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第2章 麗しき副社長

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***

「ただいま戻りました」  

 事務所のドアを開けると、向かいの窓から、強烈な西日が差しこんでいた。

 3時間ほど前とは、まったく違う場所のように思える。
 まるで穴に落ちて不思議の国を訪れたアリスの気分。

 さっきの雑誌がテーブルの上に置きっぱなしになっている。
 ページをめくり、芹澤さんの写真を眺める。

 ついさっきまで、サニーヒルズビレッジでこの人と会っていたなんて。
 どう考えても、現実とは思えない。
 
 事務所の人は、酒井さんを除いて、みんな出払っていた。
 電話で話す彼の声だけが、事務所中に響きわたっている。

「はい、来週の週末には必ず払います。なんとか目途が立ちそうなんですよ」

 はい?
 これって、もしかして借金の催促の電話?

 酒井さんが電話を切ったあと、少し間をおいてから呼びかけた。

「酒井さん……」
「ああ、帰ってきてたのか」

 酒井さんは椅子に座ったまま、大きく伸びをした。

 わたしはストレートに尋ねた。
「そんなに苦しいんですか。事務所の経営」
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