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第一章 鳳凰霙《ホウオウミゾレ》登場

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「どどどどうしてわかったの?」
「そうじゃないと事件の辻褄が合わないからです」
「辻褄?」
「そうです。ちなみに事件が起きたときの状況はどんな風に聞いてます?」
「うわさで聞いた話なんだけど、あの朝、ちょうど、遅刻してきた高崎さんが渡り廊下で根津先生とハチ合わせになったらしいんだ。で、それを注意された高崎さんが……」
「思わずカッとなって」
「うん。持っていたリュックのカバンを振りまわしたらしい。そしたら運悪く、リュックの金具が根津先生の頭を直撃して……」
「大惨事になっちゃったわけですね? なら、なぜ、根津先生は『黒づくめの男に棒のような物で殴られた』なんてウソの証言をしたんでしょう? 変ですよね? はじめから正直に、高崎さんにリュックで殴られたって言えば、わざわざ警察を呼んだりして、事を荒立てずに済んだのに」
「根津先生が柄にもなく、学校に気をつかったんだよ。高崎さんの暴力でケガをしたなんてことになったら、また、あの親父さんがしゃしゃり出てきて『ウチの娘がそんな乱暴なことするかあ! 寄付は打ち切りだあ!』なんて騒ぎになりかねないし」
「でも高崎ユリさん自ら、自分が犯人だと名乗り出てしまった……」
「そうなんだよ。せっかく根津先生がめずらしく男気をみせたっていうのに」
「事件はそれで幕引きになったんですか?」
「うん。事件の真相は明らかになったし、根津先生も警察に被害届けを出さなかったみたいだしね。まあ、さすがにウソをついたことについては校長先生に怒られただろうけど、それもこれも、高崎さんの親父さんや学校に気をつかってのことだしね。校長先生もそんなに強くは怒れなかったかったんじゃないかな」
「高崎さんは?」
「いつも通り。誰からもなんのお咎めなし。それからも毎日毎日、遅刻早退、自由自在の素行不良のお姫さま状態だったよ」
「不思議ですねえ」
「ホント不思議だよ。みんながみんな、高崎さんのことばかり贔屓ひいきしてさ」
「ちがいます、ちがいます、そのことじゃありません」
「え? じゃあ何?」
「みんながみんな、がです」
「え? だって自分から名乗りでたんだよ。べ、べ、別に不思議じゃないと思うけど」
「不思議ですよ」
「どこが?」
「たとえば、まず第一に、根津先生ってやる気のない先生なんですよね? 『生徒のことや学校のメンツなんか、これっぽっちも考えていな』い先生なんですよね? そんな学校や生徒に対してまったく愛情のない先生が、高崎さんの親からの寄付金が打ち切られてしまう、なんてことを心配して、とっさにそんな気の利いたウソをついたりします?」
「うーん、た、確かに」
「それに高崎ユリさんて、『いつもダラダラ、ダルそうにしてて』、『勝手に午前中で早退したり、午後からとつぜん授業に出たり、やりたい放題』の生徒さんだったわけですよね? それなのに一度も『先生たちが注意をしてるところを見たことがな』い特別あつかいだったんですよね?」
「う、うん」
「でも、事件の朝に限って、根津先生は渡り廊下で見かけた高崎さんを注意したっていうんです。しかも高崎さんが激昂して、リュックを振りまわしたくなるほどに。そんな話、あり得ると思います?」
「そ、そういえば変だ。根津先生なんて、何があっても高崎さんどころか、ほかの生徒を注意しているところすら一度も見たことがないのに」
「でしょ? それに学校側の対応も不自然です」
「たとえば?」
「たとえば、その学校って、地元でも有名な私立の名門高校なんですよね? 校長先生も『ことあるごとに』『世間の評判を気にしていた』ってことでした。なのにおかしいと思いませんか? けが人が出たから救急車を呼ぶのはまだわかるにしても、いきなり警察を呼ぶなんて……。そんなことしたら、校内で何か事件が起きたのかな? って地元の人たちに、余計な詮索をさせてしまうだけですよ。名門校の名にキズがつきます」
「た、確かに」
「しかも校内の各所には『防犯カメラが設置してあって、警備会社が二十四時間体制で録画チェックしている』んですよね? だったら、まずは警備会社に連絡をして、学内でこっそり内密に事件を解決するほうが、よほどしぜんだと思いません?」
「た、確かに」
「不思議ですよね?」
「た、確かに」
「千丈さん、さっきから『た、確かに』しか言ってませんけど」
「た、確かに」
「うん、もう、たまにはちがうことも言ってくださいっ。推理作家志望なんですよねっ? たまには自分の頭で考えなくちゃダメですよっ!」
「た、確かに」
「うん、もうっ! わたしの指摘が『確かに』不思議だと思えるということは?」
「ということは……。えーと、あの、その、きっと、ってことなのかな?」
「そのとおーりっ! もっと自信を持ってくださいっ。犯人は高崎ユリさんじゃありませんよっ!」
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