魔狩人

10月猫っこ

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一の三

学園にて

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 うるさそうに眉を顰めながら、人気の全くない場所を歩きつつもちらりと外へと視線を向ける。
 教師の何人かは、真っ赤に辺りを染めた生徒の姿に群がり、矢継ぎ早に何かを指示しているのが見える。当たり前だが、すでに息など無い生徒は、べちゃりと潰れた頭とあらぬ方向に腕や足が曲がった姿を晒していた。
「警察……じゃ分かるわけ無いな」
 独り言ではあったが、無人に近い廊下には存外大きく響く。
 全校生徒が目撃者と言っても良い。だからこそ、警察は自殺と判断し、本当の『真実』を知る事無くこの件は終わってしまうだろう。
 突き当たりの階段を二つ上の階にあがり、数メーター先の特殊教室へと足を踏み入れた榊里留は、いくつかの教室を素通りした後『社会科準備室』と書かれた扉を軽く叩く。
 本来なら授業中ではあるが、里留の行動を見とがめる者はいない。
 返事を待つ事無く扉を開くと、窓から周囲を見つめていた人物が複雑な視線を里留へと顔を向ける。何か言いたげな顔つきだが、相手のそれに全く気にもかけずに『兄』である榊北斗へと近づいた。
 ざわめく外の空気に耳を澄ませながらも、里留の態度や行動にとやかく言うでも無く感情を乗せずに口を開いた。
「―進展は無し、だな?」
 疑問というよりも確認の色の濃いそれに、里留は何も答えずに外を見つめている。
 答えない、ということは、是という事だ。加えて今は手持ちの情報が無いという頃でもあり、北斗には情報が無いのか、と視線で語っていた。
 態度に問題はあるのだが、里留はこれ以上無いほどきっちりとした答えと行動を返してくる。それこそ欲しい情報を持ってきては、北斗は内心で舌を巻かざるえないが、あえてそれを表情に出す事は無い。
 この学園に入り込んだはいいが、八方手詰まり、といって良いほど手がかりは掴めていない。これでは仕事にならないな、と北斗は考えながらも、小さな息を吐き出した。
 こちらにも手がかりが掴めていないのだから、里留に突っかかる事も出来ずにいる北斗は、自分に視線を向けようともしないその姿に視線を移す。その性格と人柄から考えると、こちらに態々足を運ぶという必要性は無いのだが、どうやらこの雰囲気に嫌気がさして逃げ込んできたらしい。この『弟』として扱わなければいけない人物にも、北斗が頭を抱える原因の一つなのだが、それを今更言った所で『仕事』を投げ出すわけにもいかない。
 もう少し歩み寄りの姿勢を見せて欲しいのだが、それを言った所で必要最低限の態度を貫くだけだと分かりきっている。それに加えて、そんな事を言った瞬間に、里留の垣根は更に高くなる一方だと理解しているため、北斗も強く言う事は避けてはいるのだ。仕事はマンツーマンだとあれほど言われているにもかかわらず、何がここまで里留の心は閉ざされているのだろう。それに思考を奪われている北斗としては、最初の頃は努力はしているのだがそれも今では放棄して里留の行動を放置している。
 そんな北斗の耳に、サイレンの音が近づくのが聞こえる。それにつられたように、視線を北斗は人垣の出来た場所に向けた。
 今は里留の性格を考えるべきではない。緩く頭を振り、北斗は地上と屋上の高低差をゆっくりと目線で測る。
 下はコンクリートで埋められた大地だ。せめて下に植木かむき出しの大地だったら、結果は少しばかり違ったかもしれないが、あの高さで落ちたならば助かる見込みは無いだろう。
 異常な部分などは、今現在見た限り―無論目視で分かる部分においては、という意味合いで―見当たる事は無い。もちろん目に視えない部分でも、特に気になる点は全くと言って良いほどに無い。同様に、今は空気に不安や恐怖といった色合いが濃く支配されてはいるが、自分達の探す気配はこの中では見当たる事も無い。
 ほぼ完璧な隠れ方だ。自分達がいるというのに、こんなにも簡単に事が起これば何のために派遣されたのか。
 手こずるな、と北斗は内心で嘆息する。ここまで後手後手に回ってしまえば、これから先の事を考えると頭が痛くなる。
 そんな北斗の様子を横目で見たのか。不意に里留が形の良い唇を開く。
「噂を聞いたか?」
「噂だぁ」
 投げつけられた疑問に、思わず素っ頓狂な声が北斗から上がる。
 そんな北斗の態度を冷ややかに眺め、里留は細い指先を外へと向ける。同じようにそちらに目を向け、北斗は人だかりが出来ている校舎の隣、もう一つの特別教室が詰まっている校舎へ視線を動かした。
「第二校舎か」
 音楽関係や家庭科関係の特別教室が入った校舎は、この時間も使われていたためにあちこちの窓に生徒達がへばりついている。
 通常に使用されている教室とは違い、音楽や家庭科などの授業が無ければ人気のない静かな校舎だ。だからこそ、そんな噂が立つのだろう。
「馬鹿馬鹿しい噂話しのようだな」
「――」
 欠片もそうとは思っていないが、軽くからかうつもりでそう答えた北斗は、全く反応を返そうともしない里留の態度に舌を打ち付けそうになる。
 小さな情報も何らかの手がかりになる事もある。今回もそうだとしたならば、人を寄せ付けない雰囲気を纏う里留が、よくこんな話しを持ってこれたものだと言わざるえない。
「で、どんな話しだ?」
「オニが、出るそうだ」
 剣呑な単語に北斗は眉の端をかすかに動かす。七不思議などに、そんな危険な言葉は出てこない。だからこそ、先を促すように北斗が視線だけで里留に指示すると、里留は自分が知る限りの情報を提示すべく口を開いた。
 誰もいないはずの教室内に、低く、耳に残る嫌な笑い声が聞こえたあと、ガツガツと何かを食む音が響き渡る。慌てて周囲を見回してみても、何の姿も無い。けれど、巨大な影が壁に浮かび、何かを両手に握りしめながらそれを噛み千切る様子が窺える。悲鳴を上げた途端にその影は消え去るが、現実味を帯びた咀嚼音は誰でも逃げるには十分なものだ。他にも小さな噂は散らばっているのだが、それらは全てその話しへと帰結する。信憑性の有無はこの際置いておいても、この話しをする時だけ誰もが眉間にしわを寄せてこれ以上は話したくは無い、と表情で語り、忌避するためなのか口を噤んでいる。
 無理矢理に話しを聞いたわけでは無いのだろうが、よくぞここまで情報を集めたものだと内心で嘆息したあと、北斗は天井を仰ぎ見る。
「騒ぎがでかくなる前にどうにかしたかったが……」
「……」
「今は動けぇねな。
 とにかく、居所の確認、だな」
「分かった」
 里留が静かにそう応じた後、二人は揃って窓の外へと顔を向けた。
 徐々に大きくなるサイレンの音を聞きながら、不穏な雰囲気に包まれた学園の様子に、北斗と里留は苦い色をその顔に浮かべた。
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