華夏の煌き~麗しき男装の乙女軍師~

はぎわら歓

文字の大きさ
72 / 127

72 縁談

しおりを挟む
 朱家では久しぶりに家族4人揃い、夕げの席では会話が盛り上がっていた。星羅が軍師見習いから助手に昇格する間に、兄の京樹はすでに教官になっていた。養父の彰浩もその腕を見込まれ、成形の主任となっている。夫と子供たちの話を、京湖は嬉しそうに聞いている。

「華夏国は女人の進出が目覚ましいのね」
「かあさま、西国の女人は違うの?」
「家事しかしないものなの。外に出ることは許されないわね」
「かあさまも外で仕事をしたい?」
「ううん。私は家事が好きよ。若いころは家事すらしたことがなかったのだから」

 ふふっと笑って京湖は立ち上がり、星羅を後ろから抱きしめる。彼女はスキンシップが好きで、感情が高ぶると側にいるものを抱きしめるのだ。

「ありがとう。星羅。私のことを気遣ってくれてるのね。私はこうやって家を整えて食事を作って、あなたたちの話を聞くことが大好きだわ」
「かあさま……」
「こんなに幸せな日が来るなんて思いもしなかった」

 目を細め微笑んでいる京湖を、見つめながら彰浩も笑んでいる。

「だから何も気にしないで。星羅は星羅の好きなことを頑張ってくれたら私はとても嬉しい」
「そう。それならわたしも嬉しいわ」
「ふふっ。じゃ、お茶でも淹れるわね」

 茶を淹れに席を立ち、京湖は台所へと向かった。星羅が食器を片付けていると、扉を叩く音が聞こえた。彰浩が立ち上がり「誰だろうか」と様子を見に行った。
 京樹も「客なんて珍しいね」と扉のほうを見つめる。朱家に客が訪れることがほぼないので、ちょっとしたイベントのようだ。
 彰浩がすぐに客を連れて戻ってきた。星羅はその客をみて「あらっ」と声をあげた。図書館長の張秘書監だった。

「やあ、こんな時間に失礼。皆さんがお揃いのところでと思ってたのでな」
「こちらへどうぞ」

 彰浩は客間に通し、椅子を差し出す。

「これはどうも。わしは座卓よりも椅子のほうが膝が楽でいい」

 ふっくらした腹をゆすって腰掛けると木製の椅子がぎしっとなった。朱家では床に座る習慣がないため、椅子生活だ。

「しかもなかなか座り心地がよい。どちらで手に入れたのですかな?」
「これは私が作りました」
「ほう! さすが官窯で一二を争う腕前ですなあ!」

 机も椅子も器用な彰浩の手作りだった。机や椅子も、彼の作る陶器と同じく飾り気のないシンプルで飽きのこないものだ。
 京湖がシナモン入りの紅茶を張秘書監に差し出すと彼は、また嬉しそうに「いい香りですなあ」と腹をゆすった。

「で、どのようなご用件で」
「医局長の陸慶明殿をご存じだと思いますが」
「ええ、もちろん」
「こちらを預かってまいりました」

 机の上に風呂敷包みを広げて中から書状をとりだす。竹簡ではなく、上等な紙の巻物だ。手渡された彰浩は中に目を通し「星羅、こちらへ」と後ろのほうで様子を見ていた星羅を呼ぶ。

「読んでご覧」
「はい」

 それほど長い文章ではないが、星羅を十分に驚かせる内容だった。

「あなた?」

 京湖が心配そうに声を掛ける。京樹も黙って様子を見守っている。

「星羅に縁談の話だ」
「縁談? 陸殿から?」

 いきなりの話に慌てる京湖に張秘書監が「いやいや、息子の明樹殿ですよ」と説明した。陸慶明が張秘書監を仲人に立て、息子の明樹との縁談を持ってきたのだった。

「いい話だと思うが、星羅の意思を尊重したいので」
「ええ、ええ。先方もそう言ってました。で、こちらは星羅殿に」

 星のような桔梗のような形の花がちりばめられた金細工のかんざしだった。店先では見られないような繊細な造りはおそらく特注品であろうと思われる。

「綺麗ねえ。とても星羅に似合うと思うわ」
「ええ、綺麗」

 紺色の布地の上で輝くかんざしはまるで天の川のようだ。しかし朱家の4人は突然の申し出にどう反応したらいいのかわからず、陸慶明からの書状とかんざしを交互に見るだけだった。

「では、これで。数日したらまた参りますので、その時にできたらお返事を下され」

 シナモン紅茶をうまそうに飲み干して張秘書監は立ち上がる。彰浩は彼を見送るため外に出ていった。固まっている星羅の肩に京湖はそっと手を置く。

「星羅。気に入らない縁談なら断っていいのよ? 陸家にはお世話になっているけど、気にしなくていいのよ」
「かあさま……」

 京湖の顔を見た後、星羅は京樹のほうへ目をやる。

「京にいはどう思う?」
「どうって……。星羅の好きにすればいい」

 そういった後、珍しく不機嫌そうに京樹は部屋に戻っていった。京樹の後姿を不思議そうに見ていた京湖はとりあえず今日はもう休むようにと星羅に告げる。
 星羅は言われるまま、部屋に行き寝台に横たわった。

「明兄さまと結婚……」

 まえに冗談で明樹が星羅を娶ってやると言っていたが本気だったのだろうか。結婚することに関しては肯定も否定もない。同級生だった女学生たちはもうほとんど結婚しているようだ。
 明樹のことを慕ってはいる。彼は明るく気さくで武芸にも秀でていて勉強も熱心だ。星羅が学生であったころ、彼にあこがれる女生徒は多くいて、星羅も素敵な男性だと思っていた。
 絹枝老師に会うために陸家によく訪れるようになると、明樹が気さくに声を掛けてくれ、いつの間にか軍師試験などの協力者になってくれていた。
 人柄も家柄も申し分ない縁談なので断る理由を探すほうが難しい。

「馬には乗ってみよ人には添うて見よ、かなあ」

 恋心は曹隆明によってはかなく消え去った星羅にとって、自分の気持ちを考えることはなかった。明日、郭蒼樹にも相談してみようと目を閉じた。眠りにつく瞬間に思い描くのは曹隆明だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

黒騎士団の娼婦

星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

お飾りの妃をやめたら、文官様の溺愛が始まりました 【完結】

日下奈緒
恋愛
後宮に入り、妃となって二年。 それなのに一度も皇帝に抱かれぬまま、沈翠蘭は“お飾りの妃”としてひっそりと日々を過ごしていた。 ある日、文部大臣の周景文が現れ、こう告げる。 「このままでは、あなたは後宮から追い出される」 実家に帰れば、出世を望む幼い弟たちに顔向けできない――。 迷いの中で手を差し伸べた彼にすがるように身を預けた翠蘭。 けれど、彼には誰も知らない秘密があった。 冷たい後宮から始まる、甘くて熱い溺愛の物語。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...