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第8話 真実の扉
しおりを挟む氷晶の迷宮の最深部には、音がなかった。
足音も、呼吸も、心臓の鼓動さえも、遠くに引き伸ばされたように感じられる。
通路の先に、それはあった。
巨大な扉。
氷でできているにもかかわらず、透き通ってはいない。
表面には無数の紋章が刻まれ、その中心に――蒼い円環が浮かんでいる。
「……ここが」
ノアが、静かに立ち止まった。
――真実の場所。
扉に近づいた瞬間、右手の契約印が疼いた。
痛みではない。
懐かしさに近い感覚。
氷壁が、ゆっくりと光を映す。
そこに現れたのは、記憶だった。
雪原。
燃え落ちた村。
倒れ伏す人々。
「……あ……」
声にならない息が漏れる。
幼い自分が、そこにいた。
剣など持たず、ただ誰かの手を必死に握っている。
――兄。
名は、はっきりと思い出せた。
魔獣の暴走。
契約の崩壊。
制御できなくなった力が、村を飲み込んだ。
「違う……」
だが、映像は続く。
蒼い狼が、現れる。
今よりも小さく、傷だらけの姿。
――ノア。
「……俺が……」
兄は、最後まで立っていた。
魔獣を止めるため、契約を引き受けて。
だが、限界だった。
「逃げろ!」
その声。
今も、胸に残っている。
氷が砕け、映像が消えた。
リオハは、膝をついた。
「俺は……逃げた」
ノアが近づく。
だが、触れない。
――違う。
その否定は、優しかった。
――託された。
蒼い光が、扉から溢れ出す。
精霊たちの声が、重なって響く。
「この迷宮は、契約の墓標であり、揺り籠でもある」
「失敗した契約者の魂を留め、
次の契約者に問いを投げかける」
「支配か、共存か」
リオハは、ゆっくりと立ち上がる。
「……だから、俺を選んだのか」
ノアの視線が、真っ直ぐ向けられる。
――選んだのは、お前だ。
兄の最期。
ノアの孤独。
自分の逃避。
全てが、ここで繋がった。
扉が、音もなく開く。
その向こうには、氷の王座があった。
そして、眠るように佇む、巨大な影。
――氷晶竜。
迷宮の主。
契約の終着点。
「行くぞ」
恐怖は、ある。
だが、もう背を向けない。
ノアが、隣に並ぶ。
――最後まで。
二つの存在が、同時に一歩を踏み出した。
真実の扉は、静かに閉じる。
後戻りは、もうできない。
氷晶の迷宮は、最後の問いを用意して待っていた。
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