鬼才帳 女

Nick Robertson

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「用はそれだけでしょ?」
「あ、はい」

旦那は帰っていった。
私はそれを見て綻ぶ。

それから、母さんに電話をかけた。
出ないだろうなと見当をつけていたのに、長い間を空けて、繋がった。

「どしたの?こんな時間に」
「うん。元気にしてる?」
「まぁ、そうね。あんたがちょっと前に連絡くれたのからあんまり経ってないけど」
「そ。それでさ、今何してたの」
「家の掃除よ。……何?時間かかる相談?」
「そんな感じ」
「え、えっ?」

何それ、本当?
うん。
どういう人なの?相手は。

私は息を吸う。話が早いじゃないの。

「…父さんにはまだ内緒にしといてよ」
「分かった」
「あのね、まだ知り合ったばっかりなんだけど」

私はペラペラと背が高いだの髪の毛はちょっと長いだのと言っておいた。
それから勝手にプロフィールも作り上げて、母さんに報告する。


×××××
「お帰り」
「うん」

私がスマホに取り付いているうちに、リサが帰って来た。
カバンを置くと、私から少し離れた位置に来て、こっちを見下ろす。

「あのね」
私がスマホの画面を閉じると、首がしゃんと張る。

「…お出かけの約束?」
「まぁ、それも」

私は家の隅を見ようしながら、鼻をすする。

「……なんとなく」
「………」
「………」
「難しくなってきたの?」

いや、リサほどじゃないよ。そうじゃないったら。

私が返すと、彼女は頭を横に振った。

「まぁ、できるところまでやってみるんだろうから、私からは何も言うことないんだけどさ」
「…」
「途中で折れると思うよ?私」

そりゃそうだ。当たり前だ。進展なんか、幻想でしかないような。

「でも、あんたはきっと上手くやっちゃうんだよ。どーせ」

いつも繰り返しているようで、そうなんかじゃない。
重い石をひたすらに蹴り回して、疲れたら休んで、また始めて。

「リサは、どう??」
「………」

心配ではなかったが、危険な気がした。
ケッと短く短く息を放って、彼女は苦笑いする。

「私はこのままよ。多分」
「怖い?」
「そうね。知ってるでしょ?」

リサはツンツンと自分の頭を突いていた。

「…私もあなたも。方向が逆なだけなんだから」
「だと、良いんだけど」

だからなのだろうか。同じ港を同時刻に出発したからなんだろうか。一艘が取り残されてはいないか。赤錆びた太い鎖に繋がれて。

「私、どうにもならないから」

リサは、数歩こちらに近づいて、それから膝をついてしまった。
私はこれを、これを緩やかな目で対応している。

「あんたは格別なの。良かったね、褒められてるのよ」
「そうね」
「だから」

もう何を考えていようが、結果は変わらないだろう。
リサとやっと視線が繋がったのに、なぜこんなに撹乱するのか。

「どうすればいいんだろ」
「理解できるはずないよね」
「あああ」

私はリサが笑い始めるのを見届けて、それにゆっくり合わせていった。

小刻みに、それはまるで泣いてるみたい。どうしてこうまでジェスチャーが似てしまったのか、私には分かる。リサも恐らく知っている。

「もしリサが私だったらね」

バカな空想を飛ばした。リサも神妙だった。

「楽しくない。ずぅっと、変わんない」

ぶふぅっ、って。
本当にそんなあっけらかんとした音だった。

「気が抜けるの。どこに溜まってたかさっぱりいどころ知れずだった癖して」
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