籠の鳥

ソラ

文字の大きさ
7 / 9

7

しおりを挟む
おもむろにドアが開き、由良ははっと現実を思い出した。
ばつが悪い表情を見てすべてを見透かしたのだろう、早瀬は軽く肩を竦める。

「僕が言うのもなんだけど、君って肚が据わっているよね」
「……他に暇潰しがないんだから仕方ないだろ」

スマホもテレビも新聞もない環境は、逆に言うと読書にうってつけだった。
おまけにここは物音ひとつ届かないので、良くも悪くも没頭できてしまう。
紐の栞を挟みながら、遅れて気付く。
その気になれば早瀬を突き飛ばして外へ出るチャンスだったというのに、言い訳などしている場合ではなかった。
苦虫を噛み潰したような顔で本をチェストに置く由良に、早瀬は肩を揺らした。

「でも、嬉しいよ。君が僕の家で本読んでる姿を見られるのは」

その顔は、紛れもなく恋をしているそれだった。
否応なしに直面してしまい、由良はますます渋い顔をする。

(こいつ、本当に俺が好きなのか)

大学時代でも、社会人以降の交流でも、そんな素振りは少しも見せなかった。
あるいはそれは、由良が鈍感に過ぎたせいかもしれないが。
自分のどこがとか、そもそもお前はゲイだったのかとかを、訊いてみようかと思ってやめた。
まるで友人同士のような会話は、やはりどうしても交わす気になれなかった。
それよりもよほど、由良には無視できない興味の対象が存在した。

「あ、これ? うん、そう、カレー。作ってきたんだ」

眼差しを読んだ早瀬は、抱えてきた鍋をチェストに置く。
肘に引っ掛けていた藤の籠には食器とごはんの盛られた皿、タンブラーふたつが入っていた。
またぞろ薬とやらが混入していない保証はない。
だが、昼――だと思しき時間帯――に食べたパンはとっくに消化されており、空腹を覚えていた。
由良は黙って手を伸ばすと、籠の中からごはんと皿二枚を取り出す。
しゃもじでより分けていく姿を見、ふふっと早瀬が愛おしそうに微笑んだ。
何を考えているのだか、由良にもなんとはなしに察せられる。

(いつから……俺を好きだったんだ。なんで、こんな強硬手段しか取れなかったんだ、お前は)

無理やり縛り付けたところで、由良の心は落とし得ない。
むしろ遠ざかっていくばかりだと、早瀬だって理解しているだろうに。
どうせ嫌われるならと、閉じ込めたのだろうか。
自分だけの鳥籠に。
手を抜いて弁当に頼りがちな由良とは違い、割とこまめに自炊していると聞いたことがあっただけに、早瀬お手製だというカレーは具沢山だった。
ごろごろと大振りの人参やじゃがいもなどの他、長総家では珍しく感じられるウィンナー入りだ。
スープ用タンブラーの中身は、きのことほうれん草のポタージュだった。
蓋を開けるとまだ温かいままのそれが、穏やかな湯気を立てる。

「口に合うといいんだけど」

なんて平和で、なんて――歪な台詞なのだろう。
由良は込み上げてくる虚しさを飲み下しながら、スプーンを口に運ぶ。
正直な感想を言おうか否か、ほんの少しだけ逡巡した。

「……美味い」

結局、愚直な賛辞をぽつりと漏らす。
手料理を褒められた早瀬は、無邪気に破顔した。

「良かった! たくさん食べてね。あ、おかわりがほしいなら、ごはん追加してくるから」

お前は、どうして――こんな方法しか選べなかったんだ?
最初からまっとうに、それこそ体当たりしてきてくれたのなら、もっと違う結末があったかもしれないのに。
どうして、一番楽な方法を選んでしまったんだ?
それとも――お前の心にちっとも気付かずにいた俺のせいなのか?

湧き出してくる虚無感を、咀嚼とともに飲み込む。
もはや何を言おうと無駄であった。
それだけは判っているからこそ、ひどく気分が乾いていく。
確かに手作りのカレーは美味い。
その筈だ。
殆ど義務感で食を進める由良には、次第にそれさえよく判らなくなっていく。
得意の現実逃避もうまく機能していない。
早瀬がぽつぽつと雑談を振ってきていたが、由良は生返事を繰り返した。

「……ご馳走様」
「え、……もう? もういいの?」

ああ、と頷いてどうにか空にした皿をそっと押しやる。
比較的少食の早瀬以上に、食欲が沸かない。
それもこれもすべて、この男のせいだった。
早瀬は多少なりとも戸惑ったようだが、すぐに笑顔を取り繕った。

「そっか。そういう日もあるよね。……由良君?」

必死に場を繋げようとする早瀬のなにもかもが煩わしく、そちらに背を向けてベッドに横になる。
早瀬は二、三度、由良君、と呼び掛けたが、由良は一切を無視した。
また賢しらな暴力的行為に出られるかもしれない。
また拘束されるかもしれない。
その可能性は当然脳裏をよぎったが、とにかくすべてが虚しい。
どうにでもなれ、としか思えずにいる。

「……ごめん」

早瀬は、か細い声で呟いた。
硬く目を瞑っていた由良は思わず目を開け、後ろを振り返る。
悄然と肩を落とすそのさまは、手ひどく振られた男の姿そのものだった。

「謝って……済むことじゃないけど。ごめん」

由良はしばらくその項垂れた前髪の辺りを眺めていたが、やがて盛大に溜め息を吐いた。

「出ていってくれ」

怒るか喚くかするかと思いきや、早瀬はぎくしゃくと従った。
どちらが主導権を握るべき者なのか、もはや互いにも判らない。
重たいドアが閉まった音に、由良は頭を掻き乱した。

「……っくそ!」

『友達のままでいたい』。
その理想は、もはや望むべくもないところまで来ていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~

水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。 アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。 氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。 「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」 辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。 これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...