鬼才帳 女

Nick Robertson

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車の中で。
ガソリンスタンドへ向かいながら。

「多田さんは、どっちかと言うと騒がしい人工物よりも静かな自然の中で居たい系?」
「どっちも大丈夫」
「えっ、そうなの?てっきり森林浴とかが好きなのかと思った」
「大丈夫」
「だったら、このちょっと先にデカいジョッピングモールがあるんだけど、そっちに行くよ?構わない?」
「うん」

どこだって良い。

男は車を誘導に従ってガソリンの隣へ停める。
するとすぐさまその誘導をしていた人がやって来て、「油種は何に致しましょうか」と聞く。

「レギュラー満タンで」
「かしこまりました」

回して、外れる。嵌められて、次いで、ドルルル、と小さく振動するような音が伝わる。
そしてこの特有な匂い。
男が窓を閉めなかったおかげで、内側に留まる。こびり付いて、染みていくような気もする。

ガチッ。外される、嵌めて回される。

「窓拭きましょうか」
「結構です」
「はい。料金は3362円になります」

ここへやって来るためだけに、給油を我慢したのだろうと想像できるのがおかしい。

「ポイントカードはお持ちでしょうか」
「ありません」
「そうですか。今、無料で作れば1500円分のポイントがつくキャンペーンを実施しておりますが」
「大丈夫です」
手慣れた感じで応答している。
それなのに、ポイントカードを持ってないのか。
この男も滅多に車を使わないんじゃないのか、などと些細なことが気になる。

「…。はい」
「では、5000円から頂戴致します……」

その間、ずっと女の方は黙っていた。


×××××
高速を降りた。ETCは付いていたようだから、ますますよく分からない。

「ほら、あの建物。ここらでは一番大きいんじゃないかな」
「………」

巨大な四角。
その端っこに、赤色のロゴマーク。

「休日だからどうだろうな。駐車スペース、空いてると思うんだけど…」
「駐車場デカいし地下もあるし余裕でイケるって。それは」
「まぁね」

さっきまでなりを潜めていた女が俄然存在感を増す。
こんなに変わるものなのか、と私は密かに驚いていた。いきなり輪郭がしっかりしていくような。

「私、ここも楽しみだったんだぁ。楓と行けたら良いなって」
「うん」

一応答えておいたが、もはや誰に対して言っているのか不明だ。
彼女は、後部座席から身を乗り出して運転席の真横に顔を現している。

チラチラと警備員の姿が見え始めた。
ひっきりなしに車の出入りがある。

「やっぱ大盛況って感じだわ。マジで埋まってるかも」
「これはちょっと凄いね…」

屋上駐車場へ続く道の途中まで車がいて、遅々と進んでいる。

「あっは。こりゃ待たなくっちゃなぁ」
男は髪を掻き上げた。
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