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向こうから、飄々とした格好の男が歩いてくる。破れかぶれの布は、もともと紺色であったのに、今ではほとんど脱色していて、それが風に揺れている。
一枚布を頭からかぶった、その異様な姿の青年は、髭が伸びきっているせいで、かなり老けて見えている。しかし、彼はもちろんそんなことを気にしてはいない。
彼が街に入るたび、通りを行く人は囁き合う。「あれが浮草だ」と。
浮草。それは浮浪者のことである。依頼された任務に従って行動する冒険者とは違い、アテもなく1日の糧を求めてうろつく者。そう認識されている。
事実、この男も全くその通りの生活を送っている。ほとんどいつも飢えているし、路地裏のゴミ箱もよく漁る。
しかし、人々は知らないことがある。
彼は、街にいない時間があまりにも多いのである。
夜になるのを見計らって、ひっそりと抜け出す。これが、最も目立ちにくいであろうからだ。
街の出入り口には大抵柵が張り巡らされており、門からでないと行き来はできないはずだが、彼はそこをヒョイと飛び越えることができる。それは、誰にも知られていないこと、だった。
「お兄さん何してるの」
「?!」
急に話しかけられたので、俺は後ろに飛び退きそうになった。
今、自分の姿は他人に見られないはずだが……。
彼はそう思いながら、話しかけてきた少年を見る。
肌が、全体的に黒ずんでいる。目は少し飛び出たようになっていて、腹はぽこんと不自然に飛び出ている。なのに、肋骨はうっすらと自分を主張してくるーーー
孤児だな、と俺は断定した。ほぼ間違いないだろう。このご時世だ。そんなに珍しいことではない。ただ。
「お兄さん、何かちょうだい?」
「………」
ただでさえ、夜の闇に紛れて、周囲の物は分からないはずなのに、それでもまだ用心して、自分の姿を術で隠してまでいるのに、この少年には、当たり前のように俺が見えているらしい。これは驚いた。
「ねぇ。お腹すいたよ」
「すまないが、俺は食べ物を何も持ってないんだ」
「じゃ、お金」
「すまない」
「酷いなぁ。他の人に言いつけちゃうぞ。『この柵から外へ行こうとしてる人がいます』って」
そこまでバレていたか。いや、しかし……、この子は、まだ頭が回るようだな。飢餓が行き過ぎると、目は大体虚ろになって(時々ギラギラしたのもいるが)、言葉も満足に喋れなくなる。元々会話ができない孤児もいるという話だが、この子は、そのどちらでもないらしい。
俺が尚も黙っていると、その子はイライラして言った。
「もう!何でもいいから早く食い物をくれ!じゃなきゃ倒れちゃう!………いつか」
「そう……、か」
俺は、羽織っている布をペラリとめくって、本当に何も持っていないのだということを示そうとする。しかし、その少年は簡単には食い下がらない。
ぺっ、と唾を道に吐き捨てて、俺に掴みかかってきた。
「…おい」
「僕もこれ以上はしないよ。でもね、何かくれ。それだけでいいから」
「離せ」
「嫌だ」
「……抵抗するぞ」
「ダメだ」
どうして俺の行動を、こんな子供が規制できるのだろう。
俺はその手を振り払った。一瞬、骨と皮だけのような硬い触感が伝わってきて、顔が若干引きつる。
「…仲間を呼ぶぞ」
「そうか。勝手にしろ」
「……嘘だよ。仲間なんているもんか」
「…………」
その子は、まだ諦めきれないらしく、近寄ってきた。
「やめてくれ。他の金持ちを狙えよ」
「金持ちなんかこの街にいるもんか」
「じゃ、もっと都心に近づけば……、いや、商人くらいはここを通過するだろう。そいつらから奪えよ」
「あれが警戒を怠ってくれると思う?僕の方が先に殺されちゃうよ」
「……………」
「ね、お兄さん」
その子は馴れ馴れしく俺の腹をつついた。
「…強いんでしょ?それは分かるよ。だから、さ。僕も外に連れてってよ。ここはもう飽きたんだ」
「バカ言え。危険だから柵があるんだ」
「分からない?」
少年はニヤリと笑った。歯は、少し黄ばんでいるものの、思ったより綺麗だった。
「……お兄さんが守ってくれればいいんだよ」
一枚布を頭からかぶった、その異様な姿の青年は、髭が伸びきっているせいで、かなり老けて見えている。しかし、彼はもちろんそんなことを気にしてはいない。
彼が街に入るたび、通りを行く人は囁き合う。「あれが浮草だ」と。
浮草。それは浮浪者のことである。依頼された任務に従って行動する冒険者とは違い、アテもなく1日の糧を求めてうろつく者。そう認識されている。
事実、この男も全くその通りの生活を送っている。ほとんどいつも飢えているし、路地裏のゴミ箱もよく漁る。
しかし、人々は知らないことがある。
彼は、街にいない時間があまりにも多いのである。
夜になるのを見計らって、ひっそりと抜け出す。これが、最も目立ちにくいであろうからだ。
街の出入り口には大抵柵が張り巡らされており、門からでないと行き来はできないはずだが、彼はそこをヒョイと飛び越えることができる。それは、誰にも知られていないこと、だった。
「お兄さん何してるの」
「?!」
急に話しかけられたので、俺は後ろに飛び退きそうになった。
今、自分の姿は他人に見られないはずだが……。
彼はそう思いながら、話しかけてきた少年を見る。
肌が、全体的に黒ずんでいる。目は少し飛び出たようになっていて、腹はぽこんと不自然に飛び出ている。なのに、肋骨はうっすらと自分を主張してくるーーー
孤児だな、と俺は断定した。ほぼ間違いないだろう。このご時世だ。そんなに珍しいことではない。ただ。
「お兄さん、何かちょうだい?」
「………」
ただでさえ、夜の闇に紛れて、周囲の物は分からないはずなのに、それでもまだ用心して、自分の姿を術で隠してまでいるのに、この少年には、当たり前のように俺が見えているらしい。これは驚いた。
「ねぇ。お腹すいたよ」
「すまないが、俺は食べ物を何も持ってないんだ」
「じゃ、お金」
「すまない」
「酷いなぁ。他の人に言いつけちゃうぞ。『この柵から外へ行こうとしてる人がいます』って」
そこまでバレていたか。いや、しかし……、この子は、まだ頭が回るようだな。飢餓が行き過ぎると、目は大体虚ろになって(時々ギラギラしたのもいるが)、言葉も満足に喋れなくなる。元々会話ができない孤児もいるという話だが、この子は、そのどちらでもないらしい。
俺が尚も黙っていると、その子はイライラして言った。
「もう!何でもいいから早く食い物をくれ!じゃなきゃ倒れちゃう!………いつか」
「そう……、か」
俺は、羽織っている布をペラリとめくって、本当に何も持っていないのだということを示そうとする。しかし、その少年は簡単には食い下がらない。
ぺっ、と唾を道に吐き捨てて、俺に掴みかかってきた。
「…おい」
「僕もこれ以上はしないよ。でもね、何かくれ。それだけでいいから」
「離せ」
「嫌だ」
「……抵抗するぞ」
「ダメだ」
どうして俺の行動を、こんな子供が規制できるのだろう。
俺はその手を振り払った。一瞬、骨と皮だけのような硬い触感が伝わってきて、顔が若干引きつる。
「…仲間を呼ぶぞ」
「そうか。勝手にしろ」
「……嘘だよ。仲間なんているもんか」
「…………」
その子は、まだ諦めきれないらしく、近寄ってきた。
「やめてくれ。他の金持ちを狙えよ」
「金持ちなんかこの街にいるもんか」
「じゃ、もっと都心に近づけば……、いや、商人くらいはここを通過するだろう。そいつらから奪えよ」
「あれが警戒を怠ってくれると思う?僕の方が先に殺されちゃうよ」
「……………」
「ね、お兄さん」
その子は馴れ馴れしく俺の腹をつついた。
「…強いんでしょ?それは分かるよ。だから、さ。僕も外に連れてってよ。ここはもう飽きたんだ」
「バカ言え。危険だから柵があるんだ」
「分からない?」
少年はニヤリと笑った。歯は、少し黄ばんでいるものの、思ったより綺麗だった。
「……お兄さんが守ってくれればいいんだよ」
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