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レッドシャドウ 田中赤斗(たなか せきと)編

7 黒彦の薬

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 茉莉が『イタリアントマト』に勤め始めて三か月たった。桃香はもうランチを手伝うことはなく黒彦と書店の仕事をしている。

「えっと今月の雑誌は何の特集が多いかな」

女性向け雑誌の傾向をざっと見る。夏に向けてダイエットと美肌特集が多かった。

「ふう。ダイエットかあ。茉莉ちゃん素敵になったなあ」

週一の太極拳教室でしか、今は茉莉と会っていないがここ最近彼女はぐっと痩せた。痩せてくると目鼻立ちもすっきりし始めてくる。
気づくと茉莉はハンサムな彼女だった。

「はあ、まるで男役の人みたい。ふふっ」

女性だけで構成された劇団の雑誌を読みながら桃香がうっとりしていると、後ろから黒彦に声を掛けられた。

「どうしたんだ。ぼんやりして」
「え、いや、特に何も」
「ふーん」
「あ、そうだ。『イタリアントマト』の茉莉ちゃんがすっごく痩せて、カッコよくなったんですよー」
「そうか、よかったな」
「なんか赤斗さんとバスケもやってるみたいだし。お似合いですよね」
「バスケか。健康的だな」

「しかも、バスケした後公園でデートしてるみたいですよ」
「ほう、茉莉という娘は結構大胆だな」
「大胆? なんでですか?」
「赤斗と公園でデートだろう?」
「ええ。それのどこが?」
「くっくっく」
「もう! なんですか? いやらしい笑い方して!」
「なに? いやらしいだと? 俺のどこがだ。赤斗の方がいやらしいだろう」
「えー? 赤斗さんなんか爽やかさの代名詞ぐらいの人ですよ。茉莉ちゃんだってバスケットマンだし。爽やかカップルだなあー」
「ふん。そんなに言うなら俺とも今晩、公園でデートしよう」
「夜に?」
「ああ、楽しみにしていろ」
「え、はあ」

黒彦は何か思惑がありそうな様子でまた店の奥に戻っていった。桃香はなんだか釈然としなかったが気にせず店番を続けることにした。


 書店のシャッターを下ろし、二人で外に出て商店街を歩く。
ほとんど昼間の店は閉まり、夜の町へを変わっていったが『イタリアントマト』はまだ客が入っているらしく開店中だった。

「繁盛してますね。今度ディナーしにきましょうよ」
「そうだな」

のんびりと歩き商店街を抜け、公園に向かう。スライミー怪人に襲われてから、桃香はこの公園を訪れていなかった。

「あー、久しぶり。そこそこ、そこのベンチに座ってたらスライミー怪人に襲われたんですよ」
「そ、そうか」

 自分の生み出した怪人に桃香が襲われた話を聞くのは、黒彦にとって少々気まずかった。

「でも、おかげでピンクシャドウになってみんなに出会えて――」

嬉しそうに話す桃香を眺めると黒彦の当時の殺伐とした気分も癒されていく。二人で黙って公園でのんびりくつろぐ。

「夜の公園もいいですね。なんか静かで」
「ふっ。飲み物を持ってきたおいた」
「あ、ほんとですか。うれしいな」

小さなマグボトルを黒彦はとりだし、桃香に渡す。とろりと甘い蜜のような味わいの飲み物が桃香ののどを潤す。

「美味しい。なんですか? これ」
「ん、赤斗が作ったフルーツジュースだ」
「へえー」
「それよりも公園でデートってこうやって座って話すことだと思ってるのか?」
「違うんですか?」
「ふふっ」

相変わらず思わせぶりだなあと、黒彦を見ながら思っていると肩を抱かれた。

「寒くないか?」
「うん。あったかい」
「耳をすませてみろ」
「?」

桃香は目を閉じて音を探る。少し風があるのだろうか、木がさわさわ鳴る。そして何か聞こえてくるものがあった。

「え?」
「しっ!」

黒彦はぐっと桃香を抱き寄せ、唇に指先を当てる。
静かにしていると、この聞こえてくる音が人の息遣いだとわかった。

「あ、あの、これって」
「ふふふっ、もうわかっただろう」
「え、やだ、帰りましょうか」
「いや、せっかくだ。もう少し楽しもう」
「で、でも――」

息遣いに女性の喘ぐ声も混じってきている。桃香は耳が真っ赤になるくらいに恥ずかしい気持ちになってきた。

「なんか、もう」
「なんだ?」

黒彦がまっすぐに見つめてくる。抱かれた肩が熱い。

「あの――」
「赤斗に言わせると外でこういう行為をするのは自然なことらしい」
「そ、そんな」
「そろそろだな」

ちらりと公園の時計を黒彦は眺めた。そしてそっと桃香のスカートの中に手を入れ、閉じた太腿を撫で上げる。

「あっ、あの」
「嫌か?」
「あ、わか、んない」

唇が重ねられ、ゆるゆると舌を忍び込まされると桃香は腰から力が抜け始める。

「ん――」

黒彦の指先が桃香のショーツに触れる。

「うっ、ふっ」
「ふふっ、声を出すと聞かれるぞ」
「くっ、んんん」

桃香は唇を噛んで黒彦の指先が敏感な突起を撫でまわすのを耐える。

「どうだ?」
「あ、う、き、きもち、いっ」

再び唇を重ねられ、深く舌を入れられた時には、もう桃香は強い快感がほしいと願うばかりだった。

「やめようか」
「い、あ、ん、いや、おねが、い、イカせて――」
「くっくっく。いやらしいな」

回転をゆるめると桃香は黒彦にしがみつくように抱きついてくる。

「やめ、ないで」
「可愛いな――」

頬は紅潮し目は潤んでいる。指先で花芽を圧迫し回転させると、黒彦の耳元に桃香の熱い途切れ途切れの息がかかる。

「あっ、くぅっ」

桃香の身体がびくっと一瞬跳ねたようになり、ぎゅうっとより強い力で黒彦は抱きしめられた。

「イッたか」
「あ、はぁ、あ、はぁ、ん」

力が抜けたような桃香の身体を支え、スカートを撫で整えてやる。呼吸が落ち着くころに桃香がとろりとした目を向ける。

「あ、あたし、こん、な、ところで――」
「ふふっ。これ以上はしない。俺は青姦趣味ではないからな」
「や、やだ――なんで」

桃香には公園のベンチで黒彦に感じさせられることを望んでしまったことが不思議だったし、落ち着くと羞恥心がとんでもなく沸く。
そしてさっき飲んだ飲み物の事を思い出す。

「まさか黒彦さん、私に変なもの飲ませてないですよね?」
「ん? ばれたか」
「ええっ? 飲ませたんですか?」
「ふふっ」
「どうりで、なんかおかしいと思った」
「催淫剤なんかは飲ませてない。さっき飲んだのは正直になる薬だ」
「え? 正直になる薬?」
「そうだ」
「そんなあ」

そう言われるともっと恥ずかしくなってしまい、黒彦を責めることが出来なくなってしまった。

「なかなかいいものだったな。いつもは案外正直ではないらしい」
「や、やだ――」
「さあ、帰って続きをしよう」
「もう、変な薬、飲ませないで」
「くっくっく。じゃあ、いつも正直でいることだな」

桃香は帰ったらこっそり何か黒彦に一服盛ってやろうと考える。それでも正直になる薬というのは使い方によってはすごくいいものにも思えていた。
黒彦はこの薬の持続時間と改良の余地があると考えている。2人は思惑を交差させながら家に帰っていった。


 黒彦が入浴している間、桃香はこっそり隠されていた催淫剤を見つけ出す。

「あったあった。これこれ」

風呂から上がった黒彦に飲み物を渡すのは、見え見えでばれてしまうだろうと思い、薬は彼のいつも使うグラスの内側に塗っておく。

「うふふっ。この薬のせいでみんな大変な目にあたんだからねー」

素知らぬ顔で桃香はベッドにもぐって黒彦を待った。カチャリとドアが開き、黒彦がベッドに入ってくる。

「寝たのか?」
「……」

桃香は寝たふりをして様子を見る。触れる肌が熱くなっている。しばらくすると黒彦は荒く息を始める。

(ふふふっ)

「な、なんだか。ムラムラする。暑いせいか?」

黒彦は起き上がり、パジャマを脱ぎ裸体になった。自分の強い起立を見て、桃香に目をやった。

「盛っただろう? 薬」

桃香は待ってましたとばかりに起き上がり「ブラックシャドウ! あなたもシャドウファイブの苦しみを知りなさい!」としたり顔で指をさす。

「くっくっく。ピンクシャドウ。よく俺に飲ませることが出来たな」
「へへーん」

得意になっている桃香に黒彦は「だが、甘かったな。この効果はお前の身体でなくさせてもらおうか」と笑った。

「えっ……」
「ちなみに解毒剤は作っていない。俺はブラックシャドウだからな、シャドウファイブと違って紳士ではない。くっくく」
「そんな……」

その夜、黒彦が三度達するまでに、桃香は七回も絶頂を与えられた。そして紳士ではないがフェミニストの彼は桃香の仕事を午前中いっぱい休みにしてくれた。
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