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8 屋敷にて
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間もなくミズキが到着するとニシキギは自ら出迎え、従者ともども驚かせる。
扇で顔を隠しながらミズキはニシキギに手を引かれ屋敷の中に入った。牛車を降りて好奇心故にあたりを見渡したかったが、無作法であろうとやむなく諦め、静かに歩いた。
「ちと狭いが許せ」
耳元で優しい労わるような声が聞こえ、はたと顔をあげミズキはニシキギの顔を見、そしてすぐさま目を伏せた。ニシキギの優しさと寂しさと愁いを帯びた瞳に、ミズキは射貫かれるような思いがし、その瞬間、クチナシへの複雑な思いが頭をよぎる。クチナシはこの人だと言う人とつがいになり、生涯を共にしたいと言っていた。ニシキギを一目見ればそう思うのではないかと、早鐘を打つ胸を気取られぬように震える指先に力を込めて歩く。
「疲れたのであろう。このように強張って……。今日はもう休まれるがよい」
「は、はい……」
触れる指先に熱がこもるのを感じ、更には頬も熱くなる。この初めての状態にミズキはきっと旅の疲れだろうと、これ以上追及することなく屋敷に上がり休むことにした。
屋敷にしばらくニシキギの訪れはなく、ミズキは書を読み、琵琶を弾き、庭の木々を愛でる日々を過ごす。地方とはいえ受領の姫である立場としてここにいるので、下働きをすることは出来ず、かといってクチナシのような溌剌とした話し相手もおらず暇をもてあそぶ。ニシキギから何か欲しいものがあれば女房に言えばよいと言われていたが、欲しいものも思いつかなかった。
十三夜の月が美しい晩、やっとニシキギが通ってきた。ミズキは心待ちにしていた気持ちと確認しておかなければならないことを話そうと静かに待つ。衣擦れの音がだんだん大きくなり、御簾が上がると月光を背にニシキギが「待たせたね」とそばに座る。ミズキは優しい声と甘い香りを聞き、やはり胸の鼓動が大きくなるのを感じた。外の方が明るいのではないかと思う薄暗い寝室でミズキは緊張しながらもニシキギに尋ねた。
「宮様、お聞きしたいことが」
「なんだ? 宮様とは堅苦しいな」
親王を相手に堅苦しさを崩すことなど想像もつかず、ミズキは困惑するがそのままにし、続きを話す。
「私をお見初めくださったのはいつ、どこででしょうか?」
「そんなことが気になるのか。変わった姫君よなあ。ああ、四の姫よ、名は何と申す?」
「そ、その前に宮……、殿のお答えを」
「ふふふ。殿か、まあ良い。春の終わりであったな、そなたを見たのは。滝に打たれておっただろう。なぜあのようなことをしていたのか後で話しておくれ」
「滝に……」
病床にあった母の願いによる代わりの禊であった。ぼんやりと母を想いながらも、ニシキギが見初めたのがクチナシではなく自分であることに安堵した。
「ミズキと申します」
「良い名だ」
薄闇に白いニシキギの顔が朧月のようであった。
ニシキギとミズキは静かだがゆるゆると時間を過ごし、庭の木々を愛でたり、楽の音を共に響かせたりした。
「殿は琵琶がたいそうお上手ですね」
「長らく弾いていただけだ。私には特にこれといって秀でたものはなくてな」
「そのような……」
「いや、本当だ。弟などは詩文も才気あふれるものがあるし舞も得意だな。あのものが本当は……」
話の途中で口をつぐんでしまったが、ミズキは追及することなく静かに寄り添った。
「ここはとても心地よい。時が止まっているようだな」
位の高さ故、ニシキギには思い煩うことも多いのであろうか。ミズキにはこの屋敷で過ごす時のニシキギの姿しか知らない。 陰りのある横顔を見ていると、女の身である自分には何ができるのであろうかと考えたが、結論は出ず、静かに求められることを待つのみだった。
扇で顔を隠しながらミズキはニシキギに手を引かれ屋敷の中に入った。牛車を降りて好奇心故にあたりを見渡したかったが、無作法であろうとやむなく諦め、静かに歩いた。
「ちと狭いが許せ」
耳元で優しい労わるような声が聞こえ、はたと顔をあげミズキはニシキギの顔を見、そしてすぐさま目を伏せた。ニシキギの優しさと寂しさと愁いを帯びた瞳に、ミズキは射貫かれるような思いがし、その瞬間、クチナシへの複雑な思いが頭をよぎる。クチナシはこの人だと言う人とつがいになり、生涯を共にしたいと言っていた。ニシキギを一目見ればそう思うのではないかと、早鐘を打つ胸を気取られぬように震える指先に力を込めて歩く。
「疲れたのであろう。このように強張って……。今日はもう休まれるがよい」
「は、はい……」
触れる指先に熱がこもるのを感じ、更には頬も熱くなる。この初めての状態にミズキはきっと旅の疲れだろうと、これ以上追及することなく屋敷に上がり休むことにした。
屋敷にしばらくニシキギの訪れはなく、ミズキは書を読み、琵琶を弾き、庭の木々を愛でる日々を過ごす。地方とはいえ受領の姫である立場としてここにいるので、下働きをすることは出来ず、かといってクチナシのような溌剌とした話し相手もおらず暇をもてあそぶ。ニシキギから何か欲しいものがあれば女房に言えばよいと言われていたが、欲しいものも思いつかなかった。
十三夜の月が美しい晩、やっとニシキギが通ってきた。ミズキは心待ちにしていた気持ちと確認しておかなければならないことを話そうと静かに待つ。衣擦れの音がだんだん大きくなり、御簾が上がると月光を背にニシキギが「待たせたね」とそばに座る。ミズキは優しい声と甘い香りを聞き、やはり胸の鼓動が大きくなるのを感じた。外の方が明るいのではないかと思う薄暗い寝室でミズキは緊張しながらもニシキギに尋ねた。
「宮様、お聞きしたいことが」
「なんだ? 宮様とは堅苦しいな」
親王を相手に堅苦しさを崩すことなど想像もつかず、ミズキは困惑するがそのままにし、続きを話す。
「私をお見初めくださったのはいつ、どこででしょうか?」
「そんなことが気になるのか。変わった姫君よなあ。ああ、四の姫よ、名は何と申す?」
「そ、その前に宮……、殿のお答えを」
「ふふふ。殿か、まあ良い。春の終わりであったな、そなたを見たのは。滝に打たれておっただろう。なぜあのようなことをしていたのか後で話しておくれ」
「滝に……」
病床にあった母の願いによる代わりの禊であった。ぼんやりと母を想いながらも、ニシキギが見初めたのがクチナシではなく自分であることに安堵した。
「ミズキと申します」
「良い名だ」
薄闇に白いニシキギの顔が朧月のようであった。
ニシキギとミズキは静かだがゆるゆると時間を過ごし、庭の木々を愛でたり、楽の音を共に響かせたりした。
「殿は琵琶がたいそうお上手ですね」
「長らく弾いていただけだ。私には特にこれといって秀でたものはなくてな」
「そのような……」
「いや、本当だ。弟などは詩文も才気あふれるものがあるし舞も得意だな。あのものが本当は……」
話の途中で口をつぐんでしまったが、ミズキは追及することなく静かに寄り添った。
「ここはとても心地よい。時が止まっているようだな」
位の高さ故、ニシキギには思い煩うことも多いのであろうか。ミズキにはこの屋敷で過ごす時のニシキギの姿しか知らない。 陰りのある横顔を見ていると、女の身である自分には何ができるのであろうかと考えたが、結論は出ず、静かに求められることを待つのみだった。
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