東雲に風が消える

園下三雲

文字の大きさ
上 下
13 / 39
晴天に歌う雀

13.

しおりを挟む
 ガチャ、という何かの物音で姫は目を覚ました。

「ん……?」

 寒さに凍えた体を曲げたり伸ばしたりしながら空を見る。

「私、ここで寝て……。あら? お父様?」

 振り返ると、扉を開いたまま部屋の中へは入らないでいる父の姿が見えた。遠く、暗くてよく見えないが、父は些か動揺しているようにも見える。

「清和……。その、隣に居るそれは……?」

 震える父の声を聞いたのは、これが初めてだったかもしれない。

「え?」

 隣を見れば、見慣れない美しい髪が月の光を受けながら姫の椅子に寄りかかっていた。

 神聖な音がする。鈴のなるような、木々の枝葉の重なり擦れ合うような、美しい音が空から響いてくる。

「誰か! 誰か!」

「ちょっと待って、お父様! 私、雀と一緒にいたの! もしかしてこの子――」

 情緒のない父の大声に、姫は腹立たしさに似た何かを感じながら隣で眠る少女を見た。髪を一束かき分ければ、あどけなくも悠久を知るような寝顔が麗しい。

「いいからこちらへ来なさい、清和。それから早く離れるんだ」

「どうして! きっとあの子よ! 人間になったんだわ」

「そんなはずないだろう! 雀から人間になるだなんて、見たことも聞いたこともない。早くこちらへ来なさい」

 聞いたこともない父の怒声に怯んでしまいたくなくて、姫は少女を抱きしめて父を睨む。

「嫌よ!」

「清和!」

 珍しい父娘の対立に、駆けつけた近衛らは驚きつつ、しかし即座に事態を把握して姫と少女を引き離した。

「嫌! 離して!」

 姫は近衛の腕で暴れるが、虚しくも父のもとへ易々と連れてこられる。窓辺では少女が強引に引き起こされ、音がするほど乱暴に壁や床にその身を打ち付けながら拘束された。

「せいわ……?」

 少女はたどたどしく姫を呼ぶ。他の人間など見えていないのではないかと思うほど一途に姫から視線を外さない。

「雀! やっぱり貴方、雀なのね!」

「馬鹿なことを言うんじゃない!」

 父がその胸にグイと姫の顔を押し付けるが、踠いて踠いて姫は少女に手を伸ばす。

「せいわ、ないてる?」

 応えるように少女も手を伸ばそうとするが、キツく捻られて身動きが取れない。

「ああ! ああ! 雀! 私の大切な子!」

 姫の絶叫は、少女にしか聞こえていない。そう錯覚しそうになるほど大人は誰もが冷酷に少女を見下げていた。

「せいわ、なかないで」

 少女の声に被せるように、

「早く連れていきなさい!」

と父は近衛らに強く命令する。

「やめて! 離して!」

 父の腕のなかは近衛のそれよりもずっと自由だったが、そこから抜け出すことは決して出来ない。

「せいわ。だいすき。だいすき」

「私もよ! 大好きよ、雀! やめて! 雀を乱暴にしないで!」

「牢に入れよ! 決して外に出すな」

 近衛らに担がれて少女は部屋を出される。

「せいわ! そばにいる! せいわ!」

 遠くから聞こえる少女の声が冬の夜に消えていく。

「雀! 雀! あああ!!」

 喉が焼けるようだった。鼻が痛く、頭もキリキリと痛んだが、収まりきらない強い悲しみに、もう何も分からなかった。

 遂に少女と近衛らの姿が見えなくなっても、姫は叫び続けた。そうしたところで何も変わらないと知っているから尚更、泣き止むことが出来なかった。

「お父様の分からず屋! あれは雀よ。聞こえていたでしょう、あの声が」

 足を何度踏みつけても自分を離さない父の腕に、姫は力尽きて寄りかかる。

「清和。窓が開いていたんだ、雀はきっと逃げたんだよ。あの人間は雀を騙った悪者だ」

「いいえ、雀よ。私は分かる。ずっとあの子と一緒にいたの」

「清和。ゆっくり息をしなさい。寝ぼけているんだ。もう一度寝て、起きてからまた考えよう」

「寝ぼけてなんていないわ! あの子は雀よ。間違ってなんかない」

 怒りだけでかろうじて立っている姫を、父は強く抱き直す。

 こんな思いをしてまで父に抱きしめられたかった訳じゃない。

 そう口に出せるだけの力も、今の姫にはもはや無かった。

「清和。おやすみ」

 普段と変わらないような父の声を聞きたくなくて、姫は隠れるように顔を埋めた。

しおりを挟む

処理中です...