夏の行方。

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3章 消滅と発生

10話 狼煙

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手に取れそうな澄み渡った空気が深森山山頂に降りる。闇夜を背景に虫達の音色とサラサラと涼しげな穏やかな風が木々を優しく撫でる。それは時折強くもなり弱くもなり緩急を付けて夏の空気を彩る。控えめな街並みの灯りはまばらで、あの灯り1つ1つには物語があり、全ての人生の営み、全ての人間の幸せや苦悩。明日また灯す希望と共に1つそしてまた1つ消えていく。

晴雄の事件があってからは山そのもののイメージが悪くなり噂が噂を呼び、ありもしない事件が語られたりと不吉な山に成り下がっていた。

マントの男「静かな場所だ」
マントの女「.....」
マントの男「模倣犯が現れるかもしれないな」
マントの女「もう手遅れだけどね...」
マントの男「かもな。だから俺たちも様子を見に来たわけだけど静かな場所だ」

マントの女はフードを脱いで夜空を見上げた。

マントの男「そういえば儀式失敗したアイツ何者なんだ?」
マントの女「知らない」
マントの男「そうか...」


マントの女「それよりも、気付いてるでしょ?」
マントの男「あぁ、神社に2人...気配があるな。行くか?」
マントの女「そうだね」

2人は紫色に発光し一瞬で消えた。

境内は白く鋭い2本の光がしきりにあちらこちらに向けられている。

男「マジで出るかもな!はははは!」
女「やめてよ!」

男女が寄り添いながらゆっくりゆっくり辺りを見渡しながら歩く。男はここぞとばかりに女の身体に触れ、女もまたすがりつくように腕を掴む。このブレザー姿の男女は北ノ陣高校(きたのじん)の生徒だ。一連の事件から早くも肝試しスポットとして若者が訪れるようになっていた。

男「南高のツキヤってやつとカイトってやつ!で、山頂でハルオってやつが自殺したんだってよ~!で!しかもそのツキヤってやつ彼女殺しって噂聞いたぜ~!知らんけどな!」
女「こわ...ちょっとー!!!」

高さ10メートルほどの杉の木の太い枝の上から境内を見下ろすマントの2人は黙って2人の様子を伺っている。北ノ陣高校の2人は境内をぐるっと回るとすぐに帰って行った。

マントの男「この神社が肝試し場所になるなんてな...それより近くで獄邪(ごくじゃ)が湧いてる...」
マントの女「場所は?」
マントの男「いや、具体的な場所は掴めない...とにかく付近まで飛ぶぞ!」

マントの2人は再び紫色に発光した。





舞と麻里は夜の商店街を散歩していた。部活の話から勉強の話、青春真っ盛りの話題だ。商店街には2人以外おらず静かな静かな穏やかな散歩である。夏休み直前ということもあり2人は普段よりもやや気持ちにゆとりがあり、日常生活には滅多にないこの時間に胸が躍る。といっても夜も更け、シャッター街と化した商店街のため寄り道や娯楽などは無いのだが。

2人がゆっくり歩いていると遥かに遠くからこちらに向かってくる人影が見えた。舞も麻里も犬の散歩か何かだと思ったが様子がおかしい。
ゆらゆらと歩き挙動が妙なその人影が近付くにつれ2人は顔を見合わせて歩みを止めた。

舞「なんか...変じゃない?」
麻里「は、はい...あの人、人間ですか...?すごいデカい...」
舞「このまますれ違うの危ない気がするね...この辺り何もないからさっき通り過ぎたコンビニまで引き返そう...反応しちゃだめだよ?」
麻里「はい」

2人のか弱い足は産まれたての子羊のように小刻みに震えている。絶対にすれ違ってはいけないと確信した2人はそっと来た道を引き返そうとしたその時だった。

体長2メートルはあろう人影はうめき声を上げ2人をめがけて走り出した。手には綻びた刀が握られている。
 
「麻里!走って!!」
舞はとっさに麻里の腕を力強く引っ張り走り出した。麻里は足がすくんでしまい直ぐに転んでしまった。舞は麻里の腕から手を離し麻里を庇うように人影と麻里との間に入った。大きな人影が舞の目の前に迫るまでは一瞬であった。

舞は人影の正体を目の当たりにした。顔は人間に近いが人間とは程遠い禍々しい形相で上半身は裸。人間とはかけ離れた筋肉の付き方、そして肌は赤黒くまるで化け物だった。舞は恐怖のあまり微動だに出来ずに立ちすくむとこの者は綻びた錆び刀を容赦なく振り上げると舞は死を確信し目を力強く閉じた。




次の瞬間、舞の目の前にマントの女が現れマントの内側に隠し持っていた短刀を素早く抜くと振り下ろされた刀を弾き、短刀で胸部を切り裂いた。

舞が目を開けると目の前には墨汁のような真っ黒な飛沫を上げながら後ろに倒れていく大きな化け物の姿。そして短刀を鞘に収めるマントの女。一瞬の出来事だった。そして大きな化け物は黒煙を上げながらボヤッと消えていった。焼け後のような鼻をつく臭いが立ち込めた。

マントの女「この辺りは夜歩かない方がいい...さっきの化け物はこれからまだ出てくるから...」
マントの女は2人に背を向けたままそういうとゆっくりと歩き出した。

「あ!あの!」
舞はマントの女を呼び止めたがマントの女は振り返ったりせずに無言で歩いていった。舞と麻里は抱き合いながら声をあげて赤ん坊のように泣いた。しばらく泣いていた。
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