華夏の煌き~麗しき男装の乙女軍師~

はぎわら歓

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 たまには健康診断を受けるようにと、星羅は医局長の陸慶明に言われていたので数か月ぶりに陸家を訪れる。軍師見習いとして学んでいることや、献策について絹枝にも報告がてらだった。
 脈を測る慶明は久しぶりに会うと何やら表情は暗く元気がない様子だった。

「おじさま、なんだかお疲れね」
「いや、そんなことないさ」
「薬師の不養生じゃないかしら」
「ははは。これは星羅に言われてしまったな」

 星羅との一時は、慶明にとって和やかな時間だ。しかしその時間はすぐに過ぎる。

「旦那さま、奥様がお戻りです」
「そうか。わかった」

 春衣に言われて慶明は立ち上がり「では、これで」と星羅に寂しげなほほえみを見せた。春衣は逆に強気な態度でちらっと星羅をみてから慶明の後をついて去った。
 少しばかり居心地の悪さを感じながら、絹枝の書斎へと赴いた。いつの間にか小川にかかっていた太鼓橋は平坦なものとなり、幅も広く丈夫なものに変わっている。

「おかえりなさい絹枝老師」
「ただいま。どう? 慣れてきた?」
「ええ、同期生も面白い人たちで」
「そう。それならいいわね」

 慶明同様、絹枝もなんだか元気がない様子だ。

「あの、お疲れなんですか?」
「え? そう見える?」
「慶明おじさまも調子があまりよくなさそうでしたけど」
「あら、あの人は陽気になってもいいだろうにね……」

 少しとげのある言い方に、星羅は気まずさを感じる。

「お疲れでしたら、わたしはこれで……」
「いいのよ。もっと聞かせてちょうだい。生徒が希望の進路に向かっている話を聞くと嬉しくなるのよ」

 寂し気に笑う絹枝としばらく話をしてから星羅は席を立った。屋敷の門から出ようとするとちょうど息子の明樹が帰宅したところだった。

「やあ星羅。久しぶりだな」
「ほんと!」

 馬から降りた明樹は、兵士らしく簡易な鎧を身に着け腰に剣を挿している。カチャカチャと金属音をさせながら馬を撫で、門前の使用人に手綱を渡す。

「どうだ。軍師省は?」
「面白いわ。明にいさまは一等兵になられたとか」
「ああ、もうすぐ上等兵さ」
「さすがね! おじさまも老師もお喜びになるわね」
「ん、まあ父上も母上もほんとうは文官になって欲しかったろうから、どうだろうな」
「そういえば、お二人とも様子が変だったの。どうしてかしら」
「ああ、知らないのか」
「何を?」

 一瞬ためらいを見せたが明樹は星羅にそっと耳打ちする。

「父上が側室を迎えるのだ」
「え……。おじさまが側室を」
「すぐわかるだろうから隠さないが、春衣が側室になるんだ」
「まあ。春衣さんが」

 確かに医局長の慶明ならば、一人二人側室がいてもおかしくはない。しかし春衣を側室にするならばもう少し早くてもよかっただろうにと思う。

「実は春衣が身籠ったんだ。それで今頃、側室にするのだろう」

 ぽかんとする星羅に明樹は優しく笑う。

「男と女のことはよくわからないよな。しかも母上が春衣にいい縁談の話を持ってきていてさ。それが、ご破算になったからまた気まずいったらさ」
「絹枝老師はお辛いでしょうね」

 誰かをまだ愛したことはない星羅だが、自分の育ての父母、彰浩と京湖の仲の良さを思うと絹枝に同情した。

「どうかな。母上はもともと一人くらい側室を置いてもよいとお考えだったし」

 学業に熱心な絹枝は、夫婦関係にはドライらしく、他所で派手に遊ばれるより側室を抱えるほうが良いと考えるようだ。

「明にいさまに弟か妹ができるわね」
「そういえばそうだな」

 からっとした明樹もそれほど気にしていないようだ。一番慶明が複雑そうな雰囲気を醸し出していることが星羅にはわからなかった。

「そろそろにいさまも、ご結婚かしら」
「ああ、母上もそんなこと言ってたな」
「もう誰かを娶ってもよいころね」
「その辺は母上に任せるさ」

 軽い会話を楽しみ二人は別れた。陸家の使用人が、彼女の馬、優々を連れてきてくれた。礼を言い、さっと馬にまたがる。

「さて優々、帰りましょう」

 優々はヒヒンと返事をして駆け出す。西日を追いかけると星羅の空色の着物が朱色に染まる。

「わたしもいつか結婚するのかしら」

 全く想像ができなかった。それよりも軍師として身を立て、母、胡晶鈴を探し出すことが星羅にとって大事なことだった。
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