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第二話 売られる少女と、変わらない値段
しおりを挟むノルド畑村に、
見慣れない馬車が来たのは、
昼下がりのことだった。
黒い幌。
鈍く光る鉄の車輪。
それだけで、
空気が少し重くなる。
「奴隷商だ」
誰かが、
小声でそう言った。
声には、
嫌悪よりも諦めが混じっている。
この国では、
奴隷は珍しくない。
借金。
犯罪。
身寄りのない孤児。
理由はいくつもあった。
ラストは、
荷車の影に立っていた。
胸の奥が、
ざらつく。
見ないふりをすれば、
楽だ。
関わらなければ、
傷つかない。
それでも、
視線が離れなかった。
檻の中に、
少女がいた。
年は、
ラストと同じくらいだろう。
髪は煤け、
服は大きすぎる。
だが、
目だけが澄んでいた。
じっと、
地面を見つめている。
「相場より安いぞ」
商人が、
村長に言う。
「働き手になる」
「口も利ける」
値段は、
銀貨五枚。
畑一枚分より、
安い。
「買う必要はない」
村長は、
淡々と言った。
「うちの村に、
奴隷は置かない」
それは、
誇りではない。
単に、
必要がないだけだ。
商人は肩をすくめ、
次の村へ向かう準備をした。
そのとき。
少女が、
檻の中でつぶやいた。
「……ここでいい」
声は、
かすれていた。
ラストの心臓が、
跳ねた。
「ここで……
働くから」
少女は、
顔を上げない。
「売られるより、
ましだから」
誰も、
返事をしなかった。
それが、
正しい対応だ。
助けられないものは、
助けない。
世界は、
そうやって回っている。
「……待って」
気づいたときには、
ラストは声を出していた。
全員の視線が、
集まる。
「レベル1が、
何の用だ?」
誰かが、
苦笑した。
ラストは、
喉を鳴らす。
怖い。
逃げたい。
だが、
嘘はつけなかった。
「……この子は」
言葉を探しながら、
続ける。
「罪を犯してない」
「借金も、
自分のじゃない」
「それでも、
売られるんですか」
商人が、
眉をひそめた。
「世の中はな」
「そういうもんだ」
それ以上、
説明する気はない。
ラストは、
拳を握った。
殴れない。
止められない。
力がない。
だから――
言葉を使うしかない。
「……この村は」
村長を見る。
「人を、
物として扱わない」
「それが、
決まりですよね」
村長は、
答えなかった。
だが、
周囲の村人がざわめく。
「確かに……」
「前から、そうだった」
ラストは、
一歩踏み出す。
「だったら」
「売買を
許さないだけじゃなく」
「――
逃げ道を、
用意すべきだ」
沈黙が落ちた。
商人が、
鼻で笑う。
「理想論だ」
「餌も、
仕事も、
誰が出す?」
ラストは、
すぐに答えられなかった。
それでも。
「……僕が、
やります」
声は、
震えていた。
笑いが起きた。
「レベル1が?」
「自分も
食えないくせに?」
ラストは、
俯いたまま言う。
「それでも」
「見なかったことは、
できない」
長い沈黙のあと。
村長が、
口を開いた。
「……前例を作ろう」
「売られそうな者を、
一時的に預かる」
「働き口は、
村で回す」
商人は舌打ちし、
去っていった。
檻は、
開けられた。
少女は、
地面に座り込んだ。
しばらくして、
ラストを見る。
「……名前」
「ミア」
夜。
ラストは、
水晶板を見た。
レベル:1
変わらない。
それでも。
村では、
新しい決まりが生まれた。
「人は、
売らない」
「売られそうな者は、
追い出さない」
ラストは、
胸の奥で思う。
――これでよかったのか。
答えは、
まだ出ない。
水晶板が、
かすかに震えた。
だが表示は、
変わらない。
レベル1。
少女は、
初めて眠りについた。
檻のない場所で。
――世界は、
また少しだけ、
形を変えた。
誰にも、
気づかれないまま。
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