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■短い物語P&D『今は昔』&『世界の果て〜底へ』
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■短い物語P&D『今は昔』
つがいの蝶を追って、バットを振り回す。
当てるつもりなんて無かったのに。
僕はある少年を思い出した。
少年は逃げ惑うそいつに小さな器かぶせようとしていた。
床やテーブルに割れんばかりの勢いで叩き付ける。
虫取り網を振り回す子供とは違うその姿。
追われていたのは、小さな“蝶”。
ふちが欠けてしまったティーカップによってついに捕獲された。
しばらくすると、白い檻の中から声が聴こえてきた。
「ここから出して。暗いのは嫌」
少年は驚いたが、恐がりはしなかった。
可愛いらしい女の子を想像しながら、自分が有利な状況であることを楽しんだ。
少年は勝ち誇り、正体を明かすように意地悪く要求した。
すると声の主は「ジャンケンをしませんか」と言い出した。
「勝負は一度だけ。あなたが勝てば正体を教えます。ひとつだけですが、願いも叶えてあげます。だから逃がすと約束して」
「観念したか」と少年はニヤリ。
拒否することもできたが、負け続けたとしても蝶は逃げられない。
少年は口だけの約束を交わし、すぐに忘れた。
「さあ始めよう」とリードするつもりだった少年。
けれど、ジャンケンの相手は彼女ではなく鏡の住人だという。
そういわれて一瞬の沈黙。
それでも直ぐに思い出したのは、おばあちゃんが使っている縦長の大きな鏡。
それは彼の手の届くところにあった。
少年は左手でティーカップをしっかりと押さえたまま、右腕を伸ばした。
勢いよく古い姿見のカバーをめくる。
やがて鏡の中心から湧き水のような波紋を広がり、白く塗られた顔のピエロを映し出した。
背格好は少年と同じくらい。
対戦相手はしゃべることなく、手振りで「勝負しよう」と伝えてきた。
少年が準備する暇もなく、すぐにそれは始まった。
「ジャン、ケン、ポン!あい、こで、しょ!ジャン、ケン、ポン!
あいこで……」
瞬く間に左利きのピエロのペース。
確率なんて無視するかのように“あいこ”が続く。
監禁した蝶のことも忘れてしまうくらいに。
熱を帯びた少年は、右手をナイフのように繰り出す。
でも勝てない。
負けることもない。
だって、勝てるわけがない。
鏡に映っている相手が、誰なのか知ったとしても。 ~終わり
■短い物語P&D『世界の果て~底へ』
汚れた歩道を空き缶が転がっていく。
風がひとり遊ぶ夜。
オレは歩いていた。
それは中心が移動するということ。
すなわち世界が動く。
要らないものは外へ放り出すのが決まり。
吸い殻は足下へ。
紙屑は後ろへ。
釣り銭は……任せた。
今日は出張。
宿泊しているホテルに戻る前に一杯。
契約先のメンバーと同期の仲間。
それなりの肩書きが心地よくもある席だった。
その帰り道、寂しく感じる街並があった。
夜空が、いつもより広い。
ただ高層ビルが少ないだけ。
それだけのことなのに、世界の果てがすぐそこにあるように感じる。
あの建物の向こう側には、何も無いんじゃないか。
好んで飲まないオレの足取りは仲間より少しだけまし。
だから、遠くを見ながらでも群れから遅れることはなかった。
そうやってしばらく歩いていた。
そして、何かにぶつかった。
いや、誰かに。
右肩に軽い衝撃。
そこまでしか覚えていない。
誰もが手を放す時が来る。
「お前とは縁を切る」
それでも“手を差し出す”ヤツがいると信じている男。
いなかったとしても、誰かが“手を差し伸べてくれる”と信じている。
そんな勝手な想い。
思い出せば、いつも一言余分。
目が合えばすぐに発火。
先に手が出る悪い癖。
偽りの握手で、手に入れたモノ。
企てた感動話。
人工の涙。
「戦場を想像することができますか」と、ナレーションに問われた時の不快感を思い出した。
日に日に増す怒りの旗を掲げて、オレだって戦っていたんだ。
永遠ってのがあるけど、オレには突然の終わりか。
だけど敗因なんて考えたくない。
今までの稼ぎだって数えたくない。
気取って歩いた道程が恥ずかしい。
もう先には道が無いらしい。
滝の如く落ちる先に海も無い。
下に見えるのは、憎しみで紅く震える炎。
煮えたぎる器を支えている。
見えそうで見えない中身。
この大地から見放された時、ここがオレの「世界の果て」らしい。
ここから堕ちるのか。
それとも、ここで思いとどまるのか。
誰かの声が聞こえてきた。
オレを何度も呼んでいる。
大丈夫だ、まだ戦える。 ~終わり
つがいの蝶を追って、バットを振り回す。
当てるつもりなんて無かったのに。
僕はある少年を思い出した。
少年は逃げ惑うそいつに小さな器かぶせようとしていた。
床やテーブルに割れんばかりの勢いで叩き付ける。
虫取り網を振り回す子供とは違うその姿。
追われていたのは、小さな“蝶”。
ふちが欠けてしまったティーカップによってついに捕獲された。
しばらくすると、白い檻の中から声が聴こえてきた。
「ここから出して。暗いのは嫌」
少年は驚いたが、恐がりはしなかった。
可愛いらしい女の子を想像しながら、自分が有利な状況であることを楽しんだ。
少年は勝ち誇り、正体を明かすように意地悪く要求した。
すると声の主は「ジャンケンをしませんか」と言い出した。
「勝負は一度だけ。あなたが勝てば正体を教えます。ひとつだけですが、願いも叶えてあげます。だから逃がすと約束して」
「観念したか」と少年はニヤリ。
拒否することもできたが、負け続けたとしても蝶は逃げられない。
少年は口だけの約束を交わし、すぐに忘れた。
「さあ始めよう」とリードするつもりだった少年。
けれど、ジャンケンの相手は彼女ではなく鏡の住人だという。
そういわれて一瞬の沈黙。
それでも直ぐに思い出したのは、おばあちゃんが使っている縦長の大きな鏡。
それは彼の手の届くところにあった。
少年は左手でティーカップをしっかりと押さえたまま、右腕を伸ばした。
勢いよく古い姿見のカバーをめくる。
やがて鏡の中心から湧き水のような波紋を広がり、白く塗られた顔のピエロを映し出した。
背格好は少年と同じくらい。
対戦相手はしゃべることなく、手振りで「勝負しよう」と伝えてきた。
少年が準備する暇もなく、すぐにそれは始まった。
「ジャン、ケン、ポン!あい、こで、しょ!ジャン、ケン、ポン!
あいこで……」
瞬く間に左利きのピエロのペース。
確率なんて無視するかのように“あいこ”が続く。
監禁した蝶のことも忘れてしまうくらいに。
熱を帯びた少年は、右手をナイフのように繰り出す。
でも勝てない。
負けることもない。
だって、勝てるわけがない。
鏡に映っている相手が、誰なのか知ったとしても。 ~終わり
■短い物語P&D『世界の果て~底へ』
汚れた歩道を空き缶が転がっていく。
風がひとり遊ぶ夜。
オレは歩いていた。
それは中心が移動するということ。
すなわち世界が動く。
要らないものは外へ放り出すのが決まり。
吸い殻は足下へ。
紙屑は後ろへ。
釣り銭は……任せた。
今日は出張。
宿泊しているホテルに戻る前に一杯。
契約先のメンバーと同期の仲間。
それなりの肩書きが心地よくもある席だった。
その帰り道、寂しく感じる街並があった。
夜空が、いつもより広い。
ただ高層ビルが少ないだけ。
それだけのことなのに、世界の果てがすぐそこにあるように感じる。
あの建物の向こう側には、何も無いんじゃないか。
好んで飲まないオレの足取りは仲間より少しだけまし。
だから、遠くを見ながらでも群れから遅れることはなかった。
そうやってしばらく歩いていた。
そして、何かにぶつかった。
いや、誰かに。
右肩に軽い衝撃。
そこまでしか覚えていない。
誰もが手を放す時が来る。
「お前とは縁を切る」
それでも“手を差し出す”ヤツがいると信じている男。
いなかったとしても、誰かが“手を差し伸べてくれる”と信じている。
そんな勝手な想い。
思い出せば、いつも一言余分。
目が合えばすぐに発火。
先に手が出る悪い癖。
偽りの握手で、手に入れたモノ。
企てた感動話。
人工の涙。
「戦場を想像することができますか」と、ナレーションに問われた時の不快感を思い出した。
日に日に増す怒りの旗を掲げて、オレだって戦っていたんだ。
永遠ってのがあるけど、オレには突然の終わりか。
だけど敗因なんて考えたくない。
今までの稼ぎだって数えたくない。
気取って歩いた道程が恥ずかしい。
もう先には道が無いらしい。
滝の如く落ちる先に海も無い。
下に見えるのは、憎しみで紅く震える炎。
煮えたぎる器を支えている。
見えそうで見えない中身。
この大地から見放された時、ここがオレの「世界の果て」らしい。
ここから堕ちるのか。
それとも、ここで思いとどまるのか。
誰かの声が聞こえてきた。
オレを何度も呼んでいる。
大丈夫だ、まだ戦える。 ~終わり
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