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イエローシャドウ 井上黄雅(いのうえ こうが)編

6 同級生たち

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 「ごめんください」



『もみの木接骨院』の扉を開けると、一段とたくましくなっている緑丸が顔を出した。

「あ、委員長。久しぶり」

「久しぶりね」



同級生たちは自分の名前を知っているのだろうかと、菜々子は渋い顔をするが、面倒なのでもうそのままにした。



「今日はどうしたの?」

「肩がこっちゃってね。そのせいか頭も痛くてさ。黄雅くんがここくるといいって言うもんだから」

「そっか。仕事頑張ってそうだもんね。どうぞ」



診療室に案内され、うつ伏せにベッドに横たわると、緑丸は菜々子の肩をそっと押さえコリを探る。



「こことか張ってるね」

「そう、そこそこ。揉んでも揉んでも柔らかくならないのよー」

「普段から緊張してるようだし、休日もリラックスしてないんじゃないの? 目も疲れてるでしょ」

「まあねえ。針仕事してるとちょっと霞んでくるわねえ」

「相変わらず、休まないんだなあ」

「そんなことないと思うんだけど……」



緑丸の記憶では、菜々子は休み時間でも委員活動やら何やらで慌ただしくしていた。



「じゃちょっと服装ゆるめてもらっていい?」

「ええ」



少し肩をだされ、電流を流すパッドを貼られバスタオルをかけられる。



「少しずつ強くするから痛かったら教えて。これは?」

「うーん、平気」

「これくらい?」

「ちょっと痛いかな? 耐えられるくらいだけど」

「了解。じゃこのまま15分くらいじっとしてて」

「うん」

「じゃあ、近くにはいるから何かあったら呼んで」

タイマーをかけ緑丸は別の患者のところへ向かった。

「なかなか繁盛してるのねえ」



菜々子はビクビクする電流を感じながら目を閉じた。地元に帰ってきてから会ったのは、黄雅、黒彦、緑丸だ。3人とも身体は確かに大きくなっているが変わらないと思った。



「緑丸くんは確か図書委員だったな」



昔からもの静かな緑丸は、図書室で整頓をしたり貸出カードを記入していた。書店の息子である黒彦の方が本に詳しいが、保健委員だった。今、彼らは逆みたいだ。ぼんやり回想しているとタイマーが鳴り、緑丸が戻ってきた。



「お疲れ様。ちょっと外して様子を見るね」

「うん。あ、そうだ。高橋先生はいらっしゃらないの?」

「ん? ああ、じいちゃん? 庭で太極拳の練習してるかなあ」

「へえ。そう言えば昔も太極拳教室やってたわね」

「良く知ってるね」



商店街の仲間たちの母親が、祖父、高橋朱雀から太極拳を習っていたことを知ったのは緑丸でも最近のことだった。



「膝の治療に着始めてから知ったんだけどね」

「今でもやってるよ。女性の師範もいるんだ」



女性の師範が自分の恋人であることは照れ臭いので伏せた。



「そうなんだ。私も通おうかなあ。昔も膝壊したとき勧められたんだけど、どうもあの頃はゆっくりした動きが苦手で」

「確かに委員長はせっかちで素早い感じだったよね」

「ふぅ。でももう走るのも疲れちゃったしなあ」

「よかったら、じいちゃんに言っておくよ。朝と夕方やってるみたいだから」



話しながら身体中をほぐされ、菜々子は腕が羽のように軽くなった。



「はあー、楽になったあ」

「なかなか硬かったよ」

「ありがとう。またお願いするわね」

すっきりして菜々子は『もみの木接骨院』を後にした。



 本日の診療も終わり片づけをしていると朱雀が戻ってきた。



「やれやれ、いい汗かいたわい」

「おかえり。じいちゃん、さっき同級生で学級員だった山崎さんがきたよ。じいちゃんはいないのかって聞かれた」

「ほうほう。菜々子ちゃんか」

「うん。身体中ガチガチだったしストレスフルだったから太極拳でもどう? って勧めておいたよ。きたらよろしく」

「うんうん。よろしい。あの娘は昔から真面目じゃったからのう」

「なんかよく知ってるみたいだね」

「お前たちは海外におったからの」



懐かしむような朱雀の表情を見て、真面目で変化に乏しそうな山崎菜々子にもいろいろあったのだなあと緑丸は思った。しかし先ほどの菜々子を思い出すとやはり昔と変わっていないものだと思い直した。



「しかし黄雅と菜々子ちゃん、どっちも異性を見る目がないの」

「えっ?」



黄雅も菜々子もそれぞれカップル成立した話は、桃香から理沙に伝わり緑丸まで流れてきていた。しかし相手の情報まではよく知らない。



「まあ、それも縁かの」



菜々子が相手の言いなりになったり、合わないのに付き合い続けるとは思えないが、黄雅は相手が望めば我慢をして付き合い続けるかもしれない。



「じいちゃん、黄雅の相手ってどんな感じだった?」

「そうじゃのお。モモカちゃんに感じが似ておったが中身は全然違うかの。おそらくコウの気持ちなんかは考えてくれんじゃろうの」

「そうか……」



 黄雅も自分と同じように桃香を好きだったのだろうと思いながら、また彼女に似て、中身の全く違いそうな女性と付き合いがスタートしていることに危惧する。



「大丈夫かな……」

「うーん。菜々子ちゃんは大丈夫じゃろうがのお。まあもう少し様子を見るといい」

「そうだね」



無口で忍耐強い緑丸でも、黄雅は我慢をしやすいと思っている。自分よりもみんなのことを優先してしまうのだ。

「ちょっと黒彦のとこにでも行ってみるよ」

「うんうん。それがいいかもしれんの」



朱雀は彼らの友情がさらに厚いものになっていることが嬉しかった。



「ちょっと話すだけだから、すぐ戻るよ」

「お前たちみたいにコウも幸せになって欲しいものじゃの」

「ん――」



理沙の事を想い緑丸は頬を赤らめた。



「ええーのう! こうなったら早くひ孫の顔をみせるんじゃぞ!」

「はいはい」



またうるさくなりそうなので緑丸は素早く出かけることにした。







 そろそろ夜の店が開店はじめる。煌びやかな女性たちが出勤し始める時間だ。体格が良く端正な顔立ちの緑丸を、道行く女性たちがチラチラ見るが声を掛けてはこない。理沙の正面をきちんと見据える強い眼差しを思い出す。先週、実家に荷物を取りにいった彼女と五日ほど会っていない。



「まだ数日しかたっていないのか」



理沙に会わない日がこんなに寂しいものとは知らなかった。外国で研究に従事していた頃は一ヶ月以上恋人に会わなくても平気だった。ただ仲間たちには毎日会っていたが。恋しいという気持ちを、黄雅にも味わってもらいものだと緑丸は『黒曜書店』の扉を開けた。



「いらっしゃい」

「やあ、黒彦。店番は桃香さんじゃないんだな」

「夜になったら俺だ。危ない奴が来るかもしれない」

「はははっ、相変わらずだな」

「ん? お前だって理沙の特訓が夜だとついて行くんだろ?」

「ま、そうだな」

「あんなに強い女をどうにか出来る奴もいないだろうが。で、何か用か?」

「実は――」



 朱雀から聞いた黄雅の婚活相手の事を話す。緑丸は黒彦にも黄雅にも気を使って桃香に似ているとは言わず、優しい雰囲気と言葉を濁した。



「そうだな、感じのいい女性だったが」



黒彦も桃香に感じが似ていると口に出すのが嫌で、あいまいな表現をする。



「じいちゃんの言うことって結構図星というか――」

「なるほど。じじいも伊達に経験が豊富なわけじゃないからな」

「黄雅は自我が薄いというか、自分が後回しというか……」

「そうだな。お前や赤斗とはまた違ったタイプだな」



2人でうなっているところに桃香がやって来る。



「あれ? お客様と思ったら緑丸さん。こんばんはー」

「こんばんは」

「どうしたんですかあ? あ、アレかな……。お邪魔でしたかね。お話終わったらご飯ですから」



桃香は緑丸がアイテムマスターだということを黒彦から聞いていたので、またそのことで相談に来ているんだろうと思い、気を利かす。



「悪いな。閉店時間か」

「いや、いい。粘る客もいるし」

「まあ、でもそういうことだから」

「わかった。それとなく探っておくことにする」

「ところで――」



メインの話が終わると、やはりアダルトグッズの話になるのだった。
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