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第一部
第21話 俺達と深い穴
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「 ────それでな、今流行りのマゼンタトマトは、実は普通のトマトより味が薄くて栄養も少ないんだよな」
「えぇ⁉︎ そうだったんだ……なんか高値で取引されてるらしいから普通のトマトより美味しいんだと思ってた」
「需要と供給が合ってないだけさ。まだ発見されて三年くらいだしな。あと四、五年したらそんな高いものでは……っと、ここら辺か」
ひと騒動あったとはいえ、まだ午前中の今日このごろ。
『ダンジョンの地図 トレジア』を見つつ楽しい食事トークを繰り広げながら、やる気満々な俺達仲良しコンビはダンジョンを求め、街からはずれて二十分ほど歩いた林の奥の方までやってきていた。
このトレジアという名前の地図に表示されてるバツ印がダンジョンのある場所だ。そのバツ印が大きければ大きいほど中が広いダンジョンということになる。
そして主にバツ印の色が赤色なら誰かが攻略中、黄色なら未踏破だが誰かが生きて出た形跡があり、白ならその中で命を落とした者がおり、青色なら完全に誰も手をつけていない、という意味を表しているようだ。
俺達はそんな中で今回も、前回の緑色のジェントルな骨が出てきたダンジョンと同様、バツ印が比較的小さくて青色と表示されているものを選んだ。短時間で攻略できて、なおかつ人が踏み入れたことががないのでダンジョンを巡る争いも起きないのが楽で良い。
……が、宝具とはいえ万能ではないことを今、俺とロナは思い知らされた。『トレジア』は出入り口の様子までは流石にわからないのだ。
「……えっと、このあからさまに怪しい穴が……?」
「場所的に間違いないな。マジかぁ……」
目の前に広がっていたのは、おおよそ山小屋くらいならすっぽりと飲み込めそうな大穴だった。覗き込んでも底は見えず、相当深いことがわかる。
こんなでかい穴が林の中にあって、いままで誰かに発見されていない方がおかしい。最近できたばかりのダンジョンなんだろうか、あるいは単に深い穴が怖くて誰も近づいてないか。
「……やめとく? 別の場所探す?」
「まあ、安全に降りる方法がない以上な……」
まだ長いロープか何かあれば良かったかもしれないが、生憎そんなものは持ち合わせていない。諦めの文字が頭の中を過ったその時、俺はあるものを発見した。
一本のへし折れている木だ。魔物でも激突したのだろうか。とにかく、人が二人くらいなら乗っても余裕がありそうな丸太となっている。そして俺は超紳士的な閃きをした。
「……よし!」
「あ、あれ? どこ行くのザン」
「いや、ちょっとな……」
俺は丸太の前に着くとそれに跨った。そして『操りの指輪 ソーサ』の効果を発動する。対象はもちろんこの丸太。
丸太は薄緑色の輪郭を帯び、俺が指定した通り、この身体を乗せたまま段々と宙に浮かんでいく。
この指輪は生物は直接操れない、が、こうして間接的に動かすことはできるようだ。まさか考えてみたことがこんなすんなりと成功するとは。
指輪を通じて重たいという感覚が頭の中に思い浮かんでくる。操るものが重たいと、この指輪に割かれる魔力は多くなるようだ。
だが、アイテムに対して限定で魔力が無限に使えるようになっている俺にはそんなことは関係ない。現にこれも必要なだけ魔力を注ぎ込み続ければ、関係なく操り続けることができそうだった。
「ザ、ザンが飛んでる……⁉︎」
「五分ほしい。少し練習したら安定して操れそうだ。この状態で穴の中に入れば大丈夫だろ?」
「す、すごい……! 頑張ってザン!」
「ふっ、お任せあれ」
空を飛び安全に穴を降る、そう、それこそ非常にクレバーでエレガントな発想。さすがは紳士たる俺だ。
俺は宣言した通り五分間だけそのまま丸太に乗っかって飛ぶ練習をし続けた。
その時間内にいい感じにコツを掴めたので、待ってくれているレディの前で停車。丸太から降りて紳士的に手を差し伸べる。これが空飛ぶペガサスだったらもっとカッコよかったんだが、贅沢は言っていられない。
「レディ、お手を拝借……といってもその丸太に跨るだけだが」
「ふふふっ。うん!」
俺の軽いジョークにロナは乗ってくれ、俺に手を引かせてくれながら丸太に腰をかけた。その後に俺も再びロナの前になるよう丸太に乗る。
「じゃあもう一回だけこの状態で練習するぜ。落ちないよう、ロナは俺に捕まっててくれ」
「うん!」
「じゃ、浮かすぜ」
徐々に丸太を浮かせていく。二人となったところで、操作性に特に問題はなさそうだ。
「え、えーっと……掴まるの、こうで良いのかな?」
「のおあっ⁉︎」
両脚が地面に届かなくなるくらいまで丸太を上昇させた頃、俺の背中全体に人体の温かい感触が触れた。肩あたりから麗しい清純そうな良い匂いもする。そして腹回りに細い腕も巻きついてくる。つまり、ロナが俺を後ろからハグしてきたんだ。
たしかにロナには俺に掴まっていてほしいとは言ったが、まさかこんなしっかり抱きついてくるとは。彼女は今、革製とはいえ古防具を身につけているので、胸の感触まではっきりとは味わえないのが残念……じゃなくて救いだろうか。
「わ、わ、わわわ。だ、大丈夫? ザン」
「いや、大丈夫じゃない。た、態勢を立て直すぜ」
いくら紳士といえど流石に気が散って操縦が安定しない。一旦浮くのをやめ、丸太から降りた。
「ごめん、掴まり方を言ってなかったな。でもあんなべったり抱きつかれるのは流石に驚いたぜ」
「ごめんなさい……」
「いや、怒ってはないんだ。そうだな、乗る体勢と掴まり方、そこから練習しよう」
「うん!」
そのあとしばらくして、ロナの乗り方は尻尾を丸太に軽く絡ませながら、俺の両脇腹か両肩を掴むということで落ち着いた。
そうして浮かせる練習をまた少し繰り返し、最終的になんの問題もなく動作を安定させられるようになった俺は、そのままダンジョンの穴の底へ向かって、ゆっくり、ゆっくりと降下していくのであった。
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「えぇ⁉︎ そうだったんだ……なんか高値で取引されてるらしいから普通のトマトより美味しいんだと思ってた」
「需要と供給が合ってないだけさ。まだ発見されて三年くらいだしな。あと四、五年したらそんな高いものでは……っと、ここら辺か」
ひと騒動あったとはいえ、まだ午前中の今日このごろ。
『ダンジョンの地図 トレジア』を見つつ楽しい食事トークを繰り広げながら、やる気満々な俺達仲良しコンビはダンジョンを求め、街からはずれて二十分ほど歩いた林の奥の方までやってきていた。
このトレジアという名前の地図に表示されてるバツ印がダンジョンのある場所だ。そのバツ印が大きければ大きいほど中が広いダンジョンということになる。
そして主にバツ印の色が赤色なら誰かが攻略中、黄色なら未踏破だが誰かが生きて出た形跡があり、白ならその中で命を落とした者がおり、青色なら完全に誰も手をつけていない、という意味を表しているようだ。
俺達はそんな中で今回も、前回の緑色のジェントルな骨が出てきたダンジョンと同様、バツ印が比較的小さくて青色と表示されているものを選んだ。短時間で攻略できて、なおかつ人が踏み入れたことががないのでダンジョンを巡る争いも起きないのが楽で良い。
……が、宝具とはいえ万能ではないことを今、俺とロナは思い知らされた。『トレジア』は出入り口の様子までは流石にわからないのだ。
「……えっと、このあからさまに怪しい穴が……?」
「場所的に間違いないな。マジかぁ……」
目の前に広がっていたのは、おおよそ山小屋くらいならすっぽりと飲み込めそうな大穴だった。覗き込んでも底は見えず、相当深いことがわかる。
こんなでかい穴が林の中にあって、いままで誰かに発見されていない方がおかしい。最近できたばかりのダンジョンなんだろうか、あるいは単に深い穴が怖くて誰も近づいてないか。
「……やめとく? 別の場所探す?」
「まあ、安全に降りる方法がない以上な……」
まだ長いロープか何かあれば良かったかもしれないが、生憎そんなものは持ち合わせていない。諦めの文字が頭の中を過ったその時、俺はあるものを発見した。
一本のへし折れている木だ。魔物でも激突したのだろうか。とにかく、人が二人くらいなら乗っても余裕がありそうな丸太となっている。そして俺は超紳士的な閃きをした。
「……よし!」
「あ、あれ? どこ行くのザン」
「いや、ちょっとな……」
俺は丸太の前に着くとそれに跨った。そして『操りの指輪 ソーサ』の効果を発動する。対象はもちろんこの丸太。
丸太は薄緑色の輪郭を帯び、俺が指定した通り、この身体を乗せたまま段々と宙に浮かんでいく。
この指輪は生物は直接操れない、が、こうして間接的に動かすことはできるようだ。まさか考えてみたことがこんなすんなりと成功するとは。
指輪を通じて重たいという感覚が頭の中に思い浮かんでくる。操るものが重たいと、この指輪に割かれる魔力は多くなるようだ。
だが、アイテムに対して限定で魔力が無限に使えるようになっている俺にはそんなことは関係ない。現にこれも必要なだけ魔力を注ぎ込み続ければ、関係なく操り続けることができそうだった。
「ザ、ザンが飛んでる……⁉︎」
「五分ほしい。少し練習したら安定して操れそうだ。この状態で穴の中に入れば大丈夫だろ?」
「す、すごい……! 頑張ってザン!」
「ふっ、お任せあれ」
空を飛び安全に穴を降る、そう、それこそ非常にクレバーでエレガントな発想。さすがは紳士たる俺だ。
俺は宣言した通り五分間だけそのまま丸太に乗っかって飛ぶ練習をし続けた。
その時間内にいい感じにコツを掴めたので、待ってくれているレディの前で停車。丸太から降りて紳士的に手を差し伸べる。これが空飛ぶペガサスだったらもっとカッコよかったんだが、贅沢は言っていられない。
「レディ、お手を拝借……といってもその丸太に跨るだけだが」
「ふふふっ。うん!」
俺の軽いジョークにロナは乗ってくれ、俺に手を引かせてくれながら丸太に腰をかけた。その後に俺も再びロナの前になるよう丸太に乗る。
「じゃあもう一回だけこの状態で練習するぜ。落ちないよう、ロナは俺に捕まっててくれ」
「うん!」
「じゃ、浮かすぜ」
徐々に丸太を浮かせていく。二人となったところで、操作性に特に問題はなさそうだ。
「え、えーっと……掴まるの、こうで良いのかな?」
「のおあっ⁉︎」
両脚が地面に届かなくなるくらいまで丸太を上昇させた頃、俺の背中全体に人体の温かい感触が触れた。肩あたりから麗しい清純そうな良い匂いもする。そして腹回りに細い腕も巻きついてくる。つまり、ロナが俺を後ろからハグしてきたんだ。
たしかにロナには俺に掴まっていてほしいとは言ったが、まさかこんなしっかり抱きついてくるとは。彼女は今、革製とはいえ古防具を身につけているので、胸の感触まではっきりとは味わえないのが残念……じゃなくて救いだろうか。
「わ、わ、わわわ。だ、大丈夫? ザン」
「いや、大丈夫じゃない。た、態勢を立て直すぜ」
いくら紳士といえど流石に気が散って操縦が安定しない。一旦浮くのをやめ、丸太から降りた。
「ごめん、掴まり方を言ってなかったな。でもあんなべったり抱きつかれるのは流石に驚いたぜ」
「ごめんなさい……」
「いや、怒ってはないんだ。そうだな、乗る体勢と掴まり方、そこから練習しよう」
「うん!」
そのあとしばらくして、ロナの乗り方は尻尾を丸太に軽く絡ませながら、俺の両脇腹か両肩を掴むということで落ち着いた。
そうして浮かせる練習をまた少し繰り返し、最終的になんの問題もなく動作を安定させられるようになった俺は、そのままダンジョンの穴の底へ向かって、ゆっくり、ゆっくりと降下していくのであった。
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