スカーレットオーク

はぎわら歓

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第一部

36 露天風呂

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 直樹は高く積み上げた薪を猫車に乗せて薪置き場に運んだ。
これだけあればこの冬くらい困らないだろう。
 今は和夫と小夜子でなんとか切り盛りしているペンションだが、遅くとも秋には和夫一人でやっていかなければならないはずだ。――早く誰か雇えばいいのにな。

  最初の二年は苦しい経営状況だったようだが、ここのところ新規もリピーターも知名度と口コミによって安定して増えている。
 直樹はこのペンションを手伝うことが好きだったが年に一度くらいでちょうどよかった。――小うるさい兄貴から解放されるし。
  年末年始の家族からの逃避でもあった。
しかも今年は緋紗も一緒だったのでより楽しく過ごせた。
これからの事をなんとなく考えないでもないがぼんやりとし過ぎた見通しで今は何とも思えない。
 細かい木切れを片付けながら遠くの薄青い空をみた。


  みんなで昼食を済ませ食堂でのんびり過ごす。
 和夫と小夜子はベビー用のカタログを楽しそうに眺め、直樹はコーヒーを啜って窓の外を見つめている。
 緋紗は楽しみにしていた温泉に入ることにした。
 今なら露天でも寒くないだろう。

 「あの、私温泉に入らせていただきます」
 「じゃ僕も行くよ」
  緋紗に続き直樹も立ち上がった。――え。一緒に入るの?
  和夫と小夜子にどう思われるか少し心配になったが「どうぞー。ごゆっくり」と、何でもないように言われた。
 「いってきます」
  緋紗は少しギクシャクしてその場を去った。

 「ちゃんと入れそうか見ておくから準備しておいで。たまに落ち葉やらゴミやらで汚れているときがあるんだ」
 「すみません。ありがとうございます。」
  緋紗は直樹に礼を言って部屋へ戻り準備をしてきた。
 簡易な脱衣所は一応男女別になっていて注意書きに『タオルをお湯につけないでください。』と書いてある。
 眼鏡をはずしてかごに脱いだ服を入れタオルも置いて手ぶらで入った。
 扉をぎっと開けると意外に湯気がもくもくしている。――これは良く見えないなあ。

  足元は少しごつごつした岩でできていて所々すのこが敷いてある。
どうやら岩風呂の露天風呂らしい。
 恐る恐る歩いていると、「ちょうどいいよ。手桶が右にあるよ」湯の中から直樹の声が聞こえてきた。――え。入ってるの?

 「いるんですか?」
  思わず両手で身体を隠した。
 「僕も行くって言ったでしょ」
  暢気そうに直樹は言った。
 緋紗は横向きにかけ湯をしてお湯を探っていると直樹が近寄り、「そこのでっぱり危ないから気を付けて」 と、緋紗に注意を促した。
 緋紗が顔をしかめていると「ああ、目が悪いのか。そんなに視力悪いの?」と、訊ねてきた。
 「いえ。そこまでじゃないですけど。ちょっとこの湯気だと見えにくいですね」

  直樹はこの湯に浸かりなれているのだろう。
 細かいところまで注意が行き届く。
 「直樹さんは慣れたものですね」
 「そうでもないよ。年に一回か二回入るくらい」
 「直樹さんも目が悪いのによく平気だなあと思って」

  やっと湯船につかり、手足を伸ばして伸びをしていると、「ああ。言わなかったっけ。あの眼鏡は伊達だよ。一応紫外線除けにはなってるけど」と、直樹が言い始めた。
 「ええっ?」
  緋紗は今までで一番びっくりしたかも知れない。
 「僕は視力はいい方で一、五はあるんだ。仕事で木片やら砂やら飛んできてさ、結構目が危ないんだけど、ゴーグルはちょっとうざいし。眼鏡は便利だね。もうずっと掛けっぱなしになったよ。」
  緋紗は直樹の話を半分以上聞いていなかった。――見えてないと思ってた……。
  恥ずかしさと驚きでしばらく口がきけなくなっている緋紗に、「どうかした?」と直樹はマイペースに聞いた。

 「そうでしたか……」
 「おいで」
  直樹はそんな緋紗を無視して腰を抱き自分のほうへ引き寄せ、軽くキスをする。
 「この温泉はあんまり効能がないらしくてね。ただのお湯らしい。何かに効けば温泉地で有名になったかもしれないね」
  直樹の腕の中で緋紗はもやもやしていたが、湯の温かさを堪能した。
 「そろそろ日が陰ってきたかな。上がろう」
  直樹が脱衣所まで誘導してくれた。
 「じゃまたあとでね」
 「はい」

  火照った緋紗は冷えないうちに素早く身体を拭き着替えた。
そして、「よく見えるんだ……」と、つぶやいた。
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