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完結編

6 宇宙船サヒタリオ号

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 スペイン語で射手座(サジタリウス)と名付けられた宇宙船の中は、案外広く快適な居心地だ。3交代制で2人ずつ運転やら操作やらし、2人は休憩、もう2人は睡眠となっている。

「今日も順調な航海だな」

 赤斗はレーダーと宇宙の景色を眺めながら日誌を書く。

「明後日、隕石が近くを横切るだろうから、その時、運転を手動に切り替えるぐらいかなあ」

 緑丸は現在地と座標をチェックして自動操縦の航路を確認する。
 最初の一ヶ月は、緊張感があったが今ではもう慣れていて余裕がある。

「茉莉がエイリアンの心配してたけどね」
「ああ、理沙もだ。どうやって戦えばいいんだって言ってたよ」
「はははっ、理沙ちゃんらしいね」
「うん」

 ――緑丸が理沙にこの宇宙の旅の話をした時だった。静かに最後まで話を聞き「男なら行くしかないな」と理沙はつぶやいた。

「一年くらいで帰ってこられるとは思う」
「ん。時間は関係ないさ。必要なのは意志だ」
「待っていてもらえるだろうか」
「ふふっ。愚問だな。緑丸以外に私に勝てる男がいるとでも?」
「……」
「お前が帰るまで私は誰にも負けない。もちろん帰ってきたお前にも簡単に勝たせる気はないぞ?」
「うん。どこにいようが鍛えておくよ」
「それでこそ、グリーンシャドウだ。あ、今はスタアグリーンとでも呼ばれているのか?」
「いや、普通に名前だよ」
「ところで宇宙人はタコみたいなんだろう? 武術が通用するのか?」
「タ、タコ? いったい、それいつの情報……」
「まあ大丈夫かな。緑丸はアイテムもいっぱい使えるからな。そうだ、これを」

 理沙はどこからか小さな箱を出して緑丸に渡した。

「これは?」
「その――1人で使える、あの、なんだ、グッズだ」
「え? 1人で使うの? なんだろう」

 開けようとする緑丸を理沙は止める。

「待て。宇宙で暇なとき、勿論1人でな。開けてくれ。餞別だ」
「ありがとう」

 緑丸はそっと宝物を扱うように理沙を抱きしめる。

「緑丸……。思い切り抱きしめてくれ。力いっぱい……」
「ああ……」

 彼女の小さいが引き締まった身体を強く抱きしめる。緑丸の大きな身体の中で理沙は熱く弾けそうだった。


 赤斗は、理沙の事を思い出しているんだろうと、緑丸の精悍な横顔を眺めた。窓から宇宙空間を眺める。煌めく星々が美しいが茉莉と愛し合っている公園の芝生の方が好ましい。茉莉は小さな鉢植えに、二人の良く愛し合う場所の芝生を植えて赤斗に渡した。
 この宇宙船に乗っている唯一の植物だ。他のメンバーたちも、たまにこの緑を眺めて和んでいる。さらさらとした芝を優しく撫で赤斗は茉莉を思い出している。

「さすがに宇宙じゃ無理だなあ。酸素ないし」

 青姦に宇宙空間はさすがに向かないだろういう感想を持つばかりだった。


「さて、もう30分で休憩だなあー」
「そうだな」

 緑丸は理沙から渡されたアイテムを休む前に使おうと思った。彼女から渡されたグッズは『テング』とネーミングされた理沙手作りの自慰用のホールだった。このアダルトグッズの素晴らしい点は、短時間で絶頂に到りそうになると電流が流れる仕組みになっている。更に自動で洗浄消毒もされる繰り返し使えるエコアイテムなのだ。
 説明書きと一緒に「こっちも鍛えるよろし」と書き添えられていた。緑丸はすごいアイテムを渡されたと思い、鍛錬のためにもなると感心した。このグッズは実は理沙が前々から黄雅に依頼して作っていた物だった。このことを緑丸は知らない。
 理沙にはこういうものを作る技術も知識もないことに気づかなかったわけではないが、アイテムに関心が強いので製作についてまで緑丸は追及しなかったのだ。もちろん黄雅もわざわざ「俺が作りましたー^^」とは言わない。
 理沙に挑戦するつもりで緑丸は『テング』を使っている。


 目が覚めた黄雅は背伸びをしてから、睡眠カプセルの扉を開き起き出した。

「ふー良く寝た。また同じ夢を見たなあ」

 眼鏡を直し、きりっとした菜々子を思い出す。

 ――酒を飲む前に黄雅は任務について話す。寝耳に水だと言わんばかりに菜々子は動揺して、冷酒を一気飲みしてしまった。

「あー、それって純米大吟醸のすごくいいやつって言ってなかった?」
「げえっ! 一気に飲んじゃって味分からなかった! も、もう一本よ!」
「やれやれー」

 そのあとは大人しくチビチビと菜々子は酒を飲んだ。珍しく手酌ではなく黄雅に注いでもらった。

「で、いつ帰ってくんの?」
「一年くらいかな」
「ふーん……」
「お願いがあるんだ」
「なによ」
「菜々子さんの一人でしてるとこ動画取らせてくれる?」
「ちょっ! なに、言ってんの!」
「やっぱダメかあ」
「くっ、そんな顔して、まったく卑怯っていうか……」

 困った表情ですら黄雅は優美で星が散りばめられたように見える。

「……。ィィヮョ……」
「え? なんて?」
「いいわよって言ったの!」
「え? 本気?」
「ちょっ!!! あんたが言い出したんでしょうが。男に二言はないのよ!」
「あ、そうだね」
「ただし、黄雅くんもやんのよ? わかった?」
「うん。二人でしようね」
「うっ。笑顔が眩しい……。じゃあ、もう早くやるわよ」
「え、早速?」
「そうよ! 善は急げよ。っていうかもう時間ないじゃん! 早くしなさいよ!」
「ありがとう。菜々子さん、大好きだよ」
「ば、ばか! あたしは別にー黄雅くんなんかぁー」

 ツンデレなのか酔っ払いなのか、おっさんなのかよくわからない属性の菜々子が、黄雅にとって愛しくてならなかった。
 動画は撮ったが実際にそれを見るよりも、その時の菜々子のことを思い出して黄雅は胸を熱くしていた。


 就寝時間が近づいてきたようなので、青音と白亜は勝負を中断する。

「これ俺の勝ちでしょー」
「さあ、どうかな? 勝負は最後までわからないよ」

 暇潰しのために始めた囲碁にはまり、6人で勝敗を競っていた。今のところ膠着状態でとびぬけて強い者はいなかった。

「さー、打ち掛けにして寝るかー」
「うん。また明日にするか」

 この宇宙旅行の間に6人とも相当な腕前が上がり、プロ棋士を目指せるぐらいになるが、目指すことはなかった。

「じゃーおやすみー」
「お休み」

 2人はそれぞれ睡眠カプセルに入っていった。タイマーをかけ15分すると安眠が得られる仕組みになっている。睡眠時間は8時間だが、眠っている間、少しだけ身体の時間が逆行されるようになっており、老化がほぼ進まない。何せ地球では1年しかたたないがスタアシックスたちは10年経過してしまうのだ。それ程でなくとも、浦島太郎では辛い。

「ミサキはどうしてるかな……」

 ミサキは10年経った白亜はきっと渋くて素敵になっていると思うと言っていたし、自分ももっと成熟したいと思っていた。メンバーの中で一番若々しい彼だが、それが嬉しいわけではない。しかし今はミサキと一緒に時間を重ねていきたいと思っている。
 付き合い始めてミサキのブラジャーのカップがAAからBに上がっていた。

「これアイマスクにぴったり」

 彼女が最初につけていた小さなブラジャーを白亜は顔にかけた。宇宙に行く前に恥ずかしがるミサキからもらったのだ。
 小さな愛らしいバストを思い出していると、心地よく白亜は眠りについていた。

 青音は眠りにつく前の10分間ほど、優奈からもらったオーディオブックを聞いている。彼女が尾行の際、じっと待つだけの時間に聞いている金田一シリーズだ。

「まさか、そんな人物が犯人とは……」

 眠りを妨げないように、きっちり10分で切れるようになっている。

「むっ。動機はなんだろう……」

 丁度いいところで切れてモヤモヤするが、化学者である青音は感情の切り替えが早く、すぐに眠りにシフトする。そして次の就寝前に「そういうことなのか!」と昨日の続きから興奮できるのだった。物語の終わり、ヒロインが「きんだいちさーん!」と別れるときに叫ぶ姿を、優奈に重ねると青音の胸にきゅっとした甘酸っぱい感覚が起こるのだった。


 シューっと自動で扉がひらき「交代しよう」と黒彦と黄雅が入ってきた。

「おはよ。じゃこれ日誌。今日も特に何もなさそう」
「わかった」
「明後日の隕石だけ要注意かな」
「ん。軌道もう一回チェックしとくよ」
「じゃ頼むね」
「お疲れ様」

 赤斗と緑丸は出て行き、本部に黒彦と黄雅が座り、速度、進行距離や時間などを確認した。地球防衛軍にデータを送信し異常がないことを再度確認してから食事をとることにした。食事と言っても1粒で1日の栄養と満腹感を得られる仙種を食べるだけだ。
 ただグレードアップしていることがある。この仙種は色々な味のバリエーションがあるのだ。茉莉と赤斗が短い時間で色々な味付けを作り、その味を仙種に移すことに成功した。

「この仙種、肉じゃが味だねえー」
「こっちはチーズだな」

 10分ほど味わいも残っているようになっている。食感はないが味のおかげで随分ストレスフリーだ。しかしこの閉塞感と孤独感、本当にたどり着けるのかという不安はぬぐえない。このメンバーでなければ恐らく「もうホント無理っ! 帰還しるっ!」と言い出すものが出るころである。最初は新鮮だった宇宙空間も、もう見飽きてしまった。SFドラマのように宇宙人に襲われたり、異次元に迷い込むことはないようだ。
 手慰みに黄雅は新しいおもちゃを考案して、それを黒彦に見せ意見交換したりする。

「どうかなこれ。宇宙のつるし雛。委員長がつるし雛作るから俺も考えてみたんだ」
「どれどれ」

 黄雅のイラストを眺めると、数名の宇宙服を着た宇宙飛行士と、シャトルや土星などの惑星、タコの宇宙人が紐でつるされていた。

「これ……。雛とは言えないだろ……」
「ああ、そう? 委員長、帰るころにはどれだけ作ってるかなあ」
「委員長が裁縫が上手だとは驚きだな。というか針をもってチクチクやる姿を想像すると怖いな」
「えー。彼女はコツコツ努力型だからね。似合ってるよ」
「そう言えばそうか」

 小学生時代からあんな怖そうな女を好む男がいるのかと思っていたら、黄雅だったので黒彦は思わず笑ってしまう。

「ん? 何?」
「いや二人はお似合いだなと思ってな」
「ふふっ」

 黒彦は小学校の卒業アルバムを思い出す。将来の夢の項目に黒彦は大魔導士と書いてあった。菜々子はお嫁さん、黄雅はお父さんだった。黒彦は自分が一番恥ずかしいことを書いてしまったと、卒業アルバムに触れずにいる。
 この宇宙から帰還すれば、菜々子はお嫁さんになり、そのうち黄雅はお父さんになるのだろう。

 指先でそっと黒の革表紙の本を撫でる。黒彦の亡き父と母が彼に色々書き残した本だ。その上の本にもそっと指を這わせる。桃香の小学生の頃に買ったジョルジュ・サンドの『愛の妖精』という本だ。
 宇宙任務の話に桃香は動揺したが「私は書店を頑張ります。黒彦さんはお仕事頑張ってください」と、顔を無理に作る笑顔でひきつらせながら送り出してくれた。そこで宇宙に向かう黒彦に何も渡せるものがなかった桃香は、自分のお守りのような本を一冊渡した。

「なあ、黄雅は委員長になにか贈り物したことあるか?」
「あるよ」
「へー、どんなものなんだ?」
「ウサギのぬいぐるみとね。指輪を渡してきたよ」
「えっ! 指輪?」
「うん。帰ったら結婚しようねって」
「そうなのか……」
「赤斗もそうしたみたいだけど」
「……」

 そう言われてみれば黒彦以外全員指輪をはめている気がする。どうやら黒彦だけ桃香にプロポーズをせずに出てきているらしい。
 唸りながら難しい顔を始めた黒彦に、黄雅は軽く肩を叩く。

「いいじゃん。帰ってからでも。危ない旅じゃないしさ」
「まあ、それはそうだが……」
「でも意外だったなあ。黒彦は真っ先にそうしてるかと思ってたよ」
「そうか……」

 桃香と一緒に過ごす日々があまりにも自然だったのかもしれない。穏やかで楽しくて温かく。

「何かすごい指輪でも開発しておく?」
「い、いや、そんな十徳リングみたいな物もらってもしょうがないだろ」
「おお! いいね! 十徳リングかあ。サバイバルに便利かもしれないなー。ちょっと考えてみるか」
「フフッ。まあ面白いかもな」

 黒彦はぼんやり桃香の顔を思い出しながら本をパラパラッとめくった。
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