ブラック企業のサラリーマン、現代ダンジョンに挑む

第5話：都市型ダンジョン・交差点

昼下がりの大阪。
雑踏、クラクション、信号音。
遠藤紘一は、見慣れたはずの交差点の前で立ち止まっていた。

「……完全に、街やな」

ビルに囲まれた大通り。コンビニ、広告看板、人の流れ。
だが、その中央――交差点のアスファルトには、微かな幾何学模様が浮かび上がっている。

都市型ダンジョン。

封鎖もされていない。警告テープすらない。
日常に溶け込みすぎているがゆえに、最も危険なタイプだ。

「気づかん奴、絶対おるやろ……」

信号が青に変わる。
同時に、世界が一瞬だけ歪んだ。

歩行者たちの動きが、わずかに遅れる。
音が二重に聞こえ、影の位置がずれる。

紘一は、反射的に後退した。

次の瞬間――
横断歩道の白線から、黒い影がせり上がった。

――交差点モンスター。

人の形をしているが、体は信号機や道路標識で構成されている。
腕はガードレール、頭部は赤く点滅する信号灯。

「止まれ、進め、止まれ……」

単調な命令が、空気を震わせる。

「……判断、潰しに来とるな」

紘一は、周囲を一瞬で見渡した。
ビルの窓に映る影、車の位置、信号の周期。

《時間配分》《思考独立》が同時に働く。

「全部守ろうとしたら、死ぬ」

赤信号で止まり、青で進む――
それは正しい。だが、ここでは“正しさ”が罠になる。

交差点モンスターが、信号灯を激しく点滅させる。
赤と青が入り乱れ、判断が遅れた探索者を引き裂く。

「優先すべきは……生存や」

紘一は、信号を無視して横断歩道を斜めに走った。
通常の交通ルールから外れた動き。

だが、それこそが正解だった。

影が追いすがる。
道路標識が刃のように飛び、地面に突き刺さる。

「直線は、危険……！」

彼は歩道の縁石を蹴り、ビルの陰に飛び込む。
窓ガラスに映るモンスターの姿が、遅れて動いた。

「……反射、ズレとる」

都市型ダンジョンでは、光と反射が罠になる。
だが同時に、情報源にもなる。

紘一は、ガラスに映る“少し遅れた影”を目印に、攻撃のタイミングを計る。

一瞬。
影が交差した、その刹那――

「今や！」

道路標識を掴み、交差点モンスターの信号灯を叩き割る。
赤い光が砕け、命令音が途切れた。

だが、まだ終わらない。

周囲の信号がすべて狂い始める。
車が止まり、歩行者が混乱する。

「街全体を巻き込むタイプか……！」

紘一は舌打ちし、即座に判断を切り替えた。

「長居したら、飲み込まれる」

討伐ではなく、離脱。
それが都市型ダンジョンの基本戦術だ。

交差点の端、マンホールの影に飛び込むと、空間が揺れた。
次の瞬間、雑踏の音が一気に戻る。

信号は正常。
人々は何事もなかったかのように歩いている。

「……ギリギリやったな」

紘一は息を整え、汗を拭った。

視界に、新たな文字が浮かぶ。

《スキル進化：状況判断 → 都市感覚》
《効果：都市型ダンジョンにおける危険予測上昇》

彼は交差点を振り返る。

「ルールが多い場所ほど、自由は少ない……か」

会社も、街も、同じだった。

だが今の彼は、立ち止まらない。
ルールに縛られず、自分で判断して進める。

遠藤紘一は、人混みに紛れながら次の目的地へ向かった。
次は――夜の街。

眠らぬダンジョンが、彼を待っている。