オナラの犯人

Nick Robertson

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今の自分は過去からできていると聞いたことがある。それを本当だとするなら、私はあの教師を見て、こんな教師に育ったのか。
おかしなものだ。
私は気分次第で怒ったりはしていないと自負しているが、もしかしたら違うのかもしれないな。
もしも、私はすぐに怒る、短気であったなら。
自分の体が持たないと思う。すぐに辞めちゃうよ、どうせ。私は、カンタやタツヤが泣いているのより、笑っている方が、やっぱりスッキリする。
そう、私は自分の心を満足させたいから、少し甘いだけなのかもしれなくて、つまり本質は、あの教師と変わらないのでないか。私があの人より少しへぼいだけで。
でも、私は今のままで十分。
これ以上の向上は求めたくないし、何を進化すれば良いかも分からない。なんとか教師としての役割も務めている。これ以上に何を求めれば?
強いて言うなら、楽園が欲しい、と感じることはある。だが、無理な話なのはわかりきっていることだし、まず楽園が何なのかさえ、まだはっきりしているわけではない。
食べ物?要らない。快適な温度?もっと要らない。
何が欲しいのだろう。
話し相手?必要だ。
それは必要で、ちなみに対等に見られたい。
下心は無くて、いや、もし有ってもいいから、それを私に悟られないようにして欲しい。
そして明るい。もしくは、暗さを見せないような。
……子供、か。
やっぱりどの道そうなるのかなあ。でも授業なんかしなくてもいいなあと、思ったりもする。
でも、授業以外の何かをするとなると…
関わる機会が減りそうだ。授業は自分が教える立場にあって、そして教えられる側は椅子にちゃんと座っているからきちんと関われているわけだ。
何が楽しくて自ら机に縛られにいくだろうか。
「みんな同じことをやっているのだし、仕方ない」、そんな気持ちも、あるのじゃないか。
楽園。
教えるのでも教えられるのでもない、子供と大人の境が無い世界。
…なのかな。
今でもよく分からない。
大人と子供。
やはり、見える世界が狭まるに連れて大人になっていくのだろうか。
あんなに綺麗な水を、H2Oなどと称した時点で、どんどん自分が偉くなって、あたかも自然を支配してるような感覚に陥っていって、それが進行して、大人になる。
それは嫌だな、と思う。
だからと言って、他に策は無い。
自分が翻弄され続ける不思議さ、それを追求もせずに、ただ指を咥えて眺めている、それを子供とするなら。
私の大人は、いつ始まったのだろうか。
そして空の青さに気を奪われなくなったのは、いつからだろう。
小さな頃は、意識しなくても感じ取っていたような気がしているが、いささか記憶を美化しすぎているかもしれない。
子供はあどけなく、大人は健気だ。
色々知ってしまった大人は、それでもその決定づけた範囲の世界をめいいっぱい生きていかなければならない。
水道から水が出るのは当たり前だと思いながら、それでも生きていかなくちゃいけない。
どっちもどっちだな、と思った。
清らかと言われる子供時代ほど脆弱な時間はあるまい。
大人に縋って、生きていく。
小さな頃か…



「おーい!そこ!いるかあ!」
「いたいた!青大将だ!」
「掴めるかあ!」
「無理だってえ!」
学校にも時々現れる毒の無い蛇に、私達は奮闘していた。
落ちていた木の枝でつつくと、ウネウネと動いた。
「うわあ!動いたぞ!!」
「そりゃ蛇だから!」
「どうする?」
「っよっしゃあ!」
まっちゃんが蛇の尻尾を持った。
「おい!」
「さ、触ったぞおっ!」
すぐにその尻尾を離す。
「な、なんだ!それだけのことじゃないだろ!もっとこう…全体を持ち上げるんだよ!」
「じゃあやってみろよ!」
「はっ…はあ?!まずお前が手本を見せてくれよ!」
「お前から言い出したんだろうがっ!」
「…っ」
私は恐る恐る手を出したが、それ以上進まない。
「は、早くしろよ!毒はないんだろ?」
「…」
ぎゅっと尻尾のあたりを鷲掴みにした。
蛇の動きが手に伝わる。
滑らかだ。
思わず、頭のあたりも掴んだ。
そして、…そのまま持ち上げた。
「できてんじゃん…」
「っと」
私はゆっくり下ろした。
大きな青大将は、そんなことをされても、まだ動きが遅かった。
「できた…」
私は自分の手を見て、また動かなくなったその青大将を見て、空を見た。
曇りだった。暗くて、でも私は、いつか晴れることを知っていた。
まっちゃんも、私を見て自分も青大将を掴んだ。
青大将はものすごくおとなしいから、決意すれば簡単に掴めるものだということを、私は理解した。
不可解なのは、まっちゃんの次の行動である。
まっちゃんは青大将を持ち上げられることが分かると、ニヤニヤと笑って、その蛇を地面に叩きつけたのだった。
私はびっくりして声も出なかった。
そして青大将は、可哀想に、さっきよりずっとすばしっこく体をくねらせてなんとか逃げて行った。
「ちぇ、逃げれるんじゃないか」
そう言ったまっちゃんの顔は、真っ青であった。
「まっちゃん…」
「何も言うなよ」
「何で…」
「何も言うなって言ってんだ!」
バシン!と鼻に強い衝撃が来て、思わず私はうずくまった。うずくまって泣いた。勝手に涙が出てきたから……。泣きながら、ちょっと上を見上げた。
まっちゃんも泣いているようだった。 
なのに冷ややかに私を見て、そして何も言わずに去って行った。
両方の鼻の穴から、温かい汁が伝った。私はそのままずっと泣いていた。
そこは学校の門より少し離れた田んぼの畔であった。畔道は細いから、つま先立ちをして、家が近いまっちゃんと一緒に鼻歌を歌いながら歩いていたのだ。
そこで見つけた青大将だった。
………読書の時間を告げるチャイムが鳴った。
今から行っても、遅刻扱いにはなるだろう。そう思うと、もうどれだけ遅れても同じ気がしてきて、楽になった。
青大将はといえば、すっかり草むらの中に身を隠して、見えなくなっていた。
…ここなら私は誰にも見つからないだろうという推測は、私の涙を加速させる力しかなかった。
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