異界の容疑者

Fa1

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第1話 容疑者になった日

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 2019年12月31日。曇り空の下、近所の商店街を一人で歩く。今年の年末は地元には帰らずに東京で過ごすと決めていた。実家に戻っても、両親から進路についてとやかく言われるのが目に見えているからである。学費と毎月の生活費を貰っている手前、年に一度は両親に顔を見せようとは決めている。今年は夏に一度帰省をしたので、既にそのノルマは達成していた。時刻は午後八時を回っており、商店街は閑散として人もほとんどいない。俺は今日分の食料を手に入れようと商店街を抜けたところにあるコンビニへと向かっている。耳には去年の誕生日に友人から貰ったワイヤレスのイヤホン。これだけ静かな空間であれば、すれ違う人には自分の聴いている曲が聞こえてしまうかもしれない。それは少し恥ずかしいかもしれない。なぜなら、今流れている曲は昔から好きな特撮ヒーロー作品の主題歌だからである。自分の好きなものに対して「恥ずかしい」という感情を持っていることが情けない。しかし、今年二十歳になる俺には世間体がある。どんなに自分の好きなものでも、世間がそれを「恥ずかしい」と判断するのであれば、ひっそりと楽しまなければいけないのだ。なぜ、この世界にとってヒーローは「恥ずかしい」ものなのであろうか。この世界が生み出したヒーローという価値観は、年を重ねる毎に恥になっていくのであろうか。正義の心を問う歌詞が耳を越え、脳に直接突き刺さる。人がいない空間に油断してしまい、鼻歌を通り越してついに「恥ずかしい」歌詞の一節を口ずさんでしまう。
「---俺の助けが必要か?」
その瞬間、ふと背後に気配を感じ振り返る。そこにはロングヘアーの少女がいた。身長は140~145cmほど、髪色は緑、目の色も緑、そして足がない。というより、下半身が靄がかっている。
「はい。あなたの助けが必要です。」
無表情の少女は透き通るような声で言う。あまりに現実味のない場面に思考が停止する。数秒見つめあった後にやっと声が出る。
「どゆこt」
すべてを言い終える前に俺の目の前は真っ暗になり、眠気に負けてガクッと体が落ちる感覚に陥る。
 
 見覚えのない暗くカビ臭い部屋で目が覚めた。背後に人の気配を感じ振り返ると、黒いフードを被った何者かが窓を飛び越えて外に出て行くのが見えた。俺は急に覚えのないところに移動をしていた。これはもしや
「異世界、転移?」
ついに選ばれてしまったのか?妄想は何度もしたことがある。可愛い女の子を何人も連れ、他者を寄せ付けない最強の力を以って悪を滅ぼす。妄想でしかなかった俺の英雄伝が始まるのだ。自分にどんな力が備わっているのかを確認するように両の手の平を見てみるが、何かで濡れているようだ。水ほどサラサラしていないが、暗くてよく見えない。その時、目の前の扉が開かれ、綺麗な容姿の若い女性と目が合う。この冒険のヒロインになる存在かもしれないと思い、慣れない笑顔を彼女に送る。すると女性視線を少し下にズラし、思い出したかのように息を大きく吸い、悲鳴をあげる。
「きゃあああああああああああああああ!!」
ドアが開かれたことにより、この部屋に光が入る。彼女の視線の先、つまり俺の足元には濃い赤い液体が広がり、その中心には人がうつ伏せで倒れていた。この液体が血であることに気づいた瞬間、目の前の女性は走り去りながら逃げ叫ぶ。
「人殺し!!!!!!!!!人殺し!!!!」
俺は逃げる彼女を追い、疑いを晴らそうとする。
「ち、違う!!俺は殺していない!!そ、そうだ、違う奴がさっきまでこの部屋にいたんだ!!!!もう窓から外に出ちゃったけど、多分そいつが、」
逃げる彼女の肩に指先が触れる瞬間、後頭部に強い衝撃が走る。前のめりに倒れこみ、数秒して何者かの皮靴が視界に入る。必死に目だけを動かし、顔を確認すると俺を睨みつける恐ろしく顔の整った男がいた。遠のく意識の中、聞こえた彼の言葉は「貴様、誰だ?」であった。鈍い痛みに負け、意識は深い闇に飲まれて行く。
この日、俺は英雄ではなく人殺しになった。
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