どうしてこんな拍手喝采

ソラ

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メールが来た日の学校は一日中何も考えてなかった。メールの存在は誰にも言っていない。そもそもメールアドレスを知っている人は限られてる。もしかしたら間違ったかもね、なんて笑うことさえできなかった。

俺の大きな溝に引っかかったからだろう。


「……なんで今なんだろう。」

「……冰澄さん大丈夫すか?」

「え?あ、俺今何か言いました?」

片桐さんが不審そうに俺を見るので、無意識の自分が何か零していたのだろうかと心配になった。

「なんで今なんだろうって言いましたよ今」

「そんなこと、言ったんですね俺。すみませんぼうっとしてて」

「いえ、大丈夫ですよ。…何か考えことですか?」

「小さいことですけど。ちょっと…迷惑メールが…」

「迷惑メール?」

片桐さんは不審そうに眉を曲げた。
普段の片桐さんから予想もできない顔だ。
そんなに変なことだったのか、それとも言わないほうがいい文だったのかもしれない。
片桐さんは顔をしかめたまま、俺を見た。

「そのメール見せてもらうことって可能ですかね?」

「……いいですけど…たぶん間違って送られてきたかもしれないんです」

「すみません失礼します」

俺の手からすっとスマートフォンを取った片桐さんは顔を余計にしかめた。
どんどん険しくなっていってとうとう片桐さんは自分のスマートフォンを取り出して電話をかけ始めてしまった。多分相手は北谷さんあたりだと思う。

「北谷、フィルターが破られてる。メアドがたぶん流出した。組長に今すぐ知らせろ。内容はメールで知らせる。」

その顔は普段の優しい片桐さんの顔ではなく、"そういう"ことができる人なんだと思わせる顔つきだった。

ぼうっと突っ立っていると片桐さんはにっこりと笑って謝った。

「後で新しいスマホ持って来させますね」

「あの…それって」

「冰澄さんのとこに誰かわからないメールが届くはずないんですよ。北谷と俺と高梨と冰澄さんの先輩方以外のメールはまず事務所に来るようになってます。そういう仕様です」

「じゃああのメールの送り主は…」

「組長を殺そうとしてる奴かもしれません。冰澄さんは組長のアキレス腱ですからね」

優しい顔とは裏腹に声音が低い。
なんだか嫌な予感がした。片桐さんは本当のことと嘘を言ってる。
たぶんメールの送り主は、政宗さんを狙ってるのは確かだけど。

それは何のため?

「政宗さんの…組を乗っ取ったり、お金を奪おうとしてるんですか、ね」

「たんなる怨念っていうのもありますよ。組長はいろんなとこで恨み買ってますからね。」

「…恨みですか…」

「冰澄さん?」

本当に恨みなら、なんで俺のことを"迎えに行く"なんていい方するんだろうか。もっと、殺してやるとか、脅すような、恐怖を覚えるようなことを送ってくるとか、そういうのなら分かるけれど、どうして、まるで、俺のことを、ずっと前から、

知っているような

「冰澄、帰ろう?」

唐突に感じた恐怖にも似た寒気が首筋をかすめて俺は横を見た。そこには誰もいない。住宅街が俺の目を覆う。そこには誰もいなかった。首に手のひらを当てた。
恐ろしいほど冷たい風がかすめた。
聞こえた"ような"声は俺を呼んでいたが、持ち主が俺にはわからない。ただ手を伸ばしていた。

笑顔だったような気がする。気がするだけだ。華やかに穏やかに柔らかに微笑むそれは、何か異常なものが潜んでいた。

かこん、かこんと時計の音のようでそうでない音が聞こえた気がした。

「……さっき、」

「冰澄さん、顔色が」

「さっき、誰かいましたよね」

「……いえ、誰もいませんでした。学校を出てから誰も」

「うそですよ。いましたよ。俺のこと呼んでたでしょ?」

「冰澄さん?」

「だって、あんなに、あんなに…俺に向かって、笑ってたでしょ?」

「冰澄さん、一旦車の中に入ってください。顔色が悪いです」

片桐さんが車のドアを開ける音が後方で聞こえた。
車のドアが開く音だ。それは同時に俺の知っている扉を開ける音と重なった。

「冰澄はほんとうにあの人のことが…」


「冰澄!」

もう目の前が真っ赤だ。
ここはどこだとかそんなのも考えられないくらい。子供の頃から見ていた、嫌な夢だと思っていたものがまさか現実のものだったなんて、誰か気づけるんだろう。

「冰澄さん!」

片桐さんの大きな声で自分がうずくまっていることに気付いた。大きな手が俺を抱き上げ、車の中に寝かせてくれる。
車が動き出す感覚と、片桐さんが電話をしている声。

真っ赤に飲まれて、俺はまた沈んだ。
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