荷物持ちの俺が、英雄譚の主役になっていた件

塩塚 和人

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第8話 逃げない選択

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 街は、戦場になっていた。

 石畳を踏み割り、魔物が暴れ回る。
 悲鳴と怒号が、空気を切り裂く。

「数が多すぎる……!」

 リゼアが剣を振るうが、押し切れない。
 王国兵は混乱し、統率を失っている。

「……不自然ね」

 ミュゼが、息を荒げながら言った。

「この出現数。
 偶発じゃない。
 誰かが、意図的に流れを歪めてる」

 答えは、一つしかなかった。

 ヴァルガス。

 英雄の名を持つ男が、
 街を“舞台”に選んだ。

 俺たちは路地裏に退避した。
 だが、ここも長くはもたない。

「アルト」

 リゼアが振り返る。

「ここは危険よ。
 ミュゼと一緒に――」

「……違います」

 その言葉は、
 自分でも驚くほどはっきりしていた。

 二人が、同時に俺を見る。

「俺が、出ます」

 一瞬、時間が止まったようだった。

「正気?」

 ミュゼが、信じられないという顔をする。

「前に出るって意味、分かってる?」

「分かってます」

 心臓が、早鐘を打つ。

 怖い。
 今でも、足は震えている。

 それでも。

「俺が逃げたら、
 この流れは、誰も止められない」

 魔力の流れが、見えていた。

 街全体が、巨大な刻印陣の一部になっている。
 魔物は、その“歪み”に引き寄せられているだけだ。

「壊せばいいんじゃない」

 リゼアが言う。

「刻印陣は、中心を壊せば……」

「無理です」

 首を振る。

「これは“支える側”がいない前提で組まれてる。
 力任せに壊せば、街ごと崩れる」

 ミュゼが、息を呑んだ。

「……つまり?」

「整えるしかない」

 自分の役割が、はっきりと見えた。

 誰かの後ろに隠れるためじゃない。
 世界の歪みを、受け止めるため。

「俺が、前に立ちます」

 言葉にすると、
 不思議と震えは止まった。

 リゼアが、俺の肩を掴む。

「……死なないで」

 それは、命令じゃなかった。
 願いだった。

「死にません」

 そう、約束できた。

 俺は、広場へ出た。

 魔物の群れの中心。
 瓦礫の山の上に立つ。

 視線が、集まる。
 敵意と混乱と、恐怖。

 ――昔なら、足がすくんでいた。

 でも今は、違う。

 俺は、刻印を“描かない”。

 街の流れを、感じる。
 壊れかけた均衡を、両手で受け止める。

「……ここだ」

 歪みの核。

 英雄が、支えを必要としないと信じた場所。

 俺は、そこに立った。

 魔力が、俺を通って流れ出す。

 痛み。
 圧力。
 全身が、きしむ。

 それでも、逃げなかった。

 剣が、魔法が、
 人の動きが、噛み合い始める。

 魔物が、次々と崩れていく。

「……馬鹿な」

 遠くで、ヴァルガスの声が聞こえた。

 英雄は、一人じゃ立てない。

 俺は、初めて前に立った。

 剣を持たず、
 戦わず、
 それでも確かに――世界の中心に。

 リゼアとミュゼが、背後に立つ。

 支える者が、
 支えられる側になる。

 それが、俺の選んだ道だった。
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