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第二部

第94話 俺達と二人の客

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 ──── 時間の流れってのは、忙しいほど早く感じるもんだ。

 《竜星》による四日間の特別講義と、家と土地の正式な受け渡しが終わったのがもう一昨日のこと。

 そして昨日は家具選びをしただけで、あっという間に一日が過ぎ去っていった。
 で、今日の予定も昨日にひき続き家具選びだ。

 昨日の時点ではダイニングテーブルと椅子四つ、それとベッド本体を二台しか買えていない。
 長く使うものだから、俺もロナも選ぶのについ時間をかけすぎちまった。

 さらに、マットレスや毛布といった寝具も揃えてないから、自宅で寝ることができないんだ。
 せめてそれらは早く買っちまって、世話になってる宿からさっさと身を引かなきゃいけないよな。

 しかしな、今日一日でやることはそれだけじゃあないんだ。

 家全体の掃除も少しずつ進めなきゃいけないし、家事がしやすい環境も作っていかねばならない。加えて毎日《竜星》に教わったことの復習もしなきゃダメだ。

 これから一週間は、買い物と家事と鍛錬で一日が終わる……ずーっと忙しいままだろう。
 とはいえ、これこそが新生活。この忙しさこそがまた、楽しかったりするんだよな……!

 
「ザン、おまたせ。準備できたよ!」


 水色のワンピースを身につけ、おめかしをした相棒が二階から降りてきた。いいね、今日もバッチリ決まっている。


「おお、今日も今日とて夜空に瞬く星のように美しいぜ、レディ」
「え、えへ。ありがとっ」


 今更ながら、こんな美女と同居なんて夢みたいだ。
 はは、最近は毎日必ずそう考えているような気がするぜ。


「ザンも、今日もとっても紳士的? だね」
「ふっ、当然さ。俺はいつだってカッコいい──── 」


 ロナにめられ、歓喜に満ちたその時だ。
 この屋内全体にチリリン、と、耳の奥までよく通るような鈴の音が鳴り響いた。この音色は、この家の呼び鈴のもので間違いない。
 

「……おっと、誰か来たようだな」
「叔父さんかな?」
「あるいはご近所さんかもな。俺が出るよ」
「うん、お願い」


 玄関の戸を開けて庭に出ると外の扉門の先に二人の女性の姿が見えた。一方はエルフ族で、一方はホビット族。
 どうやら叔父でもご近所さんでもなかったようだが、知り合いではあったようだな。


「ほんとにザン君がでてきたのです!」
「うん。話、本当だったんだ……ね」


 カカ嬢とドロシア嬢……会うのは十日ぶりくらいだろうか。
 いつか遊びに来てくれるような気はしてたが、流石に今日だとは思ってなかったぜ。

 それにしても、相変わらずだ。
 二人とも、とても美しい。


◆◆◆


「お邪魔しますなのですっ!」
「はい……これ、おみやげ」
「おお! 感謝するぜレディ。ケーキだな」


 とりあえず二人をマイホームの中に入れた。
 そういや元の持ち主であるロナの叔父を除けば、この二人が初めての訪ねてきてくれたお客様ってことになるのか。

 いい、初めての客が二人の美女ってのは、なんかいい。


「あ……ドロシアさんとカカさんだったんだ! いらっしゃいー」
「ロナちゃん、こんにちはなのです! ……あれ、もしかしてこれから出かけるところだったのですか?」
「うん、そうなんですけれど、特に問題は……ないよね? ザン?」
「ああ、急ぐ用事ではないからな」


 忙しいけど、急いでいるわけじゃない。
 客が見えたならそっちを優先させても問題ないのさ。こういうのは、何かに縛られないフリーの身の良いところだよな。


「とりあえず俺は紅茶を淹れてこよう。一緒に頂いたケーキも出すぜ。三人とも、そこの椅子に座って待っててくれ」
「ありがとう、ザン」


 レディにお出しする紅茶は、誠心誠意、全力で真心を込めて……まあ、別に男に出す場合も手は抜かないけどな。

 もらったケーキもいい感じに均等に切り分ける。
 ……俺というジェントルマンはスイーツについてもちょっぴり精通していてな、だからわかるんだ。これはかなりの高級店のものなのだと、な。
 流石はSランクの冒険者だと言うべきか?


「お待たせしたぜ、レディ達。召し上がれ」


 各々にお茶とケーキを配り、俺はロナの隣の空いている椅子に座る。さっそく、カカ嬢がにこやかにお礼を述べながら、紅茶に口をつけた。
 

「いただきますなのです……ふぇ⁉︎ すごっ、おいし……⁉︎」
「ちょっと、おおげさ……?」
「そんなことないですよ! 驚くほどお紅茶が美味しいのです! 飲んでみればわかるのですよ」
「うん……ん⁉︎ ほ、ほんとだ……こ、これ、専門店レベル……」
「ふふっ、そうなんですよ。ザンの淹れる紅茶ってすごいんです!」


 次々と浴びるレディ達からの賞賛の声。

 は、はは。
 はははははははははは!

 ああ……なんとも、最高じゃないか。

 褒められてる……三人の美女達から口々に……。
 幸せだ。俺は今、これ以上に無いほど幸せを感じている!

 紳士のたしなみとして紅茶を極めてて、ほんとうに良かったと思う。ほんっとうに!
 間違いない、俺はこの瞬間のために、いままで紅茶を……! 

 ……って、そうだ。そうじゃないか。

 俺がそもそも王都に来た理由の一つが、複数人の麗しいレディ達と紅茶を飲み交わすことだった。俺がチヤホヤされながら。
 ずっと、そんな至高の瞬間を求めてきたんだ。

 か、叶ってる……! 今まさに夢が叶っているっ!
 隣のロナも、前のドロシア嬢も、斜め前のカカ嬢も、間違いなく麗しのレディだ。そんなレディ達に囲まれ、紅茶の腕を誉められながら談笑をしているんだ、俺は……今! 

 それに、そもそもだ。そもそも。
 名声の獲得と、美しき空間に身を置くこと……この二つを目標に掲げて俺はこの街に来たはずだ。

 名声については、ヘレストロイアに恩を売り、あのザスター・ドラセウスになんか気に入られた。ニュースペーパーに載ってこそいないが、この目標は半分達成したようなもんだろう。

 そして、今のこの状況。
 なんということだ! いつのまにか俺個人の目標を、ほぼ達成してしまっていたようだ。
 俺の中の予定じゃ、早くて二から三年はかかる予定だったんだがな。

 もしかして俺、もう思い残すことなんて──── 。


「……ザン? どしたの?」
「あ、ああ! ははは、悪いな。皆の言う通り今日も紅茶の出来が良くてな、思わずうっとりしてたんだ」
「自画自賛……。でも、それも仕方ない、それほどおいしい」
「はは、お褒めの言葉に感謝するぜ、レディ」


 やばいやばい、なんか意識が飛びかけた。
 それに、ロナとコンビとしての目標がまだまだ残ってるんだ。勝手に一人で満足するのはノットジェントルだったよな。ふぅ。
 
 


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