『観察眼』は便利

Nick Robertson

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駅員のおじさんが、俺達の顔も見ずに切符を切る。
(目の前にスパイが立っているとは夢にも思っていないんだろうなぁ)

立ち止まっていると、フミに「早く行きなさいよ」と小声で命令された。列車はもう向こうからやって来るのが見えている。

(状況は大体把握してるつもりだけど、行動を阻止することはできないって、軽い拷問かもしれないな)
俺は、見続けることしかできない。それが、使命なのだ。きっと。

『3番線乗り場に上りの列車が参ります。危険ですから、白線の内側へ、お下がりください……』
いつもと同じ、呑気なアナウンスだ。ここに危険人物がいるんだぞ!!

プシュゥゥゥ、ガコン
『ピロンピロン、ピロンピロン。カジリ駅ー、カジリ駅に到着いたしました。お降りの際は、足元にお気をつけて、お帰りくだ……』

どっと人が出てきた。
それが終わると、今度は吸い込まれるように、並んでいた列が消えていく。
…当然、俺達四人も、きっかり入って、扉は閉まった。
ここはまだ列車内の人数が少ないが、中心地に近づくにつれ、エゲツないほど膨れ上がってくる。

席はどこも空いておらず、立ったまま手すりに掴まることしかできないという状態がザラだ。慣れていないと、息が苦しくなる。
【対処法についてだが、一番簡単なのは、列車に乗らないことだ。それと、ちょっとばかり変わった、斬新な方法を俺は知っている。

それは、以前、気晴らしに列車で出かけた時に、目撃して驚いたものだ。
網棚の上によじ登って寝転んでいる猛者がいたのである。
だが、よくよく考えてみると、満員列車では、駅員も近づいて注意することなんてできないので、とても賢いやり方だったのだ。神経の図太さが必須の技だが】

『手荷物などお持ちの際は、足元か、網棚の上へ……』
誰もが聞き流している、いつもの声。
その聴者の日常の中にいる、スパイ。

(こんなこと、あるんだな……)
俺は静かに、列車のわずかな振動を、体いっぱいに感じていた。

風景が川のようにどんどん流れ、やがて、止まり、また動きだし、それを延々と繰り返す。

「……楽しみでしょ?」
「んなわけあるか」
「ふふふ」

フミはあからさまな作り笑いをした。
何も、できることがない。

俺がふてくされたように外を見つめ続ける。
一駅ごとに、ガラスに映り込む顔は増えていき………。

「うわっ!!!」
「??!」

振り返ると、男の子が転んで倒れていた。

「大丈夫か?」
「ありがとう………」

俺のすぐ後ろだったので、立ち上がって手を差し伸べる。
男の子の小さな手がそれをギュッと。

(ん?)
手の中に何か当たっている。
俺が男の子を見ると、小さく微笑み返された。

(くれるってこと?)
知らないおじさんが手を回してくれたのだろうか。

そう思っていると、アナウンスが流れだした。
「…あっ、僕、ここで降りるんだ。じゃあね、お兄ちゃん」
「………」

扉が開く。
男の子は手を離し、俺にお辞儀をして去っていった。

「リョウタは優しいのね。反応良かったわよ。後ろをシュバッて向いてさ」
「あ、ああ……」
「じゃ、手の物を見せてもらえるかしら」
「?!!」
「分かってんだか、らっ!」

バッと右手を開かされた。
だが、中には何も入っていない。

「ど、ど、ど、どうしたんだよ、急に……」俺は無理に笑う。
「………」
フミも薄く笑いながら俺を睨んだ。

「……まぁいいわ。この後、もっと人の少ない所でじっくり調べてあげる」
「そりゃあどうも……」

やべぇな。ズボンのポケットの中なんて、安直にもほどがある。どこかに隠さないと。
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