ブラック企業のサラリーマン、現代ダンジョンに挑む

塩塚 和人

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第10話:ダンジョン王への道

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街の空が、静かにざわめいていた。

巨大スクリーンに映し出されるのは、ただ一つの通知。

――《深層ダンジョン完全踏破者:遠藤紘一》

その名前が表示された瞬間、SNSは爆発した。
称賛、嫉妬、疑念、期待。
だが、当の本人は人混みから少し離れ、ビルの屋上に立っていた。

風が、気持ちいい。

「……やっと、ここまで来たか」

背後から、足音。

「お疲れ様。ダンジョン王候補さん」
真琴の声だった。

「まだ“候補”ですけどね」
「謙遜せんでええ。今や国も企業も、あんたを放っとかへん」

その通りだった。
政府管理局、巨大企業探索部門、スポンサー契約の話。
選択肢は、山ほどある。

かつての紘一なら、迷わず“安定”を選んでいただろう。
だが今は違う。

「俺、全部断りました」
「……即答やったな」

真琴は、少しだけ笑った。

「理由、聞いてもええ?」
「簡単です」

紘一は、夜景を見下ろしながら言った。

「俺はもう、“使われる側”に戻らへん」

ダンジョン王とは、単なる最強の探索者ではない。
ダンジョンの管理権限。
探索ルールの制定。
都市と迷宮の共存を決める、象徴的存在。

「ダンジョンは、会社みたいなもんです」
「ほう」
「運用次第で、人を潰すことも、生かすこともできる」

紘一は、拳を握った。

「なら、俺は“潰さない側”に立つ」

その瞬間、視界に表示が走る。

《称号獲得:自由探索者》
《最終試練を開始します》

空が割れた。

都市の中央、かつて存在しなかった“最終ダンジョン”が姿を現す。
だが、そこにモンスターはいない。

あるのは、一本の道。

「……試されるのは、力やないな」
「覚悟、やな」

一歩、踏み出す。

過去の自分が、頭をよぎる。
残業に耐え、理不尽を飲み込み、自分を削っていた日々。

「無駄やなかった」

あの日々があったから、今がある。
だが――戻る気はない。

最後の扉の前で、表示が浮かぶ。

《問い:あなたは、誰のためにこの力を使いますか》

紘一は、迷わなかった。

「俺自身と……これから挑む、すべての人のためや」

扉が、開く。

光の中で、システムが告げた。

《条件達成》
《遠藤紘一を――ダンジョン王として認定します》

静寂。

そして、街に朝日が差し込む。

新しい時代の始まりだった。

真琴が、隣で言う。

「これから、忙しなるで?」
「ブラックには、しませんよ」
「はは……言うようになったな」

紘一は、笑った。

もう、縛られる鎖はない。
選ぶのは、いつも自分だ。

「さあ、行きましょか」

会社を辞めた男は、
迷宮を制する王となった。

だが――
これは終わりではない。

自由な探索者たちの時代の、始まりなのだから。
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