使い捨て勇者にされた俺が元魔王と一緒に、利用してきた国を飛び出して自由な冒険者を始めた話

安佐ゆう

文字の大きさ
48 / 100
第四章 冒険者生活

第47話 夜襲

しおりを挟む
 俺とリリアナには、こんな闇の中でとりわけ役に立つ特技がある。人族が苦手としている身体強化。それを大っぴらに宣伝しているわけではないが、何度か一緒に戦うことのあった西の鳶のメンバーは察しているだろう。野営の準備が済んだら、まだ明るいうちに休ませてもらった。そして辺りが深い闇に覆われた時間帯に起きて、見張りを担当している。
 静かな夜だ。強化するのは目でも良いが、どちらかと言うと全方位に役立つのは耳だろう。

 あちらこちらで交わされる眠気覚ましの話題には、興味深いものも多い。商人たちに付き添ってあちらこちらを巡る護衛達の仕事は、新鮮な情報に多く触れ合えるものだ。

「最近、ガルガラアドとアルハラがきな臭いらしいぞ」
「マジか?夏にアルハラに行った時には、そんな話は聞かなかったぜ」
「ガルガラアドから来たやつに聞いたんだよ。なんでも、アルハラの刺客がガルガラアドの至宝を奪って逃げたとか。ガルガラアドが激怒して軍備を強化しているらしい」
「へえ。アルハラの闇市に流れてきたりしねえかな。その至宝ってやつ」
「どうだろうな」

「明日着く村で、すごくイケメンの黒髪の冒険者に会ったのよ。この前の依頼の時。また会えないかなあ」
「おいおい。仕事中によそ見しないでくれよ」
「分かってるって!」

「今日は静かだな」
「ま、盗賊も毎日出張ってる訳じゃないからな」
「この調子だと、今回は何事もなく荒れ地を抜けられそうだ」
「だといいな」
「俺、この依頼が終わったら結婚するんだ」
「お、ついにか」

「さあ、リリアナさま、暖かい茶をどうぞ」
「ありがとう。それよりもカリンはそろそろ寝なければのう」
「しかしリリアナさまが起きているのに……」
「寝不足ではいざという時に動けまい」
「はっ」

 喋り声を聞き流していると、ふと、気付いた。
 遠くで鳴いていた虫の声が消え、一瞬の静寂の後また闇に滲むように鳴き声を上げる。また消え、そして鳴き始める。
 まだまだ充分に遠いが、静かにゆっくりと、野営地に向かって近付くものがいる。
 退屈しのぎのおしゃべりは終わりのようだ。

「カリン、すまぬ。寝るのはもう少し後が良さそうじゃ」
「はっ」

 俺とほぼ同時に、リリアナも気付いた。
 他の隊商の護衛達はまだ気付かないようだが、彼らに声を掛けて騒ぎになるよりも、このまま黙って俺たちが先にガツンとやったほうが効果が高いな。

「ゾラ、何か来たぞ。盗賊だろう」
「あら。……すごい耳ね。私にはまだ全然」
「耳は良いんだ。西から……三十人くらいだろう」

 普通にしゃべりながら、さりげなくそばで寝ている奴らを起こしていった。
 馬車の反対側では、リリアナも同じように、たき火を囲むやつらを起こしている。

「どっちだ?魔獣か?」
「おそらく盗賊だな」
「めんどくせえ。魔獣なら素材が売れるのによ」

 エリアスが軽口を叩きながらこっそり槍を手に取る。
 まだ距離は遠く、盗賊たちの足音はほとんど聞こえない。方向をざっと指示して、俺とリリアナが最初の一撃を与えることを伝えた。
 闇夜での奇襲の効果は高い。相手に気付かれさえしなければ。
 そして今晩、奇襲するのは俺達だ。

 研ぎ澄まされた聴覚の今、周囲は市場の雑踏を通り抜けているように賑わっている。
 風が揺らす草木のざわめき。獣や虫の語らい。パチパチと弾けるたき火の音。遠くに聞こえる魔獣たちの戦う声。近付く盗賊たちが時折踏み折る小枝の、パキッという乾いた音。そして、リリアナの紡ぐ魔法の呪文。

 エリアスたちに左手で合図し、右手に剣を握った。
 エリアスとゾラ、それに御者たちもそれぞれ武器を手に取ったのを確認し、リリアナの呪文のタイミングを見計らって足にぐっと魔力を込める。

「行くぞ!」

 返事は待たずに、そのまま全力で一気に野盗との距離を詰めた。
 俺が駆けだすのと同時に、リリアナの手から透明な赤い渦が放たれる。強化した目には、キラキラとした濃い魔力が取り巻いているのが見えた。
 ドーンッ!
 渦は狙いを過《あやま》たず、野盗たちの足元に落る。地面に着くと同時に魔力は渦の中に吸い込まれ、一瞬で膨れ上がった渦が弾けて、耳をつんざくような爆音を奏でる。炎を巻き込んだ風が着地点の周囲に吹き荒れた。熱風が容赦なく、その周りにいた野盗たちの身体を吹き飛ばす。
 もう、すぐ近くにまで駆け寄っていた俺にまで、熱い爆風が吹き付けた。

「やべえな、リリアナ。威力あり過ぎだろ」

 高温の炎の魔法を風の魔法でくるんで圧縮したこの技は、落下した場所で弾け、中の炎を巻き込んだ風が四方に広がる、広範囲攻撃の魔法だ。
 危うく巻き込まれかねない距離まで近付いていた俺のところにも、男が一人、吹き飛ばされてきた。

「う……なに」
「まず一人」

 倒れている男を、当分目が覚めないくらいに殴りつけて、武器を奪っておく。

「やり過ぎだ、リリアナ。俺の仕事がないぞ」
「なんだお前。くそっ」
「すまんな、稼ぎの邪魔して、よっ」
「ぐはっ……」

 近くにいたもう一人の野盗が駆け寄ってきたので、叩きのめす。風と炎にあおられて、最初からフラフラだったので、手ごたえはない。
 かろうじて爆風に巻き込まれなかった野盗は、あと十人ほど。

 少し離れた場所に散開していた奴らのうち、遠くにいる方に俊足で駆け寄って剣を叩きつける。
 ガッ!
 金属のぶつかり合う音が響いた。

「畜生っ、何者だ、お前!」
「それはこっちのセリフだ。剣の速さには、ちょっと自信があったんだがな」

 殺さずに捕えようとして勢いを殺していたとはいえ、剣を受け止められたことに、軽く驚きを覚えた。
 これは本気で切りかからねえと。そう思った矢先に、向かい合っていた男が腰に付けていた革袋を引きちぎって投げつけてくる。
 男の指先から細く儚く光る魔力の線が、革袋に繋がっていた。
 導火線だ!

「やべっ」

 慌てて飛び退って避けた。爆発音の後、俺がさっきまで立っていた場所に、バチバチと火花が散っている。炎というよりも、これは雷の魔法だろう。この手の使い捨ての攻撃用魔道具はそれなりに高価で、小競り合いの場面で見ることはほとんどない。よっぽど金回りの良い野盗だったのか、奪った積み荷の中にあったのか……

「ちっ、避けやがったか。てめえら、退くぞ」

 言い終わるよりも前に、もう一つ革袋をこっちに向かって投げつけながら、男は振り返らず一目散にその場を離れた。今度も同じ、雷の魔法が目の前でさく裂した。
 雷の魔法は退却の合図でもあったのだろう。残っていた者も皆、その場から離脱し始める。
 反応の遅かった奴を二人、追いかけて引きずり倒した時には、他のやつらはもう遠く離れていた。隊商を残して深追いするのは得策じゃないだろう。
 ようやく駆け寄ってきた西の鳶のメンバーたちと一緒に、爆風に飛ばされ気を失っている野盗達を縛り上げた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

聖女として召還されたのにフェンリルをテイムしたら追放されましたー腹いせに快適すぎる森に引きこもって我慢していた事色々好き放題してやります!

ふぃえま
ファンタジー
「勝手に呼び出して無茶振りしたくせに自分達に都合の悪い聖獣がでたら責任追及とか狡すぎません? せめて裏で良いから謝罪の一言くらいあるはずですよね?」 不況の中、なんとか内定をもぎ取った会社にやっと慣れたと思ったら異世界召還されて勝手に聖女にされました、佐藤です。いや、元佐藤か。 実は今日、なんか国を守る聖獣を召還せよって言われたからやったらフェンリルが出ました。 あんまりこういうの詳しくないけど確か超強いやつですよね? なのに周りの反応は正反対! なんかめっちゃ裏切り者とか怒鳴られてロープグルグル巻きにされました。 勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?

本物の聖女じゃないと追放されたので、隣国で竜の巫女をします。私は聖女の上位存在、神巫だったようですがそちらは大丈夫ですか?

今川幸乃
ファンタジー
ネクスタ王国の聖女だったシンシアは突然、バルク王子に「お前は本物の聖女じゃない」と言われ追放されてしまう。 バルクはアリエラという聖女の加護を受けた女を聖女にしたが、シンシアの加護である神巫(かんなぎ)は聖女の上位存在であった。 追放されたシンシアはたまたま隣国エルドラン王国で竜の巫女を探していたハリス王子にその力を見抜かれ、巫女候補として招かれる。そこでシンシアは神巫の力は神や竜など人外の存在の意志をほぼ全て理解するという恐るべきものだということを知るのだった。 シンシアがいなくなったバルクはアリエラとやりたい放題するが、すぐに神の怒りに触れてしまう。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

辺境薬術師のポーションは至高 騎士団を追放されても、魔法薬がすべてを解決する

鶴井こう
ファンタジー
【書籍化しました】 余分にポーションを作らせ、横流しして金を稼いでいた王国騎士団第15番隊は、俺を追放した。 いきなり仕事を首にされ、隊を後にする俺。ひょんなことから、辺境伯の娘の怪我を助けたことから、辺境の村に招待されることに。 一方、モンスターたちのスタンピードを抑え込もうとしていた第15番隊。 しかしポーションの数が圧倒的に足りず、品質が低いポーションで回復もままならず、第15番隊の守備していた拠点から陥落し、王都は徐々にモンスターに侵略されていく。 俺はもふもふを拾ったり農地改革したり辺境の村でのんびりと過ごしていたが、徐々にその腕を買われて頼りにされることに。功績もステータスに表示されてしまい隠せないので、褒賞は甘んじて受けることにしようと思う。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

処理中です...