地上最弱、深層最強②――孤独の深層適応者

塩塚 和人

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第十話 地上と深層の境界

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 夜明け前のギルドは、静まり返っていた。

 酒の匂いも、喧騒もない。
 ただ、石床の冷たさだけが残っている。

 ジャンは、壁にもたれて座っていた。

 依頼を終えたばかりだというのに、眠気はない。
 体は重く、力も入らない。

 ――地上だ。

     ◆

「起きてるか」

 低い声がした。

 顔を上げると、ガドルが立っている。

「……ああ」

「無理に立つな。今のお前は、地上の人間だ」

 その言い方に、ジャンは小さく笑った。

「深層の人間みたいに言うな」

「実際、そうだろ」

 ガドルは、隣に腰を下ろした。

     ◆

「報告書は、もう回った」

「早いな」

「上が動くときは、早ぇ」

 ガドルは、しばらく黙ったあと、続ける。

「今後、お前に来る依頼は変わる」

「……戦え、じゃない?」

「行け、だ」

 短い言葉だった。

     ◆

 ジャンは、天井を見上げた。

 地上では、弱い。
 剣を握っても、以前ほどの感覚はない。

 だが、深層に行けば――。

「……俺は、どっちなんだろうな」

 呟くように言った。

「地上の人間か、深層の化け物か」

 ガドルは、鼻で息を吐いた。

「どっちでもねぇ」

     ◆

「境界だ」

 その言葉に、ジャンは視線を戻した。

「地上に戻れる。深層にも行ける。
 その両方を知ってるやつは、少ねぇ」

「……それが、価値か」

「ああ」

 即答だった。

     ◆

 ギルドの扉が、ゆっくりと開く。

 朝の光が、差し込んだ。

 外は、いつも通りの街だ。
 人がいて、生活がある。

 ジャンは、立ち上がろうとして、ふらついた。

 ガドルが、支えようとする。

「大丈夫だ」

「無理すんな」

 だが、ジャンは自分で立った。

     ◆

「俺は、強くなりたいわけじゃない」

 歩き出しながら、言う。

「深層で無双したいわけでもない」

「じゃあ、何だ」

「……戻って来られる場所が、欲しい」

 ガドルは、少しだけ目を細めた。

     ◆

 ギルドを出る。

 朝の空気は、冷たい。

 地上は、やはり魔素が薄い。
 体は正直だ。

 だが、足取りは安定していた。

     ◆

 通りを歩く人々は、ジャンを知らない。

 それでいい。

 深層の強さも、称号も、ここでは意味がない。

 だが、無意味ではない。

 それらは、必要な場所で使えばいい。

     ◆

「……次は、どこだ」

 空を見上げ、呟く。

 答えは、決まっている。

 さらに深い場所。
 まだ誰も知らない層。

     ◆

 ジャンは、振り返らなかった。

 地上と深層、その境界。

 どちらにも属さず、
 どちらにも行ける。

 それが、自分の生き方だ。

 弱さも、強さも、受け入れて。

 彼は、再び歩き出した。

 ――深層へ向かうために。

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