癒しの聖女は、剣を持たない

塩塚 和人

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最終章 癒しが変えた世界

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 季節が、ひとつ巡った。

 王都エルグラートの街並みは、以前と同じように白く、同じように人で溢れている。だが、確かに変わったものがあった。

 「最近、戦が減ったらしい」
 「癒しの聖女の噂だろ」

 人々は、そう言って肩をすくめる。

 それは奇跡の話ではない。

 剣が折れたとか、魔王が倒れたとか、そういう物語ではなかった。

 ただ、人が立ち止まるようになったのだ。

 傷ついたとき、
 戦う前に、
 問い直すようになった。

 ――それでも、剣を取る意味があるのか、と。

 王都の外れ、小さな診療小屋で、セラは今日も人を迎えていた。

 看板はない。

 聖女を名乗ることもない。

 「こんにちは」

 それだけで、十分だった。

 重い病を抱えた者もいれば、心を壊しかけた者もいる。

 セラは、選ばない。

 ただ、戦うために来た者だけは、静かに断った。

 「生きるためなら、癒します」

 その言葉は、噂となり、やがて“約束”になった。

 神殿は、彼女を公式に認めることはなかった。

 だが、否定もしなくなった。

 秩序は、力で縛るだけのものではないと、彼らも学び始めたのだ。

 ある日、セラは一通の書簡を受け取った。

 差出人は、ルドヴィア司教。

 短い文だった。

 ――あなたのやり方は、危うい。
 ――だが、確かに人を救っている。

 それだけで、十分だった。

 夕暮れ時、レインが小屋の前で剣を手入れしていた。

 「世界は、変わったか?」

 彼の問いに、セラは少し考えた。

 「……全部は、変わっていません」

 争いは、まだある。
 悲しみも、消えない。

 「でも」

 彼女は、柔らかく笑った。

 「癒せばいい、とは思われなくなりました」

 それは、大きな変化だった。

 人は、他人の命を、誰かの力に預けすぎていたのだ。

 セラは、その手を取り戻しただけだった。

 夜。

 星空の下で、彼女はふと思い出す。

 かつての世界。

 間に合わなかった後悔。

 それでも、ここでは違う。

 「……今度は、ちゃんと届いてる」

 その言葉は、誰に聞かせるでもなく、空に溶けた。

 癒しは、世界を救わなかった。

 けれど――

 世界が、どう生きるかを選び直すきっかけにはなった。

 それで、十分だった。

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