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第1話
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今宵はお城で舞踏会。
シンデレラは庭に立ち、夜空に浮かぶ満月を眺め、そっとため息をついた。
町中の娘たちが招待されたはずの舞踏会。シンデレラも楽しみにしていたはずだが、意地悪な継母と二人の義姉に置き去りにされた。ドレスも用意してもらえなかった。
父が生きていれば。もう何度したかわからないため息をまたついて、シンデレラは満月に背中を向けた。
「お待ちなさい、シンデレラ」
いきなり声をかけられ、シンデレラはびくっとした。彼女以外誰もいないはずの庭に、見知らぬおばあさんがいた。不思議な扮装をしている。まるで魔法使いみたいな――。
「舞踏会に行きたくないのかい、シンデレラ」
「行きたいわ。でも行けないの」
「諦めのよすぎる娘だね。私がなんとかしてあげようじゃないか」
「おばあさんはどなたなの? どうしてうちの庭にいるの?」
「おばあさんとは失敬だね。お姉さんとお呼び。まずはそのみすぼらしい服からどうにかしようじゃないか」
そう言うとおばあさんは、手に持っていたステッキを振り上げた。キラキラと光が舞い上がり、たちまちシンデレラの服へと降りかかる。
あっと思う間もなく、シンデレラのボロボロの服が美しいドレスになった。
「まあ」
おばあさんはさらにステッキを振り上げた。キラキラした光がシンデレラを包み込み、髪が美しく結い上げられ、豪華なドレスにふさわしい化粧がほどこされる。足にはいつの間にかガラスの靴がはまっていた。さらにステッキを振り上げると、庭を走り回っていたネズミが馬と人間の姿をした御者に変身し、庭に置きっぱなしにされていたカボチャが大きな馬車になった。
「さあ、シンデレラ。舞踏会にお行き」
「ありがとう、おばあさん。このご恩は一生忘れません」
「おばあさんじゃなくて、お姉さんとお呼び。真夜中の十二時を過ぎたら魔法が解けてしまうから、それまでには戻って来るんだよ」
シンデレラは走り出す馬車の中から大きく手を振った。おばあさんがみるみる小さくなり、やがて見えなくなる。
馬車はどんどん道を駆け抜け、そしてお城の前に着いた。
到着したはいいが、シンデレラは右も左もわからない。ドレスの裾を持ち上げ、戸惑いながら歩いていると、お城の案内人のような人が現れてエスコートしてくれた。
「舞踏会はこちらです」
「ありがとう」
扉が開き、舞踏会の会場が目の前に広がる。そのきらびやかさに、シンデレラは目を丸くした。
豪華なドレスを身につけた若い女性がたくさん集まっている。彼女らをダンスに誘う貴族の青年もたくさん集まっていた。しかし彼女らのお目当てはこの国の王子様だ。
シンデレラはきょろきょろと辺りを見回し、王子様の姿を探した。だがどこにも見当たらない。この場にはいないのだろうか。まだ裏で待機しているのだろうか。
豪華なシャンデリアが大広間を照らし、中央はダンスフロアになっている。そこを取り囲むように会場の隅には小さな丸いテーブルがあちこちに置かれ、立食パーティーのようになっている。
シンデレラは久しく食べていない豪華な料理にごくりとつばを鳴らし、おずおずと手を伸ばした。父がまだ生きていた頃は、もっと貴族らしい生活をしていた。遠い昔のように感じられて、寂しい気持ちになる。
今のシンデレラは継母と義姉にすべての雑用を押しつけられ、まるで召使いのような生活を強いられていた。髪はボサボサになり、服はボロボロになり、手入れをすることさえも許されず、まるでこ汚い野ネズミのようになっていた。
美しいドレスを身にまとい、上質な食事を口にする。そんな、以前なら当たり前のようにできていたことが、何か特別なことのように感じられる。シンデレラは泣きそうになりながら食事を口にし、ワインで喉を潤した。生き返ったような気分だった。
視界の隅に見覚えのある顔を見つけて、ハッとする。継母と二人の義姉であった。彼女たちはシンデレラがここにいることなど気づいてもいない様子で、楽しげに談笑していた。父の財産を食い尽くし、贅沢三昧の暮らしをしている彼女たちは、やはり美しいドレスを身にまとっている。王子様に見初められるためにここに来ているのだ。
間に多くの人がいるおかげでシンデレラの存在は気づかれていない。このままこっそり距離を取ろう。
シンデレラが継母たちに背中を向けた瞬間、会場がワッと華やいだ。歓声に驚いてシンデレラが振り返ると、壇上に王子が立っていた。
招待客を見渡すように眺め、満足そうに目を細める。彼自身も妃選びに意欲的なのだろう。噂通りの整った顔立ちで、若い娘たちがこぞって色めき立つ。誰もが妃になりたいと欲を丸出しにする中で、シンデレラはひっそりとたたずんで王子を見上げていた。
王子に見初められたい。今の生活から連れ去ってほしい。そういう気持ちがないわけではなかったが、そんな夢みたいなことがあるわけないと諦めてもいた。
周りを見渡せば綺麗な娘はたくさんいたし、家柄や育ちがいい娘もたくさんいる。ボロボロの服で、ボサボサの髪で、掃除や雑用などしていない娘なんてたくさんいる。
王子は将来の国王だ。この国を治める長だ。他国の王女か、あるいは貴族の娘しか、その座には就けない。
シンデレラはもともと貴族の娘ではあったが、階級も低く、とても王子の横に並べるような立場ではなかった。
おいしいものをたくさん食べたら、誰とも踊らずに、ひっそりと帰ろう。シンデレラはそう心に決めて、ご馳走の置かれたテーブルのほうへと向かった。
シンデレラは庭に立ち、夜空に浮かぶ満月を眺め、そっとため息をついた。
町中の娘たちが招待されたはずの舞踏会。シンデレラも楽しみにしていたはずだが、意地悪な継母と二人の義姉に置き去りにされた。ドレスも用意してもらえなかった。
父が生きていれば。もう何度したかわからないため息をまたついて、シンデレラは満月に背中を向けた。
「お待ちなさい、シンデレラ」
いきなり声をかけられ、シンデレラはびくっとした。彼女以外誰もいないはずの庭に、見知らぬおばあさんがいた。不思議な扮装をしている。まるで魔法使いみたいな――。
「舞踏会に行きたくないのかい、シンデレラ」
「行きたいわ。でも行けないの」
「諦めのよすぎる娘だね。私がなんとかしてあげようじゃないか」
「おばあさんはどなたなの? どうしてうちの庭にいるの?」
「おばあさんとは失敬だね。お姉さんとお呼び。まずはそのみすぼらしい服からどうにかしようじゃないか」
そう言うとおばあさんは、手に持っていたステッキを振り上げた。キラキラと光が舞い上がり、たちまちシンデレラの服へと降りかかる。
あっと思う間もなく、シンデレラのボロボロの服が美しいドレスになった。
「まあ」
おばあさんはさらにステッキを振り上げた。キラキラした光がシンデレラを包み込み、髪が美しく結い上げられ、豪華なドレスにふさわしい化粧がほどこされる。足にはいつの間にかガラスの靴がはまっていた。さらにステッキを振り上げると、庭を走り回っていたネズミが馬と人間の姿をした御者に変身し、庭に置きっぱなしにされていたカボチャが大きな馬車になった。
「さあ、シンデレラ。舞踏会にお行き」
「ありがとう、おばあさん。このご恩は一生忘れません」
「おばあさんじゃなくて、お姉さんとお呼び。真夜中の十二時を過ぎたら魔法が解けてしまうから、それまでには戻って来るんだよ」
シンデレラは走り出す馬車の中から大きく手を振った。おばあさんがみるみる小さくなり、やがて見えなくなる。
馬車はどんどん道を駆け抜け、そしてお城の前に着いた。
到着したはいいが、シンデレラは右も左もわからない。ドレスの裾を持ち上げ、戸惑いながら歩いていると、お城の案内人のような人が現れてエスコートしてくれた。
「舞踏会はこちらです」
「ありがとう」
扉が開き、舞踏会の会場が目の前に広がる。そのきらびやかさに、シンデレラは目を丸くした。
豪華なドレスを身につけた若い女性がたくさん集まっている。彼女らをダンスに誘う貴族の青年もたくさん集まっていた。しかし彼女らのお目当てはこの国の王子様だ。
シンデレラはきょろきょろと辺りを見回し、王子様の姿を探した。だがどこにも見当たらない。この場にはいないのだろうか。まだ裏で待機しているのだろうか。
豪華なシャンデリアが大広間を照らし、中央はダンスフロアになっている。そこを取り囲むように会場の隅には小さな丸いテーブルがあちこちに置かれ、立食パーティーのようになっている。
シンデレラは久しく食べていない豪華な料理にごくりとつばを鳴らし、おずおずと手を伸ばした。父がまだ生きていた頃は、もっと貴族らしい生活をしていた。遠い昔のように感じられて、寂しい気持ちになる。
今のシンデレラは継母と義姉にすべての雑用を押しつけられ、まるで召使いのような生活を強いられていた。髪はボサボサになり、服はボロボロになり、手入れをすることさえも許されず、まるでこ汚い野ネズミのようになっていた。
美しいドレスを身にまとい、上質な食事を口にする。そんな、以前なら当たり前のようにできていたことが、何か特別なことのように感じられる。シンデレラは泣きそうになりながら食事を口にし、ワインで喉を潤した。生き返ったような気分だった。
視界の隅に見覚えのある顔を見つけて、ハッとする。継母と二人の義姉であった。彼女たちはシンデレラがここにいることなど気づいてもいない様子で、楽しげに談笑していた。父の財産を食い尽くし、贅沢三昧の暮らしをしている彼女たちは、やはり美しいドレスを身にまとっている。王子様に見初められるためにここに来ているのだ。
間に多くの人がいるおかげでシンデレラの存在は気づかれていない。このままこっそり距離を取ろう。
シンデレラが継母たちに背中を向けた瞬間、会場がワッと華やいだ。歓声に驚いてシンデレラが振り返ると、壇上に王子が立っていた。
招待客を見渡すように眺め、満足そうに目を細める。彼自身も妃選びに意欲的なのだろう。噂通りの整った顔立ちで、若い娘たちがこぞって色めき立つ。誰もが妃になりたいと欲を丸出しにする中で、シンデレラはひっそりとたたずんで王子を見上げていた。
王子に見初められたい。今の生活から連れ去ってほしい。そういう気持ちがないわけではなかったが、そんな夢みたいなことがあるわけないと諦めてもいた。
周りを見渡せば綺麗な娘はたくさんいたし、家柄や育ちがいい娘もたくさんいる。ボロボロの服で、ボサボサの髪で、掃除や雑用などしていない娘なんてたくさんいる。
王子は将来の国王だ。この国を治める長だ。他国の王女か、あるいは貴族の娘しか、その座には就けない。
シンデレラはもともと貴族の娘ではあったが、階級も低く、とても王子の横に並べるような立場ではなかった。
おいしいものをたくさん食べたら、誰とも踊らずに、ひっそりと帰ろう。シンデレラはそう心に決めて、ご馳走の置かれたテーブルのほうへと向かった。
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