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 坂道をゆるゆると月光浴をしながら登る。

懐かしい小屋が見えてきた。

当時に比べ少し朽ちているようで、月明かりが向こう側の壁から透けて見えるようだ。



 もうすぐ目の前に差し掛かった時何やらうめき声が聞こえた。

(えっ?)

あたりを見まわしたが何もない。

警戒しながらそっと小屋の方へ向かうと、またはっきり女の声が聞こえた。

小屋の中からだった。



 珠子は壁の隙間からそうっと覗き込み、目を凝らす。

(お母さまとお父さま……)


 朽ちた古い廃屋で、硬い床の上で、抱き合う両親を見つめると、これが『アイシアッテイル』ことなのだと思った。

自分と夫の文弘との行為がまるで両親と違うものに思える。



 なんだか泣きたくなったとき、そよ風が甘い香りを運んできた。

(銀木犀の香り……)



 珠子はそっと足音を立てないように小屋から離れ、銀木犀の咲いている方へ向かって歩き出した。

白い小さな花々が見え始め、葉子の声は届かなくなった。

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