付けたレベッカ。
「本題に入ろうか、公」
「どうぞ、准将」
気だるい笑顔を浮かべたジャンヌがテーブルに両肘をついた。
レベッカ准将属する派閥、主に現役やOBの陸軍将校と、その取り巻き貴族で構成されている派閥は、皇帝継承権争いには一歩出遅れていた。
そんなある日、諜報部が皇帝の隠し子というビッグな情報を入手した。
隠し子はラヴォワ公国の近隣国、ヴァリアーノ王国にあるプレアシティにおり、名前、住所、職業など基本情報は全て把握済みの上、隠し子の母親、分娩に立ち会った医者も極秘裏の場所に隠匿、更には隠し子とその母親と一緒に皇帝が写っている写真も入手済みという。
残るは隠し子本人、それをプレアシティから連れてくれば、レベッカ准将の派閥は皇帝位継承争いというゲームにとびきりの切り札を入手出来る訳だ。
だが、他の派閥が薄々それに気付いてるらしく、迂闊に部下を動かせないらしい。
で――――ジャンヌに、何とか隠し子を説得してその街から夜逃げみたく連れ出して欲しい、と言うのがレベッカ准将の依頼だ。
「とはいえ、あのクライヴって奴、相当難しいぜ。アンタは皇帝の隠し子だから一緒に帝国へ行きましょう! そうか、よし、行こう! てな相手じゃねーぞ」
レベッカ准将との昼食会から一週間、皇帝の隠し子クライブを観察し続けた俺は言った。
月明かりが差し込む寝室、ガウン姿のジャンヌがソファーにもたれ、こう言い返した。
「はあ? そんな面倒くさい奴、寝込みを襲って縛り上げるか、手足の一本や二本へし折って連れてくればいいじゃないか」
ツインテールを両手で掴み、左右に頭を揺らすジャンヌ。
ジャンヌは髪形をポニーテールからツインテールに変えていた。
クライヴ観察に行く直前、どんな髪形が好きか聞いてきたから適当にツインテールと答えたのだが、まさかその髪型にするとは思わなかった。
「相変わらず恐ろしいことをさらりと提案するな……。でもあの男はそうやって連れてきても、断固抵抗して死ぬと思うぞ。あの男は自分の信じるもの――そう、自分の信念以外従わない。どんな脅迫も嘘も通用しねーだろう」
「ふーん、そんな奇特な奴か。となると真っ向から挑むやり方しかないか」
拳を口に当て、つかの間思案したジャンヌが叫んだ。
「よし! そいつと決闘だ!」
「何の決闘だよ……、大体奴が訳もなく決闘に乗ってくるはずねーだろ」
「そ、そこは奴の大事なものを奪ってだな……」
「だから奴の大事なもんは信念しかねーんだよ……ん? 待てよ」
自分のツインテールを握ったまま、ぽかんと俺を見詰めるジャンヌ。
「いい決闘方法があるぜ」
つづく
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