『観察眼』は便利

Nick Robertson

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「これをこうして、っと……」
フミは独り言をブツブツ呟きながらイヤホンを右の耳にはめ込んだ。
長く垂れたヒモの先端にはボタンがあって、『ON』と『OFF』の表示がある。もちろん今は『OFF』となっている。

(なんでそんなに分かりやすい構造をしてるんだよ!!)
心の中で叫ぶ。どうやら、録音式らしい。

列車はトンネルを通過する。
少し薄暗くなり、全てがオレンジ色の光に沈む。
ゴウッという風の音だがなんだかが反響し、ガラスが震えた。

そして、ザアアッという幕開けのような音とともに、元の静けさや景色が戻ってくる。
…もちろん、フミはこっちを見てニタニタと笑っていた。

「………」

カタン。
列車が減速を始めた。またどこかの駅に着くらしい。

「これ、聞いちゃうね?」
「………」

俺は彼女を冷ややかな目で見つめた。こうでもしないと、とてもジッとしていられなかったからだ。

「ふふふ」
スリスリと、ボタンが彼女の指によって、もてあそばれる。『ON』にするのには、わずかに足らない程度の力で、ワザと見せつけてくるのだ。

「…………」
俺は深い息をついて、背もたれに身を任し、脱力した。
そんな様子だったから、ほどなくしてフミの絶叫が聞こえた時、飛び上がったのは言うまでもない。

???!!!!!
彼女は……彼女は、耳を塞いでうずくまっていた。
俺の耳の方こそ、こいつの叫び声でキンキンしてるんだけど、とにかく何が起きた?!

「こっち!!」
幼げのある高い声に反応すると、それはさっきコケていた男の子だった。
めいっぱいピョンピョン跳ねながら手招きしている。

俺は反射的にそっちへ向かって走った。

「あっ、待てっ!」というナギの声が聞こえたが、気にしない。
車内のほどんどを埋め尽くした人だかりを縫うようにしてとにかく遠くへ行った。
男の子はその点すばしこく、隙間にうまく身を潜り込ませて先を進んでいた。俺なんか、半分相手を押し出すようにして走っているものだから、舌打ちなんかが聞こえてきて、心持ちがよろしくない。

「おいコラ!」
肩を掴まれた。
体格のいい男が拳を握っている。

「は……はい?」
「てんめぇ何やってん………!」
「おじさん!ごめんなさい!急いでるの!!」

いつの間にか舞い戻ってきていた少年が、男の腕を取ったかと思うと、そのままやすやすとねじ伏せる。

「………??」
その男にも状況がイマイチ飲み込めない様子だった。
俺を殴ろうとしていたら、次の瞬間には叩きつけられるように床へ倒れていたのだから。その時に、すぐそばで並んでいた数人を巻き込んで倒してしまったが、それはまぁ、しょうがないというものだ。

「さっ、行こ!!」
その男の子は、俺の手を引いて、なおも走る。
ここまで騒ぎを大きくすると、立っている人々は我先にと逃げ出そうとして、目の前には一本の道が現れていた。

プシュー……
「お兄ちゃん!出るよ!!」
「お、おぅ」

開いたばかりの扉へ突っ込むように、俺と少年は外へ飛び出した。
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