ミチシルベ

Nick Robertson

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赤い河童 三河へ

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この池に、真っ赤な顔をした河童が出るという。
私は時折ふと、この話を思い出しては、ここへ来る。

しかし、未だ一度としてその姿を目にしたことはない。むしろ、河童が食べるべき小魚の群れをよく見る。

「嘘なんだろうか」
だが、嘘ならばなぜ、そのような噂が通っているのか。誰かが自慢するためだったのなら、もう少しマシな話になりそうなものだ。

ここいらの人々へ聞いてみても、誰も赤い河童を見たことはないと言う。それでも、その伝説だけは知っている。

「…」
手を後ろで組んで、水面を覗き込んだ。
茶緑に濁っていて、底は当然見えない。何かが居るような雰囲気はある。だが、依然として静かで、風が通る時のみ僅かに波がたつ。あぶくが上ってくることも、ない。至って普通の、どこにでもある小さな池だ。

ひとしきり眺め終わると、私はゆっくりと周遊し、足元に生えている草を少しつまんだ。木々がざわめく。

帰ろう。
やることがないから、ここへ来るだけの余裕があるのだ。河童ごとき見れなくたって、それほどの損害はない。
散歩道としてはしっかりした場所で、清々しい景色である。赤河童探しはその散歩に付随してくる程度のものなのだ。

私はつま先の向きを変えて戻る。
少し進んで振り返ると、想像していたままの淡々とした空間がある。光が降り注いでいて、地面で照り返す。

「おはようございます」
「おはよう」
反射的に挨拶をしながら前を向くと、もう声の主は走り去っていた。
釣竿を持った少年だ。確かに、あそこでなら釣れるだろう。

再び、歩きだす。遠くの田んぼの若い稲。

・・・・・
一晩、大雨が降った。
灰色の落ち込んだ雲が空を埋めていたので、なんとなく予感はできていたが。

屋根からポツリポツリと水滴が落ちてくる。
そこへ掌をやると、ピシャリと跳ね散った。

戸を開けて外へ行く。
土は湿って濃い色をしていていたが、ぬかるんではいない。
曇り空は未だに続いていて、日は輪郭だけがやけにはっきり見え、光はあまり届かない。

なんだかひどくあの池の様子が気になってきて、私は早足で向かった。
足音がはっきりとまとわりつく。
露骨な水たまりは避けるが、それでも泥の小さな粒は足首にかかるようだ。

湿気がきつく、風はほとんどなかった。あの雨が掻っ攫っていったのだ。

池まではそう長い距離はない。
息を切らす間もなく、それはどんどん近づいてきたのだがーーー、

私は駆けだした。
もしかして、あれは。

辿り着く。
身を乗り出して、眼を見張る。

その池の水面はほとんど朱色に染まっていた。赤潮である。
魚の死体もぷかぷかと浮いており、ここで私は河童の正体を確信した。
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