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第9章 ふたつの恋の結末

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「田中壱子さんの曾祖母に当たられる方が、尾張徳川の血筋の方でして。会長はその方の家が没落され、戦後、新橋で〝蝶吉〟という名で芸者をされていたときにお知り合いになられました」

 そういえば、あのとき、〝蝶吉〟と……

 喜一郎氏は慈愛を込めた眼差しをわたしに向けた。
「本当に瓜二つだ。実は、蝶吉は、わしが生涯で一番愛した女性でな」

 昭和30年、喜一郎氏が25歳、曾祖母が35歳のとき、ふたりは出会った。

 財閥解体という受難の時期をなんとか切り抜け、セリザワにようやく復活の兆しが見えたころだった。

 芸者と客という関係を超えて、ふたりは恋仲になったそうだ。
 当時、喜一郎氏は真剣に曽祖母との結婚を考えていた。

 けれど、さまざまな圧力に屈し、結局、その想いは叶わなかった。

「だから、宗太と壱子さんが出会って恋仲になったのは、わしには蝶吉の導きだとしか思えなくてな」

 広場で出会ったとき、わたしがあまりにも曾祖母に似ていたために、喜一郎氏は湊さんに命じて、わたしの出自を調べたそうだ。

 そして、予想通り、わたしが蝶吉のひ孫とわかり、喜一郎氏はわたしたちの仲を取り持つために強硬手段に出た。
 弁護士を通じて、すべての財産をわたしに譲るという遺言書を作成したのだ。

 そして叔父さんに、その遺言書を破棄する代わりに、わたしたちの結婚を認めるように談判したのだそうだ。

 仰天した叔父さんは、しぶしぶ了承せざるをえなかった。

「わしの最後のわがままだ。お前が何を言おうが通させてもらうよ。これであっちに行っても、大手を振って蝶吉に会える」

 それで話は終わりとばかりに、喜一郎氏はわたしのほうを向いた。

「ただし、ふたりの結婚にはひとつ、条件がある」

「それは、どういう条件ですか?」
 宗太さんはおそるおそる尋ねた。
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