ドラゴン使いを終えて

Nick Robertson

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彼は、敵のくせに近づいて来た。

「…」私は目をつぶって歯を食いしばる。

「…」彼の気配が、私のすぐ前で止まった。
私は、痛みがすぐに分からなくなるように、首を差し出すように俯いている。

すると彼は、その首筋を撫でた。

そして、「…ゴメンね」と謝ってくる。どういうつもりだろうか。

私は、「…早くしろ」と、吐き捨てるように言った。
「何を?」
「早くしろって!一瞬で終わらせてくれよ!」
「ん?あ…ああ!君、僕が殺意を持ってると思ってるんだね!そんなことないよ!僕はただ…」

その後は何も喋らない。
私が顔を上げると、目をそらした。何だ?

「…怖くって…」
「怖い?」
「……僕、もう居場所を取られたくないんだ………」
「は?」
「君は何しに来たの?」

彼は横を向いたまま聞いてくる。
「えっと…」
「僕を殺しに来たの?」
「え……」

彼は私を殺す気が無いという。本当かどうかは分からないが、そうだとしたら、私も戦う必要は無いのではないか。

でも、彼は天才を殺したのだ。
天才の血は、ゆっくりと私に染み付いてくるような気がしている。そして二度と離れないだろう。

「…殺しに来たの?」重ねて聞かれた。返事に困る。

「…そっか。じゃ、僕は、君が攻撃してきたら抵抗するから」
そう言うと、彼は私から遠ざかって、天才が倒れているところまで移動した。

「…すまないとは思うけど、僕の居る場所に踏み込んできたんだもの。悪いことしたと感じてるけど、仕方ない……」

ひょい、と天才を担ぎ上げて、彼は奥の方に消えていってしまった。

私はしばらくじっとしていたが、やがて立ち上がって進み始めた。
決意は固まったのだ。

本当のところは、よく分からなかった。
これからも敵は出てくるだろう。
その敵に対してどうすればいいのか、分からない。

なら、万人に、万人の敵に同じことをすれば、いちいち余計なことを考えなくても良いのだ。

そうすると、迷わず殺すことを選択すべきだろう。
敵は敵であって、味方とは全く別世界に居るのだ。
私を殺す気がない人間、しかも、私より強いであろう人間でも、無視して許されるわけがない。

それに、私が見逃すことは、ともすれば被害が拡大することに繋がるかもしれない。
なら、別に私は死んだって構わないんだから、やれるだけやってみようじゃないかーーー
と、自分に言い聞かせた。

歩いて行くと、彼はすぐ近くで茫然と座っていた。

「…天才は?」自体が見えないので聞くと、「そこ」という答えが返ってきた。

「どこだよ」
「ちょうど君がいるあたり」

私は右足を上げて地面を覗き込んだが、何も見えない。
「…埋めたのか?」
「違う」彼はブンブンと首を振った。「……土に変えたの」

彼の力なら簡単らしい。
「…どうして俺の前で土にしなかったんだ?天才は会ったばかりの親友だったんだぞ。それとも、術をしている時に俺が攻撃するのを恐れたのか?」
「……術?土に還す時の?あれくらい一瞬だよ。あの人、服着てなかったし。…僕はね、君が見たらショックを受けると思って、あえて離れたの」
「十分ショック受けてるよ…」
「…でも、『親友』が目の前で土にされた方がビックリすると思ったから」

彼は固まっていた。
私がさらに近づいても、微動だにしない。

「おい」
「何?」
「俺はね、お前を殺すことにした」
「へえ」

彼に一瞥される。
「……頑張れ」

その言葉が終わった瞬間、私はカバンの中に入れてあった短剣を取り出した。

これは、私が訓練場を行く日の朝に、父さんが、「護身用だ」なんて言いながら笑って手渡してくれたものだ。リュックの裏ポケットの中にあったのだが、すっかり忘れていた。

天才に振り落とされた時、背中と軽く接触して気づいたのだ。

持ってみたはいいが、これはあまりにも小さい。
こんなので、果たして護身ができるのかと言われたら、首を傾けるしかないだろう。でも、今はこれしかないのも事実なのだ。
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