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 田舎とはいえ、都会が近いので空襲に見舞われることが多々あった。

珠子は蓄えを出来るだけ食物に変え、畑仕事に勤しんだ。

幸い、水といも類は豊富で三人でなんとか食つなぐことはできそうだ。



 キヨも危機感からか、身体の機能はほぼ回復している。

しかし顔のやけどは初めて見るものをぎょっとさせた。

常に手拭いをかぶり下を向いて作業をするキヨは一心不乱に雑草を抜いている。



「キヨさん、ちょっと休みましょう」

「ええ」

 近くの小川でタニシをとっている吉弘に「おいでー。お昼にしましょー」と珠子は声を掛けた。

「はあーい」



 吉弘はバケツに椀一杯くらいのタニシをとり自慢げに見せびらかした。

「どう?いっぱいでしょー」

「凄いわね。今日はこれで美味しいお汁を作れるわ」

「吉弘はタニシとるのが上手なのね」

 二人に褒められて吉弘は嬉しそうに握り飯を頬張る。



 吉弘は文弘によく似ており、柔らかそうなこげ茶色の髪と品の良い細い顔立ちをしていた。

洋装がとても似合うだろうと、ぼろの着物をまとった吉弘の姿を見ながら、珠子は文弘のことを思い出していた。





 戦争はいつ終わるのだろうか。

人のうわさ話では、日本は上り調子であらゆる外国を従え、世界の先頭に立つ国になるという。

その話をまともに信じることはできなかった。

物価の上昇と品不足、都会から疎開してくる人たちを目の当たりにしていると勝っているとはとても思えなかった。

 しかし珠子にとって日本と世界がどうなっているのかを知るよりも、吉弘を成人まで育て上げることのほうが大事であった。
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