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第一部

◆ ロナとショッピングのお誘い

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「ごちそうさま!」
「ああ」


 俺にできることができたという興奮と、紅茶、その両方が冷めないうちにティータイムが終わった。
 こんな優雅なひとときの間にも、学びを大切にする。それこそが真のジェントルマンなのさ……っ!


「それで、これから何をするつもりだったんだっけ?」
「まだ決めてないが、提案はあるぜ」
「ほんと? どんな?」
「ショッピングさ」
『お買い物?」
「うん」


 提案とは言ったが、俺はほぼこれしか選択肢が無いと思っている。
 
 俺達は、実はまだ知り合ってから「宝具の売却」と「ポーションの購入」ぐらいしかまともな買い物をしていない。
 
 この一週間の間に色々ありすぎて忘れていたが、『ダンジョン攻略家』ときての準備はおろか、生活の基盤すら整っていないんだ。
 
 防具だって日用品だって、二人揃って、故郷から引っ張り出してきた安くて古いモノだけ。
 衣服も剣戟で割かれたり、爆破されたりしていつの間にか着れるものが少なくなっているからな。

 ……っていう理由を付けて、再度提案してみた。


「そ、そうだった……! 忘れてた……!」
「ああ、俺も忘れかけていた。特に衣服や日用品なんてすぐにでも買いに行った方がいいだろう」
「だ、だよね! うん、今の私はあの時と違ってちゃんとお金もあるし……そうとなれば行こう!」
「ま、慌てて買いに行っても良いモノとは巡り合いにくいさ。ゆっくりのんびり……俺とショッピングデートと洒落込もうじゃないか、なぁ、レディ?」
「デ、デデデ、デート……⁉︎」


 ロナの動きがぴったりと止まった。

 男友達と二人っきりで買い物に行くんだから、そう表現しても間違いではないのだが……ウブな彼女のことだ、この表情から見るにかなり重く受けてめているのだろう。

 まぁ、それならそれで良いかなとも思う。
 だが俺は紳士だ、口説くならもうちょっとシュチュエーションを考えるし、なにより俺は女性と遊ぶ時はよくこの表現を使う。今後もそうなるだろう。

 ここは一旦、気持ちを落ち着かせる一言を添える必要があるのさ。


「なぁに、本質は友達同士のショッピングだ。それが俺と二人きりなんだから、側からみればデートだろう?」
「そ、そう……そうだね! 側から見たら……そっかぁ……。ど、どちらにせよ私はお友達とお出かけなんて初めてだから、楽しみだなぁ!」


 この反応……やっぱりそうだ、かなり脈はあるんだよな。
 やはり問題はいつ、もう一度本格的に口説くかだが……互いのこともう少し知った上での方がいいか? 

 俺は見た目と口調に反して誠実なお付き合いが好みだからな、実はまだ気持ちが煮え切っていないんだ。

 おかげで女性との関わりはあるのに、キスとか気軽にできるような、深い関係には今まで一人として……いや、なに、奥手でヘタレなワケじゃないって。違うんだ。違うって。


「ど、どしたの? ザン」
「あ、いや……えっと、思ったんだが、買うものが多そうだから何日間か日を跨ぐことになりそうだな、なんてな」
「たしかにそうかもね」
「でも俺達は何かに縛られていない、時間ならたっぷりあるんだ。それで問題ないよな?」
「う、うんっ! 大丈夫」
「じゃあちょっと、買うべきモノをメモするか……」


 買うべきものは日用品、生活品、業務品、衣類品、装備品ってとこだな。
 パッと買えそうなものは前半の三点だ。
 衣類と装備は見た目も大事だし、何よりそれぞれ二人分だ、選ぶのに時間がかかるだろう。
 今日は前半、明日は後半って感じでいいよな。
 
 それを伝えると、ロナは首を傾げた。


「え? 別々に買わないの?」
「何のための一緒のショッピングなんだ? 共に選ぶのが醍醐味だぜ?」
「そっか……あぁ、そっか! それ、友達ができたら私がやりたかったことなんだよ! いいの?」
「あ……あぁ……? もちろんだ」


 ロナが目を輝かせて喜びをあらわにしている。
 ……どういうことだ、一旦頭の中を整理するか。

 えーっと、つまりロナは「友達と買い物に行くこと(出かけること)」と「友達と買うものを選ぶこと」を別項目として捉えてたってことになるのかな、これは。

 で、憧れてたのは後者の方で……。
 俺が想定してたより彼女は箱入り娘なのか、あるいはマジで今まで一切の人付き合いをしたことがないかの、どちらかの食い違い方だよな。
 あ、単純にノーマル族と竜族の文化の違いの線もあるか。

 何にせよ、「友達と一緒に選べる買い物」に憧れてたんなら、その夢から醒させないほどにエスコートしてやるべきだよな、俺が、紳士的に。


「じゃあ、じゃあさ! 私がザンのお洋服を一緒に考えていいし、ザンが私のお洋服を一緒に考えてくれるんだよね?」
「ああ、防具もな。日用品だってそうしていい」
「で、でもそうなると、ザンは私に二日間ずっとつきっきりになってくれるってことに……」
「何を今更。出会ってからずっとそうだっただろ?」
「あ……そっか。い、いやじゃない? う、うざくない? 私なんて……」
「なんだよ、何回も言ってるだろ? こんな麗しいレディとご一緒できるなんて、この上ない至福なんだぜ? 男ってのは、綺麗な女性と過ごすだけでも満たされるものなんだ。ロナみたいな、なっ!」


 ロナの顎に触れるか触れないかぐらいのところに手を添え、ハニカみながらそう言ってみた。
 今の言葉に嘘偽りはない。ロナのような美人と一緒に居る環境、それは俺が上京してまで求めていたものの一つだ。

 そんな当の目麗しい美女は、顔を真っ赤にして再び動きを止めた。いつものようにあぅあぅ言っている。

 まぁ、まだこんな調子でいいさ。
 だが……いつか、俺みたいに容姿の賞賛を自分でできるくらいにはポジティブになってもらおうじゃないか。







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ちなみに著者は紅茶を今まで両手足で数えられるぐらいしか飲んだことがありません。コーヒー派です。といってもコーヒーもそんな頻繁には飲みませんが……。

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