6 / 10
第6話 迷宮の深淵
しおりを挟む氷晶の迷宮は、深くなるほど静かになる。
音が消えるのではない。
最初から、存在しなかったかのように感じられるのだ。
リオハは、壁に手をつきながら歩いていた。
肩の傷は塞がっているが、完全ではない。
氷の精霊が示した道は、優しさとは程遠かった。
「……深いな」
視界は蒼く濁り、距離感が曖昧になる。
足を踏み出すたび、床がわずかに沈む感覚があった。
ノアが低く唸る。
――下に、いる。
問い返す前に、床が崩れた。
浮遊感。
次の瞬間、背中から叩きつけられるような衝撃。
「ぐっ……!」
転がり落ちた先は、巨大な空洞だった。
天井は遥か高く、中央には凍りついた湖が広がっている。
湖の中心で、何かが動いた。
氷が軋み、割れる音。
姿を現したのは、異形だった。
四足だが、獣ではない。
岩と氷を無理やり組み合わせたような巨躯。
胸部に、蒼い結晶核が脈打っている。
――深層守護体。
迷宮が、侵入者を拒むために生み出した存在だ。
「……正面からは無理だな」
剣を構えるが、足が重い。
空洞全体に、重圧のような魔力が満ちている。
巨体が動く。
腕のような氷塊が振り下ろされた。
回避が遅れ、衝撃波に吹き飛ばされる。
身体が壁に叩きつけられ、息が詰まった。
――集中しろ。
ノアの意志が、強く流れ込んでくる。
だが、焦りがそれを弾いた。
「わかってる……!」
立ち上がろうとした瞬間、視界が揺れた。
胸の奥が、冷たく締め付けられる。
――契約が、乱れている。
このまま力を引き出せば、心が削られる。
だが、引かなければ、ここで終わる。
ノアが、リオハの前に立った。
小さな背中が、巨大な影に向かっている。
――守る。
その意志に、迷いはなかった。
「……違う」
リオハは、ゆっくりと立ち上がる。
剣を下げ、深く息を吸った。
「一緒に行くんだ」
右手の契約印が、静かに光を放つ。
熱ではない。
温度を感じさせない、穏やかな共鳴。
視界が澄む。
巨体の動きが、明確に読めた。
ノアが走る。
リオハも同時に踏み出す。
互いの位置、呼吸、次の一手。
言葉はない。
だが、ずれがない。
ノアの氷魔法が、湖面を覆う。
守護体の脚が、わずかに沈んだ。
その瞬間、リオハは跳ぶ。
剣を、結晶核へ突き立てた。
衝撃。
核がひび割れ、蒼い光が噴き出す。
守護体が崩れ落ち、氷と岩に還る。
静寂。
リオハは、その場に膝をついた。
だが、先ほどのような虚脱感はない。
ノアが近づき、額を軽く触れさせる。
――今のが、契約だ。
「……ああ」
深淵は、まだ終わらない。
だが、確かに一歩、踏み込めた。
氷晶の迷宮は、何も語らない。
それでも、その沈黙は、以前より重くなかった。
二つの影は、さらに深い層へと進んでいく。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる