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第6話 蝶は夢やぶれる
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チョーカーを外し、うなじを差し出したい気持ちを、グッとこらえる。
ベッドに横たわる霧也に寄り添うように横になった。
彼は俺に飽きたら、もう来なくなるのだろうか。
そんなことを考える。
期待してはいけない。
俺たちオメガは夢を見てはいけない。
霧也だって言っていた。普通に暮らす、社会の中で生きるオメガもいると。
遊郭で育った俺たちに、見る夢などない。
霧也が結婚する時はきっと、ごく普通の生活をしてきたオメガを選ぶに違いない。
俺たちは慰み者。
俺たちは遊び道具。
俺たちは玩具にすぎない。
ここは娼館なのだから。
俺は泣きたくなる気持ちをグッとこらえた。
夢は自分で打ち砕いたほうがいい。
期待をすればするほど、つらくなる。
「霧也さん」
俺はまっすぐな澄んだ瞳で彼を見た。
「俺を身請けしてください」
霧也は驚いた顔で俺を見つめた。
ああ、やっぱり、そんなことは考えていなかったんだ。
霧也は戸惑った顔で口を開いた。
「身請けにいくらかかるか知っていて、言っているのか?」
「知らないです。やっぱり高いんですか?」
「無茶苦茶高い。そこそこ裕福な俺でさえも高いと思うほどに高い。ここの連中はおまえたちを手放したくないから、普通の金持ちでも躊躇するほどの金額を言ってくる」
「そうなんですか……」
金額は俺たちにも知らされてはいない。
知る必要がないからだ。
身請けされる者以外は、半永久にここから出られない。
出ることは許されない。
歳を取り、用済みになるまでは。
用済みになった後どうなるのかを、知っている者はここにはいない。
「俺はあなたに身請けされたかったです」
「そうなのか? 俺以外にも客はたくさんいるだろう?」
「ええ。でも俺が好きなのは……」
そこまで言って口をつぐんだ。
好きや愛してるを言うのはご法度だ。
客を困らせてしまうから。
客はここにオメガを一時的な快楽のために買いにくる。
オメガは客にひとときの快楽を与えるのが仕事だ。
ここは夢の世界。
現実を忘れ、快楽に身を浸す場所。
客が身請けしたいと言い出すのは許されるが、俺たちが身請けしてほしいといい出すのは、本当は禁止事項だ。
贅沢を言ってはいけない。
いま愛されているだけで充分ではないか。
俺に愛を囁く客は他にもいる。身請けしたいと囁く客は他にもいる。
でも彼らじゃない。
俺が欲しいのは。
「勘違いしてしまいそうになるな」
ハハッと霧也が軽く笑った。
「ここのオメガは皆、口が達者だ。ただの客のはずなのに、愛されているような錯覚を起こす」
俺は頭を鈍器で殴られたようなショックを受けた。
霧也は他のオメガのところにも行っていた。客として。
俺だけじゃなかった。
そうかもしれないとは思っていた。霧也はここの常連客。俺だけのはずがなかった。
泣いてはいけないと自分を戒める。
ここで泣くのは違う。泣いてはいけない。
俺がただ勝手に夢を見ただけなのだから。
霧也は俺にキスをして、微笑みながら帰って行った。
俺は娼館の中にいる、多くのオメガのうちの一人でしかなかった。
改めてわかった。気づけたのはよかったことなのだろう。
俺は特別かもしれないなんて、思うほうがおこがましい。
オメガは皆、夢を見る。
ただ一人のアルファに愛され、身請けされるのを。
霧也はこれからも来るだろうし、その日の気分でオメガを選び、誰かを抱くのだろう。
俺かもしれない。俺じゃないかもしれない。
打ち砕かれた夢は俺を傷つけ、消えない傷痕を残したけれど、きっとこれでよかったのだろう。
それから霧也はしばらく来なくなった。
俺のところに来なくなっただけかもしれない。
身請けをせがんだのがいけなかったのだろうか。
次のヒートの時は違う客と交わることになった。
霧也と交わった時ほど、気持ちよくはなかった。
もしかしたら運命の相手かもしれないなんて。
思っていたのは俺だけだったのだろう。
身請けをせがんだことで、面倒くさい奴だと思われてしまったのかもしれない。
霧也はきっと誰にも優しい。
誰にも甘く囁き、誰もが愛されていると錯覚してしまうようなセックスをするのだろう。
オメガたちはみんな、霧也にまた抱かれたいと願うのだろう。
俺だけじゃなかった。
勘違いもはなはだしい。
ベッドに横たわる霧也に寄り添うように横になった。
彼は俺に飽きたら、もう来なくなるのだろうか。
そんなことを考える。
期待してはいけない。
俺たちオメガは夢を見てはいけない。
霧也だって言っていた。普通に暮らす、社会の中で生きるオメガもいると。
遊郭で育った俺たちに、見る夢などない。
霧也が結婚する時はきっと、ごく普通の生活をしてきたオメガを選ぶに違いない。
俺たちは慰み者。
俺たちは遊び道具。
俺たちは玩具にすぎない。
ここは娼館なのだから。
俺は泣きたくなる気持ちをグッとこらえた。
夢は自分で打ち砕いたほうがいい。
期待をすればするほど、つらくなる。
「霧也さん」
俺はまっすぐな澄んだ瞳で彼を見た。
「俺を身請けしてください」
霧也は驚いた顔で俺を見つめた。
ああ、やっぱり、そんなことは考えていなかったんだ。
霧也は戸惑った顔で口を開いた。
「身請けにいくらかかるか知っていて、言っているのか?」
「知らないです。やっぱり高いんですか?」
「無茶苦茶高い。そこそこ裕福な俺でさえも高いと思うほどに高い。ここの連中はおまえたちを手放したくないから、普通の金持ちでも躊躇するほどの金額を言ってくる」
「そうなんですか……」
金額は俺たちにも知らされてはいない。
知る必要がないからだ。
身請けされる者以外は、半永久にここから出られない。
出ることは許されない。
歳を取り、用済みになるまでは。
用済みになった後どうなるのかを、知っている者はここにはいない。
「俺はあなたに身請けされたかったです」
「そうなのか? 俺以外にも客はたくさんいるだろう?」
「ええ。でも俺が好きなのは……」
そこまで言って口をつぐんだ。
好きや愛してるを言うのはご法度だ。
客を困らせてしまうから。
客はここにオメガを一時的な快楽のために買いにくる。
オメガは客にひとときの快楽を与えるのが仕事だ。
ここは夢の世界。
現実を忘れ、快楽に身を浸す場所。
客が身請けしたいと言い出すのは許されるが、俺たちが身請けしてほしいといい出すのは、本当は禁止事項だ。
贅沢を言ってはいけない。
いま愛されているだけで充分ではないか。
俺に愛を囁く客は他にもいる。身請けしたいと囁く客は他にもいる。
でも彼らじゃない。
俺が欲しいのは。
「勘違いしてしまいそうになるな」
ハハッと霧也が軽く笑った。
「ここのオメガは皆、口が達者だ。ただの客のはずなのに、愛されているような錯覚を起こす」
俺は頭を鈍器で殴られたようなショックを受けた。
霧也は他のオメガのところにも行っていた。客として。
俺だけじゃなかった。
そうかもしれないとは思っていた。霧也はここの常連客。俺だけのはずがなかった。
泣いてはいけないと自分を戒める。
ここで泣くのは違う。泣いてはいけない。
俺がただ勝手に夢を見ただけなのだから。
霧也は俺にキスをして、微笑みながら帰って行った。
俺は娼館の中にいる、多くのオメガのうちの一人でしかなかった。
改めてわかった。気づけたのはよかったことなのだろう。
俺は特別かもしれないなんて、思うほうがおこがましい。
オメガは皆、夢を見る。
ただ一人のアルファに愛され、身請けされるのを。
霧也はこれからも来るだろうし、その日の気分でオメガを選び、誰かを抱くのだろう。
俺かもしれない。俺じゃないかもしれない。
打ち砕かれた夢は俺を傷つけ、消えない傷痕を残したけれど、きっとこれでよかったのだろう。
それから霧也はしばらく来なくなった。
俺のところに来なくなっただけかもしれない。
身請けをせがんだのがいけなかったのだろうか。
次のヒートの時は違う客と交わることになった。
霧也と交わった時ほど、気持ちよくはなかった。
もしかしたら運命の相手かもしれないなんて。
思っていたのは俺だけだったのだろう。
身請けをせがんだことで、面倒くさい奴だと思われてしまったのかもしれない。
霧也はきっと誰にも優しい。
誰にも甘く囁き、誰もが愛されていると錯覚してしまうようなセックスをするのだろう。
オメガたちはみんな、霧也にまた抱かれたいと願うのだろう。
俺だけじゃなかった。
勘違いもはなはだしい。
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