スカーレットオーク

はぎわら歓

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第一部

6 大友家

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 夕方六時。
 新幹線は静岡に到着した。
 直樹は『のぞみ』から『こだま』に乗り換えて家に電話をかけた。
 『二十分くらいで着くよ』
――もう起きてないとな。

  さっきまでは少しウトウトしていたが咳払いをして頭をはっきりさせようと努めた。
そこそこ長い乗車時間ももう終わり自分の住む町に降り立ち、駅を出ると赤いオープンカーが到着していた。
 「あれ。兄さんが来てくれたんだ」
  母に頼んでおいたのだが兄が来ていて、ガソリンスタンドの元気な若い子のように声を掛けてくる。

 「お疲れー。どうだった岡山は」
 「なかなか良かったよ」
  助手席で背伸びをしながら、さらっと答えた直樹だったが、「なんかいいことあったな?」と、鋭く突っ込まれた。――相変わらず鋭いな。

  兄の颯介は今でこそ結婚をし落ち着いた生活を送っているが、若いころからふらふらとうろつき女性関係も派手だったので男の割に鼻が利く。
 「母さんには黙っててやるから、教えろよ」
 「そんな勘ぐるようなことはないよ」
 「俺は木とじいさんばっかり相手にしてるお前を心配してだなあ」
 「おもいっきりニヤニヤしてるじゃないか」
 「そう、言うなって」
  濁しているうちに家に着いた。

 「お帰りなさーい」
  兄嫁の早苗の明るく大きな声が聞こえる。
 「義姉さんいらっしゃい」
 「お疲れ様。いつも頑張ってるわね」
 「まあ、好きなことだからね。母さんは?」
 「ああ、お義母さんは上で聖乃の相手をしてくれてるのよ。上がったらついでに、もう夕飯ができるって声をかけてもらえないかしら」
 「いいよ」

  直樹は二階の自分の部屋に荷物を置いてその隣の部屋の母に声をかけた。
 「母さん、ただいま。聖乃もただいま」
 「あら直樹おかえり。ほら、おじちゃん帰ったよ」
  一歳になったばかりの聖乃が直樹をぼんやり見つめる。
 「もう夕飯ができるらしいよ」
 「あら、もうそんな時間なのね。ちょっと遊びすぎちゃったわ」
 「義姉さんに任せてれば大丈夫しょ」

  直樹はまた自分の部屋に入ってスーツを脱ぎ、シャツのボタンをはずしながら緋紗のことを思い返した。――面白い子だったな。反応もよくて。
  スエットに着替えながら緋紗の中性的な肢体を思い出しそうになったとき、背後から、「黄昏てないで飯にしようぜ。」と、颯介の声が聞こえ苦笑しながら階段を降りた。

  食卓には新鮮なマグロの刺身が並んでいる。
 「今日はごちそうだね」
  直樹が言うと、「いただきものよ」と、早苗がさらっと言った。
 「飲むか?」
  颯介が聞きながらもうすでに焼酎を注いでいた。
 「ああ、うん」
 「ほらいただきましょうよ」
  母の慶子が促した。

  直樹は母と二人暮らしだ。
 父は去年他界し、兄夫婦は歩いて十分の距離に住んでいる。
それほど行ったり来たりはしないが週末は常に兄夫婦が聖乃を連れて来、賑やかな食卓を囲む。

  聖乃が刺身に手を出そうとしている。
 「あら。お刺身なんか食べられるの?」
  慶子が少し皿をひっこめた。
 「そうですねえ。もう一歳だから生魚いけると思うんですけどねえ」
  早苗は食べさせたいようだったが颯介が反対した。
 「だめだめ。おなか壊したらどうするんですかねえ。きよのちゃん」
  娘に対する過保護っぷりにみんな辟易する。あんなに遊び人でチャラチャラしていた颯介からは想像もつかなかった。
 「じゃあ一歳半にね」
  早苗はヤレヤレというように聖乃の口へマグロの角煮を放り込んでやった。
 聖乃は目を細め口をすぼませ、もぐもぐと口をせわしなく動かしている。

  食事もほぼ終わりカチャカチャと慶子と早苗が片付け始めると、颯介は聖乃の相手をする。
 直樹も食器を下げようと席を立つが、「いいわよ。飲んでてー」と姐御肌な早苗がそういうので直樹は従った。
 座って飲んでいると颯介が再び車の中での会話を持ち出す。

 「で、どうだったんだよ」
  直樹とは違って目じりの下がった柔らかい目をキラキラさせて聞いてくる。――またか。最近飲むとしつこいよなあ。

  簡単に引き下がりそうにないので台所をちらっと見て少し話した。
 「バーで飲んでたら隣に女の子が座ってね」
 「おお!ベタな出会いだな!」
  ――ほっとけよ。
 「それでそれで?」
  ――野次馬だな。
  苦笑いしていると早苗がやってきた。

 「あら、楽しそうじゃない。仲間に入れてよ」
  ――義姉さんまで混じるのかよ。
 「聖乃はばあばがお風呂に入れてくれるってー」
  毎週、慶子は聖乃との入浴を楽しみにしている。
 「ささ、きよちゃん『ばあば』とお風呂いきましょうー」
 「ばあーあ」
  聖乃は嬉しそうに抱っこされて風呂場へ向かった。

 「続き話せよ」
  母と娘が去った途端に颯介は急かす。
 「えーっと。なんだっけ」
 「バーだよ、バー」
  ――……。
 「なんとなく話が盛り上がって次の日会う約束をしたんだ」
 「バーに行くなんて珍しいわね」
 「うん。いつもならすぐホテルに直行するんだけどね。講習会で知り合った人に岡山市に泊まるって言ったらオペラのチケットをくれてね」
 「オペラ~?」
  颯介と早苗が同時に発する。
 小柄な颯介と大柄な早苗がハモるとちょっとしたオペレッタのようだ。

 「なに、なに観たの?」
 「そんなの何でもいいよ」
 「カルメン。結構いい席で迫力があったから楽しめたよ」
  隣の席にいたのが緋紗だとは話さなかった。
 「オペラの話はまた今度にしようぜ」
 「そうね」
 「んー、で。美術館でデートした」
 「美術館か」
 「どんな人なの?」

  直樹は努めて冷静に緋紗の特徴を話した。
 「ボーッィシュな感じの子で陶芸家の弟子をしてるらしい」
 「へー。なんか変わってそうだな」
 「で、どうするのこれから?」
 「一応来月末に、広島に行くからまた岡山でご飯でも食べようと約束したよ」
 「番号ちゃんと聞いたか?」
 「ああ聞かなかった」
 「えー!」
 「おいおい」
 「名刺渡しといた」
  颯介と早苗は『こりゃだめだ』というように顔を見合わせ、勝手に納得したらしくそれ以上突っ込まなかった。

  直樹が緋紗と会ったその日に夜を共に過ごしたことは颯介でも感づかなかった。
 刹那的な情事など、昔の颯介ならともかく直樹に限ってないことだ。
 緋紗からのアプローチがあったからこそだが、応じてしまったことに今更驚く。

 「お風呂あがったわよ~」
  母が聖乃を連れて出てきた。
 「じゃあそろそろお暇しようか」
 「そうだな」
  早苗が眠そうになってる聖乃を抱き、颯介は空のグラスを台所へ運んで背伸びをした。
 「じゃ、お袋また。直樹もまたな」
  そう言って帰ろうとした颯介だが少し戻って直樹に耳打ちした。
 「とりあえず女は怒らせてもいいけど泣かせるなよ」
 「肝に銘じとくよ」
  直樹は素直に聞く。

  慶子が、「もう母さんは寝るね。パジャマ出しといたからお風呂適当にどうぞ」と、寝室へ向かった。
 「うん。おやすみ」
  満足げに寝に行く母を見送って残りの焼酎を飲みほす。

  ここ何年も同じように過ごしてきた生活に何か変化が起きそうだ。
 日常が変わるわけではないのだが直樹の中に緋紗という存在が色濃く残った。
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