魔法系男子のゆふるわな日常(希望)

ねじまる

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第一章 青き衣(ジャージ)をまといし者

まほうけいだんし

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「とりあえず、担当さんはそのまま逃げて下さい」

 獲物を逃した黒い腕は、今にも次の一手に転じようとタイミングを計っているようだ。鎌首を上げた蛇のようにゆらゆらと前後運動をしている。

「早くしないとアレに呑まれますよ!」

「うぅうぅわぁぁぁあああっ!」

 俺が急かすと、担当さんは前のめりにバランスを崩しながら逃げていく。
 その後を追って、足跡のように黒い腕がボコボコと床に生えていく。
 幼い頃に劇場で見たコントのようだ。
 
 ムーラシー、うしろ、うしろー。

 そのとき、すっと冷たい空気が背中を撫でた。
 ゆっくり振り向くと、茜色に染まった空を背に人のシルエットが浮かび上がる。
 長い黒髪で顔を隠していた。
 どうやら恥ずかしがり屋さんらしい。
 白い袖無しワンピースから伸びた手足の肌は異様に青白く、生きているとは思えなかった。
 服装からして女性のようだが、男のような雰囲気も漂っている。
 この人がオネェキャラでなければ、様々な霊が合わさっているのだろう。
 悪意というか、殺気がぴりりと肌を刺激する。


 これが本体か。


「どうもー、お邪魔してまーす」

 俺のあいさつに、相手は獣のような唸り声を上げた。
 それに呼応するように無数の黒い腕が天井や床、プリン色の壁からキノコよろしくにょきにょきと生えてくる。

 その黒い腕達が足下から蛇のように這い上がってきた。
 異様に冷たくて鳥肌が立つ。
 逃げるにも泥沼に足を取られたように重くて動けない。
 獲物の怯える様が見たいのか、這い上がる腕達の動きはゆっくりだ。

 抵抗する力を持たない普通の人なら恐怖に怯え、悲鳴を上げてもがくだろう。
 ゴースト系は切れないから、護衛用のナイフや剣も意味がない。

 しかし、俺は悲鳴を上げなかった。
 悲鳴を上げる側の人間ではないからだ。

「えーっと、おねーさん? おにーさん? まあ、どっちでも良いか。とりあえず一言、言わせてくれ……」

 腰の辺りまで黒い腕達が飲み込んできている。
 きゅっと締め上げられる感覚がちょっと苦しい。
 目の前の黒幕は勝ち誇ったように口元を歪めて笑っている。

「喧嘩を売るなら、相手は見た目じゃないってことを覚えておいた方が良いよ」

 俺はセーターの左袖に右手を突っ込み、隠していた杖を取り出した。
 先日、お子様に指揮棒と間違えられたが、れっきとした魔法の杖だ。

「闇の精霊に申し上げる!」

 動じることなく流れるように杖を構えると、黒い腕達が怯むのが見えた。
 それを横目に俺は高らかに呪文を詠唱する。
 詠唱を完成させてなるものかと腕の動きが早まった。

 腰から腹、腹から胸、胸から喉と飲み込まれていく。
 氷水の風呂に入ったように全身が寒い。

「無力にして非力な我に力を与え給え。闇の裁きを我は願う!」

 黒い手が口を塞ぐよりも先に自分の方が早かった。
 演劇部で鍛えられた早口はこんな場面でこそ役に立つ。

 入ってて良かった、演劇部!

「ミーヤ・キサーバー!」

 魔法を発動した瞬間、部屋の空気が変わった。
 俺の口元を塞ぎ、このまま鼻まで塞ごうとしていた手の動きが止まる。
 ヤツ等も自分以外の気配を感じ取ったのだろう。

 それは、じわりと夕闇から滲み出るようにして現れた。

 部屋を浸食している黒い腕達よりも更に黒い、闇の塊が霊の背後に立っている。

「ギッ」

 霊が短く声を発したのは驚きなのか、恐怖のためだったのか、それはわからない。

 闇の塊は天井まで体を伸ばすと、霊を頭から飲み込んだ。
 そしてそのまま床の中へと物凄い勢いで引っ張っていく。
 黒い腕達がざわめき、逃げ惑うように宙を掻いてあがく。
 だが、それは無駄なあがきというもので、イカスミパスタのようにツルツルッと実に気持ちよく闇へと吸い込まれていった。

 俺の身に縋り付いていた黒い腕達も吸い込まれてしまうと、部屋は元の静けさを取り戻した。
 まるで最初から何もなかったかのように。

 元凶を根こそぎシャットアウトしてしまったからか、心なしか部屋の空気も軽くなったように感じる。
 ここで事件や事故が起ったという過去の痛ましい傷は消えないが、アンデッド絡みの事件は再発しないだろう。

「いいい、生きてますかぁ?」

 恐る恐るといった声が入り口の方から聞こえてくる。先に逃げていた担当さんだ。

「モチロン、生きてまーす! もうダイジョーブでーす!」

 元気一杯をアピールしながら応えると、彼が騒がしい足音を立てながら部屋に戻ってきた。
 頬をほんのりと赤く染めて、目は輝いている。
 ちょっとした興奮状態か。

「クレアーレさんって、一体何者なんですか!?」

「あれ? 昨日、俺、その場で履歴書を書かされたんですけど、読んでなかったんですか?」

 すると「えぇ、いや、軽く目を通しはしたんですよ」と曖昧に返された。
 この様子じゃ読んでいないのは明白で。
 俺は肩を竦めながら、昨日書かされた学歴を口にした。

「国立ナルディア魔法学校を卒業し、今は国立アデレイド大学魔法学部・古代魔法研究学科二年のアルカ・クレアーレです」


 魔法、魔法と連呼しているのでおわかりだろうが、俺は魔法系男子である。



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