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告白はお酒の席で④
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車の中では終始無言だ。お互いに気まずいが、結婚してしまったから、喧嘩相手と同じ家に帰るはめになってる。子供のときもそうだった。結局岡地が椎原の家に預けられるから、どんなに喧嘩しても同じ家に帰った。椎原が岡地をどんなに殴っても、酷いことを言っても――
「ごめん」
家の玄関をくぐって、ようやく椎原は岡地に謝ることが出来た。
「岡地、俺を止めただけだよな。お前にキレるのは筋違いだった」
「本当にな」
岡地は何も悪いことをしていない。だから謝罪されて当然という態度をとった。椎原は少し苛つきを覚えるけど抑える。椎原がもう言い返してこないと分かると、岡地は更に続けた。
「お前あんなところで殴ってどうするつもりだったんだ。記事にでもされたら、それこそ取り返しつかねぇぞ。会社の人間に見られてたら言い訳も出来ん」
「分かってるよ……」
「いつも俺が止められるとは限らねぇんだ、もっと我慢を覚えろ」
椎原はまだ靴を履いたままだ。先に上がっている岡地は椎原を見下ろして待っている。椎原は謝ったら説教されて、腹に収めたものがまた出て来そうになったらこのままもう一回外に出ていこうかと思っていた。でも、やめた。岡地が自分を見捨てていないと分かる言動をしたからだ。いつも岡地が椎原を止められるとは限らない、と。
つまり、止められる状況なら、岡地はいつも椎原を止めてくれるということだ。大人しく靴を脱ぐ。
「俺さあ」
壁に持たれて腕組みする岡地に、椎原が含みを持たせて話しかける。
「多分キレるの岡地の前が多いと思うから、またキレたら止めて」
「あ? 聞こえなかったのか、我慢しろって言ってんだ」
「うん。でも俺無理だわ。岡地のこと好きだもん」
玄関に繋がった廊下は男二人で並ぶには狭い。なのに椎原が靴を脱いで上がっても、岡地は場所を譲らなかった。驚いた顔で椎原を見て、動かない。
「お前のことあんな風に言われたら、たまんねぇよ」
椎原がキレた理由を言う。
それこそ、両親の事故に関してはずっと色々言われてきた。ムカつくこともたくさん言われたが、その度に岡地に話を聞いてもらい、それなりの対処が出来るようになった。岡地のおかげだ。それなのに今日の記者は、その岡地すら馬鹿にするようなことを言ってきた。わざと煽るようなことを言ってると分かっていたが、椎原には我慢できなかった。その理由を、岡地本人がまだ受け入れきれてない顔をしているから、椎原はもう一度言う。
「俺、岡地が好きだよ」
ちゃんと、告白だった。
岡地は黙ったまま、頷きもしない。反応があるまで椎原がその場で待ってると、はああああ、と身をかがめて岡地はため息をついた。
「俺がお前のキレるトリガーになるなら、別れるぞ」
好きだと言われたはずが、岡地はそのまま別れ話を切り出す。
「いや、何でだよ! 俺の告白聞いてた!?」
「聞いてた聞いてた」
軽い調子で返事し、岡地がリビングへと行こうとする。このまま話を終わらせたくない椎原は、その腕を掴んで引き止めた。
「離せ」
「好きだって言って、何で別れ話になるんだよ」
腕を引っ張られて距離を詰められ、岡地が思わず振り向いたら至近距離に椎原の顔があり、ギョッとする。体格の良い椎原に詰められると、逃げられない。
岡地が話を流そうとしたのは、余計なことを喋りたくないからだ。せっかく、今の共同生活は上手くいっている。それを壊したくない。しかし真剣な目で問い詰められ、物理的にも逃げられなくされたら、口を開くしかなかった。
「……お前忘れたのか? 中学の時のこと」
野球部、と岡地が補足すると、椎原には岡地が何のことを言ってるのかすぐ思い当たった。
中学の野球部、岡地がいじめられてて、椎原がキレてチームメイトを半殺しにしたときのこと。岡地は当時を思い出して皮肉気に笑う。
「あれのおかげで俺は野球やめたよ。別に良かったけどな、お前に誘われてやってただけだったし。どうせ高校も別だ、お前と離れるにはちょうどいいタイミングだった」
そもそも子供の頃、お互いに特別仲が良いとは思ってなかった二人。何だかんだ一緒に居ることが多くて、それが当たり前だったから、椎原は岡地を誘って一緒に野球をやった。俺ピッチャーやるから岡地はキャッチャーな、って。当然のようにボジションまで指定して言った。でもそれが崩れて、当たり前ではなくなった。部活が違う。高校から学校も変わった。もう親が忙しいからってよその家に預けられるほど、幼くもない。一緒に居る理由が無くなった。すると岡地は、全く椎原に関わろうとしなくなった。椎原はようやく、高校から疎遠になった理由に気づいた。
「お前それで、また今も俺から離れようとしてんのか」
そして今、岡地が別れ話を切り出した理由も。
「……また俺を理由に、お前にキレられたら困るだろ? 実際、今回そうなったしな」
キレた理由の張本人にあざ笑いながらそう言われ、頭に血がのぼる。
「お前……! 何だよ、お前のためにやったんだろ!?」
「迷惑だ、頼んでない」
その通りだ。岡地が言ってることが正しい。すぐに手を上げる椎原は結局迷惑しかかけていない。駄々をこねた子供のようなことを言っていることは椎原にも分かっていた、でも。
「何ですぐそうやって離れようとするんだよ」
高校になった途端、家に遊びにすら来なくなったり、結婚してもすぐ彼女を作れと言ったり。
「山浦を野球部に誘ったのも俺とバッテリー解消したかったからだろ」
「なんだ、気付いてたのか」
あっさりと肯定する岡地に寂しさを感じた。
「気づくに決まってんだろーが、何年の付き合いだと思ってんだ!? わざとらしいことしやがって、やることが陰険なんだよお前は!」
「ははっ、またキレんのか?」
「お前が俺の気持ち無視するからだろ!?」
寂しかった、もっと一緒に居たかった。
椎原に泣きそうな声で言われ、余裕ぶって笑みを浮かべていた岡地の顔が曇る。真っ直ぐな好意を向けてくる相手を無視出来るほど、岡地は嫌なやつじゃない。
「俺と一緒に居るのがそんなに嫌かよ」
嫌かそうじゃないかと聞かれると、岡地は答えづらい――嫌じゃないのだ。
答える代わりに「椎原」と呼ぶ。
「俺はお前のことは嫌いじゃない。発散になるなら野球も結婚ごっこもいくらでも付き合ってやる。でも依存されるなら話は別だ」
「家族になったんだ、依存して何が悪い」
「……俺がお前の地雷になってちゃ意味ねぇんだよ」
結婚して椎原を支えるはずだったのに、と岡地は思う。自分が椎原の安定を崩す理由になっては本末転倒だ。
「そんなの、お前が大事だからだ。俺が好きなやつ大事にしたら駄目なのか」
でも椎原はそれでも構わないと言う。確かに岡地のことでキレることが多いかもしれない。でもそれを止めてくれるのも、止められるのも、岡地しかいない。
椎原の普段とは違うあまりにも素直な物言いに、岡地は対処しきれない。気恥ずかしさすら覚えて、笑ってしまう。
「ふ、大事にされるようなたまでもねぇだろ?」
自分の胸に手を当て、嫌味ったらしく言う。何とか話の矛先を変えようと挑発するが、今の椎原には効かない。
「何でだよ。大事だよ、すげー大事だ。岡地だけ他の奴らよりずっとそうなんだ」
「殴りかかっといてよく言う」
「いくら殴ったってお前俺のそばに居ただろ」
「子供の頃の話か? ……他に行くところが無かっただけだ」
「今は?」
喧嘩していた方がよっぽど良い、と岡地は思う。らしくないし、ここまで椎原に食い下がられたら、どうしたら良いか分からない。
「結婚してんだ。お前だって俺のこと好きだろ?」
それは結婚した直後にも椎原には聞かれた。お前俺のこと好きなのか、って。岡地は答えなかった。それを椎原がどう受け取っていたのか、岡地には分からない。
だから今回はちゃんと答える。
「好きじゃねぇ」
「嘘つくなよ、お前みたいなやつが誰かと一緒に住むなんて好きじゃないと無理だろ」
その通りだ。
結婚を考えた彼女をフッてまで椎原と結婚するなんて、それしか理由がない。岡地は子供の頃、身に沁みて理解していた。
あまり人と関わろうとしない自分が、唯一言いたいことが言えて素を曝け出せる相手は誰か。
自分のために相手を殺そうとするほど、怒ってくれる唯一の人物は誰なのか。
「……それこそ家族だからだろ。兄弟みたいに育ったもんな?」
「それでも結婚までする必要ない」
「だったら何だ。例えそうだとしても俺とお前の言う好きは違うぞ。これからも一緒に生活していけんのか」
「えっ」
開き直った岡地が、好きを認めて別ベクトルから椎原に言い返した。途端に言葉に詰まる椎原に、やはりと思う岡地。男同士だ、好きだと言ってもどういう意味のそれなのか、意思疎通出来ていない。それを椎原も察し、慌てて言葉をつなげる。
「し、していけるだろ!? 確かに、俺も男だからさ、体が反応しちゃうこともあるけど、今までだってどうにかなってたし」
「……は?」
思っていたのとは違う反応が返ってきて、岡地が面食らう。
椎原は、ぐいぐいと絶対に岡地の首を縦に振らせるとばかりに詰めていた先ほどとは違い、今度は自信なさげに岡地に説得を試みる。
「隠れて処理するからいいんだよ、それは! 岡地とどうこうとか考えてねぇから!」
「お前俺とやりたいのか」
せっかく椎原がぼかして話してたのに、ずばり聞いた。即物的な言い方にぐわっと照れが沸き起こる椎原。つばを一度飲み込んでから、岡地の問いに答える。
「……我慢する。だから一緒に住んで」
何を我慢するのか、やはり直接は言えなかった。でも流石に岡地にも分かった。意思疎通が出来た。そして理解した。
何だ、俺と同じか。
だとしたら何て茶番だったんだろう。
「はっ、はははっ!」
身をかがめて、珍しく声を上げて笑う岡地に椎原は呆気にとられる。本当におかしくて笑ってるのか、いや岡地のことだから嘲り笑ってる可能性もある。もしかして引かれたのかと椎原は心配になる。ここまで来て、まさか両想いじゃなかったなんて。考えがまとまらずぐるぐるして、がしっと岡地が椎原の胸ぐらを掴んできても、抵抗出来なかった。岡地に引っ張られる。
「キスしろ」
「は?」
何で、という椎原の問いは岡地に口を合わせられて、飲み込まれた。触れるだけのキスの後、岡地は椎原の様子を確認して、手を椎原の頭の後ろへと回した。まだいける。そう判断して、椎原の頭を固定してやりやすくし、今度は舌を入れる。
「んん!? ふ、う」
椎原はキスの経験はあるが、いつも舌を入れる側だった。こういった行為で受け身になるのは初めてで、しかも岡地がやたらと上手い。主導権を取るのを諦め、戸惑いつつも受け入れる。息継ぎのタイミングを待ってストップをかけた。
「待って待って、俺勃っちゃう」
「やりたくないのか?」
「やりたくないわけじゃ……え、どういう……」
先程まで椎原に好きだと押されて逃げ回っていた岡地とは違う。何事にも動じない、いつもの小憎たらしい態度に戻っている。それがふと色っぽく笑うから、椎原は目が離せない。
「我慢する必要ない。……俺は随分前からお前とやりたかったよ」
「ごめん」
家の玄関をくぐって、ようやく椎原は岡地に謝ることが出来た。
「岡地、俺を止めただけだよな。お前にキレるのは筋違いだった」
「本当にな」
岡地は何も悪いことをしていない。だから謝罪されて当然という態度をとった。椎原は少し苛つきを覚えるけど抑える。椎原がもう言い返してこないと分かると、岡地は更に続けた。
「お前あんなところで殴ってどうするつもりだったんだ。記事にでもされたら、それこそ取り返しつかねぇぞ。会社の人間に見られてたら言い訳も出来ん」
「分かってるよ……」
「いつも俺が止められるとは限らねぇんだ、もっと我慢を覚えろ」
椎原はまだ靴を履いたままだ。先に上がっている岡地は椎原を見下ろして待っている。椎原は謝ったら説教されて、腹に収めたものがまた出て来そうになったらこのままもう一回外に出ていこうかと思っていた。でも、やめた。岡地が自分を見捨てていないと分かる言動をしたからだ。いつも岡地が椎原を止められるとは限らない、と。
つまり、止められる状況なら、岡地はいつも椎原を止めてくれるということだ。大人しく靴を脱ぐ。
「俺さあ」
壁に持たれて腕組みする岡地に、椎原が含みを持たせて話しかける。
「多分キレるの岡地の前が多いと思うから、またキレたら止めて」
「あ? 聞こえなかったのか、我慢しろって言ってんだ」
「うん。でも俺無理だわ。岡地のこと好きだもん」
玄関に繋がった廊下は男二人で並ぶには狭い。なのに椎原が靴を脱いで上がっても、岡地は場所を譲らなかった。驚いた顔で椎原を見て、動かない。
「お前のことあんな風に言われたら、たまんねぇよ」
椎原がキレた理由を言う。
それこそ、両親の事故に関してはずっと色々言われてきた。ムカつくこともたくさん言われたが、その度に岡地に話を聞いてもらい、それなりの対処が出来るようになった。岡地のおかげだ。それなのに今日の記者は、その岡地すら馬鹿にするようなことを言ってきた。わざと煽るようなことを言ってると分かっていたが、椎原には我慢できなかった。その理由を、岡地本人がまだ受け入れきれてない顔をしているから、椎原はもう一度言う。
「俺、岡地が好きだよ」
ちゃんと、告白だった。
岡地は黙ったまま、頷きもしない。反応があるまで椎原がその場で待ってると、はああああ、と身をかがめて岡地はため息をついた。
「俺がお前のキレるトリガーになるなら、別れるぞ」
好きだと言われたはずが、岡地はそのまま別れ話を切り出す。
「いや、何でだよ! 俺の告白聞いてた!?」
「聞いてた聞いてた」
軽い調子で返事し、岡地がリビングへと行こうとする。このまま話を終わらせたくない椎原は、その腕を掴んで引き止めた。
「離せ」
「好きだって言って、何で別れ話になるんだよ」
腕を引っ張られて距離を詰められ、岡地が思わず振り向いたら至近距離に椎原の顔があり、ギョッとする。体格の良い椎原に詰められると、逃げられない。
岡地が話を流そうとしたのは、余計なことを喋りたくないからだ。せっかく、今の共同生活は上手くいっている。それを壊したくない。しかし真剣な目で問い詰められ、物理的にも逃げられなくされたら、口を開くしかなかった。
「……お前忘れたのか? 中学の時のこと」
野球部、と岡地が補足すると、椎原には岡地が何のことを言ってるのかすぐ思い当たった。
中学の野球部、岡地がいじめられてて、椎原がキレてチームメイトを半殺しにしたときのこと。岡地は当時を思い出して皮肉気に笑う。
「あれのおかげで俺は野球やめたよ。別に良かったけどな、お前に誘われてやってただけだったし。どうせ高校も別だ、お前と離れるにはちょうどいいタイミングだった」
そもそも子供の頃、お互いに特別仲が良いとは思ってなかった二人。何だかんだ一緒に居ることが多くて、それが当たり前だったから、椎原は岡地を誘って一緒に野球をやった。俺ピッチャーやるから岡地はキャッチャーな、って。当然のようにボジションまで指定して言った。でもそれが崩れて、当たり前ではなくなった。部活が違う。高校から学校も変わった。もう親が忙しいからってよその家に預けられるほど、幼くもない。一緒に居る理由が無くなった。すると岡地は、全く椎原に関わろうとしなくなった。椎原はようやく、高校から疎遠になった理由に気づいた。
「お前それで、また今も俺から離れようとしてんのか」
そして今、岡地が別れ話を切り出した理由も。
「……また俺を理由に、お前にキレられたら困るだろ? 実際、今回そうなったしな」
キレた理由の張本人にあざ笑いながらそう言われ、頭に血がのぼる。
「お前……! 何だよ、お前のためにやったんだろ!?」
「迷惑だ、頼んでない」
その通りだ。岡地が言ってることが正しい。すぐに手を上げる椎原は結局迷惑しかかけていない。駄々をこねた子供のようなことを言っていることは椎原にも分かっていた、でも。
「何ですぐそうやって離れようとするんだよ」
高校になった途端、家に遊びにすら来なくなったり、結婚してもすぐ彼女を作れと言ったり。
「山浦を野球部に誘ったのも俺とバッテリー解消したかったからだろ」
「なんだ、気付いてたのか」
あっさりと肯定する岡地に寂しさを感じた。
「気づくに決まってんだろーが、何年の付き合いだと思ってんだ!? わざとらしいことしやがって、やることが陰険なんだよお前は!」
「ははっ、またキレんのか?」
「お前が俺の気持ち無視するからだろ!?」
寂しかった、もっと一緒に居たかった。
椎原に泣きそうな声で言われ、余裕ぶって笑みを浮かべていた岡地の顔が曇る。真っ直ぐな好意を向けてくる相手を無視出来るほど、岡地は嫌なやつじゃない。
「俺と一緒に居るのがそんなに嫌かよ」
嫌かそうじゃないかと聞かれると、岡地は答えづらい――嫌じゃないのだ。
答える代わりに「椎原」と呼ぶ。
「俺はお前のことは嫌いじゃない。発散になるなら野球も結婚ごっこもいくらでも付き合ってやる。でも依存されるなら話は別だ」
「家族になったんだ、依存して何が悪い」
「……俺がお前の地雷になってちゃ意味ねぇんだよ」
結婚して椎原を支えるはずだったのに、と岡地は思う。自分が椎原の安定を崩す理由になっては本末転倒だ。
「そんなの、お前が大事だからだ。俺が好きなやつ大事にしたら駄目なのか」
でも椎原はそれでも構わないと言う。確かに岡地のことでキレることが多いかもしれない。でもそれを止めてくれるのも、止められるのも、岡地しかいない。
椎原の普段とは違うあまりにも素直な物言いに、岡地は対処しきれない。気恥ずかしさすら覚えて、笑ってしまう。
「ふ、大事にされるようなたまでもねぇだろ?」
自分の胸に手を当て、嫌味ったらしく言う。何とか話の矛先を変えようと挑発するが、今の椎原には効かない。
「何でだよ。大事だよ、すげー大事だ。岡地だけ他の奴らよりずっとそうなんだ」
「殴りかかっといてよく言う」
「いくら殴ったってお前俺のそばに居ただろ」
「子供の頃の話か? ……他に行くところが無かっただけだ」
「今は?」
喧嘩していた方がよっぽど良い、と岡地は思う。らしくないし、ここまで椎原に食い下がられたら、どうしたら良いか分からない。
「結婚してんだ。お前だって俺のこと好きだろ?」
それは結婚した直後にも椎原には聞かれた。お前俺のこと好きなのか、って。岡地は答えなかった。それを椎原がどう受け取っていたのか、岡地には分からない。
だから今回はちゃんと答える。
「好きじゃねぇ」
「嘘つくなよ、お前みたいなやつが誰かと一緒に住むなんて好きじゃないと無理だろ」
その通りだ。
結婚を考えた彼女をフッてまで椎原と結婚するなんて、それしか理由がない。岡地は子供の頃、身に沁みて理解していた。
あまり人と関わろうとしない自分が、唯一言いたいことが言えて素を曝け出せる相手は誰か。
自分のために相手を殺そうとするほど、怒ってくれる唯一の人物は誰なのか。
「……それこそ家族だからだろ。兄弟みたいに育ったもんな?」
「それでも結婚までする必要ない」
「だったら何だ。例えそうだとしても俺とお前の言う好きは違うぞ。これからも一緒に生活していけんのか」
「えっ」
開き直った岡地が、好きを認めて別ベクトルから椎原に言い返した。途端に言葉に詰まる椎原に、やはりと思う岡地。男同士だ、好きだと言ってもどういう意味のそれなのか、意思疎通出来ていない。それを椎原も察し、慌てて言葉をつなげる。
「し、していけるだろ!? 確かに、俺も男だからさ、体が反応しちゃうこともあるけど、今までだってどうにかなってたし」
「……は?」
思っていたのとは違う反応が返ってきて、岡地が面食らう。
椎原は、ぐいぐいと絶対に岡地の首を縦に振らせるとばかりに詰めていた先ほどとは違い、今度は自信なさげに岡地に説得を試みる。
「隠れて処理するからいいんだよ、それは! 岡地とどうこうとか考えてねぇから!」
「お前俺とやりたいのか」
せっかく椎原がぼかして話してたのに、ずばり聞いた。即物的な言い方にぐわっと照れが沸き起こる椎原。つばを一度飲み込んでから、岡地の問いに答える。
「……我慢する。だから一緒に住んで」
何を我慢するのか、やはり直接は言えなかった。でも流石に岡地にも分かった。意思疎通が出来た。そして理解した。
何だ、俺と同じか。
だとしたら何て茶番だったんだろう。
「はっ、はははっ!」
身をかがめて、珍しく声を上げて笑う岡地に椎原は呆気にとられる。本当におかしくて笑ってるのか、いや岡地のことだから嘲り笑ってる可能性もある。もしかして引かれたのかと椎原は心配になる。ここまで来て、まさか両想いじゃなかったなんて。考えがまとまらずぐるぐるして、がしっと岡地が椎原の胸ぐらを掴んできても、抵抗出来なかった。岡地に引っ張られる。
「キスしろ」
「は?」
何で、という椎原の問いは岡地に口を合わせられて、飲み込まれた。触れるだけのキスの後、岡地は椎原の様子を確認して、手を椎原の頭の後ろへと回した。まだいける。そう判断して、椎原の頭を固定してやりやすくし、今度は舌を入れる。
「んん!? ふ、う」
椎原はキスの経験はあるが、いつも舌を入れる側だった。こういった行為で受け身になるのは初めてで、しかも岡地がやたらと上手い。主導権を取るのを諦め、戸惑いつつも受け入れる。息継ぎのタイミングを待ってストップをかけた。
「待って待って、俺勃っちゃう」
「やりたくないのか?」
「やりたくないわけじゃ……え、どういう……」
先程まで椎原に好きだと押されて逃げ回っていた岡地とは違う。何事にも動じない、いつもの小憎たらしい態度に戻っている。それがふと色っぽく笑うから、椎原は目が離せない。
「我慢する必要ない。……俺は随分前からお前とやりたかったよ」
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